第186話 時渡の王子様⑤
「あぁ~~ぁああ~ああ……!破瓜の痛みと絶頂を教え込む……それが……最高なんや分かったかボケェ!!!」
恍惚ととろけるような笑顔を浮かべていた事が嘘のように豹変して激昂すると、思いっきり拳を打ち降ろした。
「…………ひゃ……ぃ…………すび……ば……しぇん……でした……」
死にかけた男が蚊の鳴く声で謝ると、「おう!」ニッコリ笑ってその上からどいた。
あぁ……そうか……私達は売られるんだ……そこで弟は自由を奪われ……私は純潔と幸せを奪われるんだ……
物のように扱われて、痛い事もいっぱいされて、好きでもない人の言う事を聞いて、ずっと生きて行かなきゃいけないんだ……
家にももう帰れない……お母さんにも、お父さんにももう会えない……ふかふかのベッドも……熱々のお風呂も……
背中の両拳をきつく握り締めた。
私たちが何をしたって言うの!?ねぇ!!何でこんな目に!!何で!!?ねぇ神様!!いるなら助けてよ!!見てるならどうにかしてよ!!ねぇ!!
……知ってる……神様なんていない……分かってる。誰も助けになんか来てくれない……私がバカだったんだ……
大金を素性の分からない人にそのまま見せた……そうだ……きっとそこから目をつけられてたんだ……!もっと信用のある大きなお店で細かく崩してから使えば良かった……!
神様は悪い子の事は助けてくれない。私は悪い子だから助けなんて来ない。けど……けど弟は違う!そうじゃない!だって弟は、ミカラファは、こんなに優しいんだ!何も悪くない!良い子なんだ!
神様が助けてくれないなら、誰も良い子を助けてくれないなら……私がっ……私が助けなきゃ……!!
「ねぇお兄さん!」
声が震える。けどそれを相手に悟らせるな!ビビっていたら舐められる!そしたら一方的に蹂躙されるだけだ!
ぎゅるっと首が私を向く。
うっ
「私を……買ってくれない?」
上着を半分脱ぎ、肩を見せる。ピンクのふわふわの服に覆われていても意図は伝わるだろう。
「……へぇ」
そうだ……関心を集めろ……自信を持て……怖気づくな……
「何だってするわ!貴方の望むことは全て叶えてみせる!こう見えても私優秀なの!こんな稼業しなくて良くなるくらい稼ぐことだってできる!」
よし……このまま引き込むんだ……私のテーブルに着かせるんだ……
「どんな要求でもNG無しよ!私で鬱憤を晴らすもよし、私をサンドバックにするもよし、私の純潔を散らすもよし……」
「対価は?」
くっ!引き込むのに時間をかけすぎてしまったか……!私から提案しなければ効果は半減してしまう……けれどもこれ以上相手に考える時間を与えるわけにもいかない……
「弟だけは……帰してあげて」
大男は私に目線を合わせじっと覗き込んで、ごくっ……聞かれないように唾を飲み込む。
「面白れぇ女」
笑った。
私の表情も少しだけ綻ぶ。これで弟だけは……
「でもそれやと割に合わん」
くっ私達は元から生殺与奪の権を握られてる。交渉としては弱い。やはりそこを流してはくれない。
「そうやなぁ……ゲームをしよう!」
大男が手を叩きながら言うと、チェーンソー男が弟の首元にチェーンソーを突き付け、銃男が私のこめかみに銃を押し付けた。
「目隠しクイズや。正解したら二人とも帰したろ。間違えたら、言わんでも分かるな?」
射抜くような視線に、私は頷く。
「問題は一問。時間稼ぎは不正解と見做す。どうや、それでもやるか?」
全ての視線が私に集中している。物凄い緊張感だ。喉がカサカサに乾く。
クイズの内容は分からない。到底分かりっこない無理難題を吹っ掛けられる可能性もあるし、そもそもまともに答えがある問題であるとも限らない。
分の悪い賭けだ。生粋のギャンブラーでもこんな賭けには絶対乗らない。
けどこの賭けには一つだけ穴がある。私にはデメリットがデメリット足り得ない点だ。
弟はどうか分からないけど、今後一生自由を奪われて生きるというのは死と何も変わらない。いや、死よりも残酷かもしれない。
ならばここでクイズを受けようとも受けまいとも最悪の運命が待ち受けている事には変わらない。だったらワンチャンス賭けて正解を掴み取るしかない。
実質一択だ。答えは最初から決まっている。迷うことは無い。
すぅぅぅーーー……はぁぁぁーーー……
弟の目を見る。緊張で強張る頬に、されども私は精一杯の笑顔を浮かべて……
愛してるよミカラファ……お姉ちゃん……頑張るからね……
その時、ミカラファの死に怯えて涙ぐむ顔つきが僅かに変わった。
「――っっっ!!!」
股間を思いっきり蹴られたチェーンソー男が声にならない金切り声を上げて、「危ない!!」首元に突き付けていたチェーンソーが床に転がって暴れ回る。
「ダメミカラファ!!」
ミカラファは激しい音を撒き散らしながら暴れるチェーンソーに手を伸ばした。自身の指を縛っているものを切るつもりだ!破片が飛んで頬を切り、刃が掠って指から血が出る。
けれども断ち切ると確と掴んで、突然の事に動揺する銃男に突き付けた。
「おれが……守るんだ……」
呟かれたそれは音としては聞こえなかった。でも私だけには分かった。
「ぁぁぁあああああああああああああああ!!!」
幼い涙混じりの声はエンジン音に上書きされて尚コンクリートに硬く響き。
パアァン……!!
銃声が鳴り響いて……ミカラファの手からチェーンソーが落ちた。
「銃が一丁しかないなんて誰が言った……」
ミカラファに股間を蹴れらた男が顔に脂汗を滲ませ片手で股間を抑えながら構えた銃からは硝煙が立ち昇り、
「殺してやる……!」
「ミカラファ!!!」
呆然と立ち尽くすミカラファを突き飛ばして、暴れるチェーンソーから足を守り、その耳元を銃弾が掠めていく。
ドサァとミカラファの上に覆い被さるように倒れると、カチャ……「死ね」
パアァン!!
ぽたぽたと血の滴る音が、残響だけの静寂に響く。
死ん…………でない!ミカラファも風穴から呼吸できるようにはなってない!じゃあこの血の音は……?
「クイズやるんか?」
わざわざしゃがみこんで目線を合わせてまで問いかけてくる大男。その手には部下が持っていた銃が硝煙を吹かしていて、股間を押さえていた男が手のひらに空いた風穴を見つめていた。
「やるんか?クイズ」
闇だけを宿した目でじっくりと覗き込んで、
「……やるわ」
私はミカラファの上から退いて立ち上がった。
何かを察したミカラファは最早言葉としては聞き取れない叫び声をあげて私に手を伸ばす。
いいの……ミカラファ……ありがとう。
……嬉しかったよ。ずっと頼りない弟だと思ってたけど……凄く……カッコよかった……
私達は姉弟だから、この熱くなった胸の動悸はきっと恋じゃないんだろう……僅かな間も離れたくないと願う心も姉弟愛以上のものじゃないんだろう……
でもね……確かにあんたは、
闇だけを宿した瞳を真っ直ぐ射抜く。
「いいねぇ……最高やぁ……おい」
【余談】
完全管理社会は崩壊し、政府や司法が権力を弱めていったこの時代。
犯罪者一人又はその集団の脅威は相対的に上がり、影や闇は本来の恐怖を取り戻していた。
未開の森に迂闊に迷い込めば死が待つように、コンクリートジャングルの落とす影にも死と硝煙の匂いが充満していた。
人は明るい所だけを歩くようになり、子供ですら暗闇に近づいてはならない事を知っていた。
ただ明るさは目を眩ませ、闇をより深き闇へと変えてしまう。
努々忘れるなかれ。虎視眈々と灯を簒奪せんとする者が居る事を。影を齎す者が居る事を。
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