第188話 飛翔べない女①
パタン……
そこまで読んだ僕は【時渡の王子様】を閉じた。何か手掛かりにならないかなと軽い気持ちで読んだら読み耽ってしまっていた。
僕が読んだ章とは別にまだまだ色んな章があるみたいだ。
「時渡の王子様やん!おもろかったやろ~!?なぁなぁ!」
いつの間にかアンコールとリクエストの嵐を乗りこなして演奏を終えていたのだろうジェニが、感想を求めて指でお腹をつついてくる。
「ちょっと……読んでみて」
僕は自分の世界に片足を突っ込みながらジェニに渡し、早速読み始めたジェニは「ほぇ~細かいとこちゃうんやなぁ」と流し読んでいく。
エストさんが言う通りここにある本達こそが原本なんだと思う。エルエルも保存館と言っていたし、保存が目的ならそうで間違いないだろう。
ランジグに伝わっている物語や音楽や生活の知恵やことわざ慣用句なんかは、世代を経るごとにその時代に適応した形で伝わって来たんだと思う。
口頭にしろ文字にしろ、過去の超科学文明を知らない人からしたら、知っているもので代用して伝えなければならなかったはずだから。
本の文字を丸写しするだけならその限りでは無いけど。それでも長い伝言リレーの中で全ての人が完璧であったはずはない。
「やっっっぱアニマに似とるよな王子様」
指をワキワキとしだしたのでグレナドの実の入った袋の口を開けてジェニの手の届くところに固定して考えを巡らせていると、
「え、僕に?」
僕も口に運んでいた手を止めてジェニの方を見る。ジェニは本に視線を向けながら、
「なんか喋り方とか?台詞とかも言いそうやし、それにほらっ服と太刀!一緒やん一緒!」
言われてみれば確かに類似点は多い。けど、
「いやいやいやいや……流石にこじ付けだよ。だって偶然拾っただけだよ?服も元々真っ白な冒険服だしこれ」
王子様だなんて言うからには、なんかすごい染料で職人が染め上げたような一級品の服を着ているはずだ。武器だって拾い物なわけない。きっと王家に伝わる秘宝がなんたらとかそう言う奴だ。
そんな事より、
「レリークヴィエ…………?それって…………」
ジェニもやはり気になったらしい。現代に伝わる本には正しい名前は書いてなかったのだろう。
「ねぇエルエル」
僕はジェニの激うまな演奏を恐らく一番楽しんでいたであろう絶世の美女を呼んだ。ノリのいい曲で踊ったり、壮大な曲にワクワクしたり、悲し気な曲で涙を流したりしていた天使が僕の側へとやって来た。
「エルエル・レリークヴィエ……この本の著者、サリウリ・レリークヴィエは君の何?」
確信を持ってそう聞いた。
エルエルは出会った時から僕を王子と呼んでいた。ジェニが似てると言うくらいだ。エルエルも読んだことがあって、特徴が似ているからあだ名のようにそう呼んでいたのかもしれない。
それか直接の関係者か……著者と面識があるのか……偶然の一致ととるには都合が良過ぎる……出来過ぎている……
ずっと引っかかっている『まだ、王子は王子じゃないんだね』という発言もあるし、何かある、何か知っていると思ったわけだ。
「あ、読んだの?面白かったでしょ?」
エルエルは凄い軽いノリで、面食らった僕が普通に「面白かったよ」と返答すると、
「十二歳で書いた小説を世界中で大ヒットさせた天才小説家にして、
誇らしげに言い切った。
数秒の静寂。
「「ええええええええええええええええええええっっっ!!!」」
驚きのあまり目を真ん丸にして、ジェニなんてグレナドの実を口から落としてる。
「超凄い人よ!偉人よ!いじん!しかも直系!……まぁこのせいでうちの家系はちょっとあれだったんだけど……」
徳川の子孫みたいなマウントだ。今の時代ほぼ全員誰かしら偉人の血を引いてそうだけど。それにしても……
「クリーチャーズマンションを……建てた!!?」
とんでもない衝撃を不意打ちで放たれた。寝耳に水どころか滝行だ。
「そうみたい。サリウリさん大人気だったからこの人を旗印にして皆が集まって、みたいなノリだったらしいわよ。詳しくは知らないけど」
知らんのかい!いや何世代も離れていたら知らないのも無理ないか。
ジェニなんてびっくりしすぎて固まっている。あ動き出した。
「大ファンなんですぅ」
エルエルの手を握り、
「あ握手しちゃったっ……」
「いや違う違う」
やったやったと飛び跳ねるジェニを落ち着かせる。エルエルも「本人じゃないのよごめんね?」と微笑みを返していた。
でもやはり……それだけだとスッキリしない……その理由では納得できない……
「エルエルはどうして、僕を王子と……そう呼ぶの?」
特別な意味があるんじゃないのか……?
エルエルはゆっくりと、落ち着いて、
「…………二人っきりで話せるかしら?」
僕をデートに誘ったのだった。
ここは最上階に当たる四階の休憩所。机には天井から降り注ぐ光が薄く反射している。吹き抜けの階下からはジェニの楽し気な演奏が程よいBGMとして、机を挟んで向かい合う僕らの耳を戯れさせていた。
「今の王子に言ってもね、きっと分からない……それに王子は優しいから、分からないことを苦しく感じてしまうと思うの」
本棚に囲まれている事も相まって、エルエルのお姉さんらしい落ち着いた雰囲気を助長する。いつものバカっぽさを微塵も感じさせない言葉に面食らいつつも、
「ありがとう……でも僕、知りたいんだ」
きっとこれまでエルエルがあまり過去を語らなかったことにも関係しているのだろう。僕の為……何がそうなのかは分からないけど、その気持ちにほっこりとした感謝が湧いてくる。
だからエルエルだけに気を使わせたくはない。重しでありたくはない。他人の為に抱え過ぎた重りを少しでいいから一緒に抱えたい。エルエルが心の底から
数秒間見つめ合っていると……
「あっその前に一つ聞いていいかな?」
何かを言い出そうとしたエルエルを遮ってしまう形になってしまったが、どうしても気になる事がある。
「僕が時々見る不思議な夢は夢じゃなかった。現実で実際に起きていた事だった」
同じ夢や夢の続きを見る事はある。けれどこうも的確にお母さんとその周辺を何度も見るなんてあり得ない。
夢は記憶から出来ているのだ。僕の知り得ない情報が何故出てくる?おかしいだろう。
「こういうおかしな夢を見るようになったのはクリーチャーズマンションを攻略してから。いや、エルエルと出会ってから。より正確に言うなら
確実に見る訳じゃない。でも見るのは決まってエルエルが治療してくれた日だった。小さな擦り傷とか僅かな打ち身でも関係ない。
「エルエルのその力は確か、手から出した波動で
ジェニ達にはただ傷だけが治っていくように見えても、僕には体を覆うオーラが、魂が見えていた。
エストさんも不思議に思っていた。僕の夢を戯言だとバカにせず、何かあるんじゃないかと疑っていた。
考えを纏めるように、すぅぅぅーーーはぁぁぁーーー……大きく深呼吸すると、
「
互いの目が暫く交差し続け……
やがてエルエルは……
口を開いた。
【余談】
空を飛ぶ軽さより、重すぎるくらいの心を選んだ。
空を飛ぶ栄誉より、一緒に歩ける足を選んだ。
空を飛ぶ自由より、寄り添い合える体を選んだ。
空を飛ぶ翼より、握り合える手を選んだ。
故にこそ彼女は……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます