第187話 時渡の王子様⑥
「いいねぇ……最高やぁ……おい」
大男の指示でミカラファは気絶させられ、私から離れた位置へ移動されられた。そして説明が語られる。
「目隠しクイズは目隠しクイズ。ただし、箱の中身を当てる普通のとはちょっと違う。君が当てるんは
物ではなく結果……?一体どういうことだろう……てっきり卑猥なものを答えさせられるとばかり想像していた……
「ただ、そんな便利な箱持ち合わせてなくってなぁ。代わりに、
淡々と語っていた大男の口が弧に歪む。
大男が合図すると、部下がペンチやらナイフやらを持ってきた。
「まずは目ぇ繰り抜こう……!漫画みたいに指でぐりっていっぺんやってみたかったんやぁ!筋とか上手く千切れんのかなぁ……」
大男はジェスチャーでイメージを膨らませながら私の目を、両親譲りの碧眼を見据える。
その瞬間私は悟った。
あぁ……騙されちゃった……最初っから無事に帰すつもりなんて無かったんだ……正解したら帰してくれるとは言ったけど、傷つけないとは一言も言っていなかった……
商品である私達にはそんなことしないだろうって、甘すぎる考えだった……子供だった……
「耳はそうやなぁ。鼓膜破くだけやと味気ないし、思い切って全部切り取ってまうか!」
私は見ないふりをしていただけで……
「鼻も切り取って、穴に
夢に逃げていただけで……
大男はその中からペンチを受け取ると、開けたり閉じたりして金属音を鳴らす。
「舌抜いたら死んでまうでバーナーで焼いて、歯全部抜こか!ついでに硫酸飲ましちゃえ!」
それでどうやって答えたらいいというのだろうか……?きっとまともに答えさせる気も無いんだろう……
「触覚全部は無理やで指落とそ指!それで箱完成やぁ……!傑作んなるでぇ!そんな予感がする!」
この世界は初めから残酷だった。
「それでも……」
それでも……
「正解したら帰してくれるんでしょ?」
私はどうなってでも……
「おお帰したるでぇ」
ミカラファが無事に帰れるなら……
「お題を教えて」
私はそれでいい……!
これでいいんだ……これで。光も音も匂いも味も声も指も失ったって……家に帰る事さえ出来ればお母さんとお父さんは愛してくれる。
どんなに
だから……これでいい。
大男は裂けるくらい目一杯、三日月に口を歪めると、
「弟が生きとんのか死んどんのか当てるだけの、簡単なクイズやぁ……!!」
私の上に大男が跨り、親指を縛る紐を切られ、四肢をそれぞれ別の部下たちに抑え込まれる。
ブゥゥゥゥゥゥゥンン!!
チェーンソーが再び吹かされ、ミカラファの首に向かって……
「あぁ……あぁぁぁあああぁぁぁ……!!」
藻掻けど藻掻けどピクリとも動かせない。
「ミ゛ガラ゛ブァァ゛ァぁアあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
手を伸ばしたくても、
「ミ゛ガラ゛ファ!!!」
駆けつけたくても、
「ミカっ……!!!」
何もできない。
「ミカラファああアアアアあああああああぁぁぁァァああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!
気絶したミカラファに声は届かない。抱き上げて連れ帰ってあげられない。
「ミカラファ……」
……
「ミカラファ……」
大男の指が私の眼球を目指して出発した。その先端が霞む……違う……ぼやけている……何かが頬を伝う……
あたたかい……そうか……泣いてしまったのか……
もう何も見たくない。何も聞きたくない。何も感じたくない。何もできないならもう……もう…………
「この光景には既視感がある。大方想像は着くけど一度だけ言い訳を聞いてやるよ」
聞きなれない声だった。こんな場所には似つかわしくない少年の声。まだ声変りする前の刹那的な美しい声。
「あ?どっから入り込んできたクソガキぃ……!」
「質問してるのは僕だ。いいか?チャンスは一度しか与えない。いい大人が寄ってたかって何やってたかって聞いているんだ」
大男の威圧するような声にも、少年は動じてないみたいだ。
「見た分かるやろ!反社と獲物ぉ!……ほほぉええ面しとんなぁ坊主ぅ!丁寧に梱包してのこぎりマダムに売ったるからな!?なっ!?やでヒーローごっこは後でな!?後で相手したるでな!?それまで我慢しような!?」
ぽとっ
何かが落ちた音に視線を向けると、ぼやけていたけどそれは人の手首だった。
「あ?」
「はぁ……最悪の気分だよ」
次の瞬間少年の姿がブレた。もう一度視界に捉えた時には私を抑えつけていた男達が両手を斬り飛ばされ、腱を切断されて痛みに喘ぐばかりで動けなくなっていた。
更に何が起こったのか理解できていない私の上の大男を蹴り飛ばすと、チェーンソーでミカラファを殺そうとしていた男が銃を構えて、
パアァン!!キンッ!!
斬った!!?映画や漫画からそのまま飛び出してきたかのような時代錯誤な太刀で!!?
少年はほぼ同時に移動していて、チェーンソー男の両手と腱も切断される。
空中でチェーンソーをエンジンごと真っ二つに斬ると、私があっけに取られている間に全ての賊を同じように斬っていた。
「大丈夫?怪我はないかい?」
少し生々しかったけど、その少年は颯爽と現れ、私達を助けてくれた。いつの間にか背負っていたミカラファをゆっくりと優しく降ろしながら差し出された手がそれを私に教えてくれた。
「私は……大丈夫……ミカラファは!?」
「気を失っているだけだよ、安心して。指の怪我も浅いから何日かすれば自然と治ると思うよ」
「そう……良かった……」
優しい声に絆されて、私は立ち上がれずに少年の鮮やかな瞳を見た。深紅の服の色を映して僅かな赤みを帯びた頬。腰にさした太刀。見れば見るほどファンタジーな美少年で。
「もう時間か……」
少年は呟くと、
「こいつらはもう碌に逃げられないだろうし、長い事放っておけば出血で死んじゃうかもしれないから、外に出られたら衛兵……じゃなくて警察に言うんだよ。君達も家に帰ったら念の為お医者さんに診てもらった方がいいかもね。じゃあ大変だとは思うけど、後は二人で頑張るんだよ」
若干早口で言うと、少年は握ったまま呆けていた私の手を優しく振りほどいて……
「待って!!」
私はもう一度その手を握った。
「どこに行くの!!?出口はどうせ一緒よ!!一緒に行こうよ!!一緒に居たいの!!だってまだお礼だって出来てないし、弟だって直接話したいだろうし!!」
私は何を焦っているんだろう……?
「一緒には行けないよ。ごめんね。不安な気持ちはわかるけど」
「何で!!?だって出口は……!!どこに行くと言うの!!?」
少年は少しだけ困ったような顔をすると、
「……遥か時の彼方かな」
「時の……彼方……?」
からかわれているのだろうか……?
「そう……だから一緒に行ってはあげられないんだ」
いや違う。この少年は心から言っている。嘘なんてついてない。澄んだ瞳が尚更に。
「待って!!そうだっ!!私はサリウリ・レリークヴィエ!!貴方の名前は!!?」
自己紹介も出来ていなかったことを思い出し、
「っっっサリウリ・レリークヴィエ!?」
落ち着いた雰囲気だった少年が目を大きく見開いて初めて取り乱した。
「ちょまっレリえぇ!!?サリ」
…………
……
急に訪れた静寂。驚きのあまり時が止まっていたのかと錯覚してしまった。けれどもミカラファの寝息が時間の連続性を証明していて。
少年はさっきまでここに居たのが嘘だったかのように忽然と姿を消していた。風も振動も感じなかった。瞬きもしていない。
ただ気付いた瞬間に居なくなっていたのだ。
魔法のように現れて魔法のように消えてしまった少年は、極限の精神状態で私が作り出した幻かもしれない。
今も本当は目を繰り抜かれて光を失った脳内に、都合のいい夢を見ているだけかもしれない。
けれどもその夢は、ミカラファを抱えて脱出して、警察に家に送り届けて貰って、お母さんとお父さんが大泣きで抱きしめてきて、後日賊の一味を壊滅させた功績を称えられて表彰されても覚めることは無かった。
少年のお陰なんだ少年の手柄なんだと何度説明しても信じてくれなかったし、犯人達は正常な思考と論理を持ち合わせていないと処刑されたので事件の真相は謎に包まれたままだ。
ミカラファにも事件のショックで気がおかしくなっているのだと思われる酷い誤解を受けた。
でもね……例え私しか覚えていなかったとしても、私だけは覚えてる……
どんな物語も霞んでしまう、ちょっぴり刺激的なたった一日のノンフィクションを……
だから語り継ごうと思う。私の得意な筆にありったけの想いを込めて。
世界に発信しようと思う。全てを解き明かされて終わりに向かっていく明日に、まだまだ心躍る謎と希望はあったんだと。
時を渡る少年の話を。
私だけの王子様の話を。
【余談】
【時渡の王子様】はこの王子様を主人公として時代ごとに章立てて描かれる英雄譚である。
迷子の犬を見つける話。
バナナの皮で転んで落ちてきた女の子を助ける話、etc...
最終的には輝く太刀で八岐大蛇を倒してしまう。
ただサリウリの話だけは、作者の実体験に沿うようにサリウリ視点で描かれている。
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