第176話 戦いの終わり


 勝った……倒した……


 そんな一瞬の気の緩みすら許さない痛々しい絶叫が響き続けている。


「あ゛あ゛ぁアアあぁぁあア゛あ゛ぁあああ!!!」


 有言実行を果たしたジェニの後ろ姿にも、どこかもの悲しいものを感じた。


「……守れなかった……」


 戦いが終わったことで現実感がどっと押し寄せて来た。強張っていた全身から力が抜けて、立っている事さえ出来なくなる。


 どうして……どうしてサイモンが犠牲にならなければならなかったんだ……?あの時……あの場で……どうしてサイモンを狙ったんだ……?


 結果的にもう一度奥義を使ってきたが、本来ならあれが最後の一刀になると自分でも理解していたはずだ……サイモンよりも優先すべき脅威は他にあった……僕が下手に煽ったからか……?


 蹲り、頭を抱える。


 ジェニの事で頭いっぱいで……そのせいでサイモン達まで気が回らなかった……僕の……せい……?そうだ……僕の……僕が…………何が守れなかっただ……バカ野郎がっ……!


 帽子が頭から離れ、かきむしる。


 僕がっサイモン達に頼んだからっ……白狼の怒りを向けられたんだ……!あの時白狼に向かわずっ僕が……直接対処しに行ってたら……良かったんだっ……!


 行き場のない怒りを、呑みこみ切れない後悔を、何度も何度も畳に叩きつける。


 くそっ!くそっ!くそっ!!くそがっ!!何の為に頑張って来たんだ!!僕が殺したようなもんだ……っ!!っっっ何の為に!!


 それが愚かだと分かっていても……今だけは拳の痛みが心地いい……救いようのない僕に……罰を与えてくれているようで……


「サッキュンちゃん!!そのまま抑えてて!!」


 駆け寄っていったエルエルがサッキュンに声をかけたようだ。


 僕は顔を上げると、ぼやけた視界にそれを見ていた。


「いい!?絶対動かしちゃだめよ!!」


 泣き叫ぶサッキュンにそう念押しすると、首と頭の接合部に手をかざして集中し始める。うっすらと僕にだけ可視化されたオーラが包み込んでいく。


「大丈夫……まだ間に合う……まだ間に合うわ……」


 自己暗示をかけるように小さく呟きつつ、オーラがゆっくりと濃さを増していく。やがて首から血の赤い筋が消失していき、表面上ではつい今しがたちょんぱされていたとは分からなくなった。


「大丈夫……大丈夫……」


 祈るように何度もそう口にする。その姿にサッキュンも泣きじゃくるのをやめ、一緒になって祈った。


 数秒……或いは数十秒……いやそれ以上だろうか……?どれだけの時間が経過したかも定かではない精神状態の中…………奇跡は起きた。


 その眼がパチッと開かれ、


「すぅ…………ゲホッゲホッ!」


 素潜りから浮上した川女のように息を吸い、勢い余って咳き込んだ。いきなりの事に肺が驚いたのだろうか?しかしそれは内臓が元気だという証拠でもあった。


「ぁ……ぁぁ……ぁっ……」


 感情が渋滞を起こしたサッキュンがわなわなと震えながらそっと頬に手を触れた。


「……守れたんだな、お前を……」


 その言葉には何泣いてんだよと笑うかのようなニュアンスが含まれ、血の気の戻った顔に笑顔を浮かべた。


「ぁ…………ぁ…………」


 サッキュンは半ば呆然としながらその頬をつねり、引っ張る。


「……うぉい、ひゃめろふぁか!」


「……ぁ…………ぁぁぁ…………」


 更に頬をぺちぺちとはたく。


「やめっ……やめろって……」


 更に両手でぐにゅうっと頬を挟み込み、変顔になったサイモンが呻く。


「……うっ…………うぅ……うぅぅ……」


 そこで全てが決壊したのか、サッキュンはドサッとサイモンを抱きしめて大粒の涙を零した。


「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 逆に窒息させてしまいそうなほど、強く、強く抱きしめる。


「うおっ!」


 どさっとそこにジャックも抱き着いた。


「どんなドッキリだよバカあああぁぁ……!」


「……泣くなって」


 幼馴染のそんな姿に苦笑するサイモン。


「ははっ……ははは……」


 その光景に、押し寄せた感情を通り越して変な笑いが出た。ジェニと目が合うと、ジェニも同じようにぎこちなくもどこかおかしい笑いを零し……


 おかしいな……笑い過ぎて涙が出てきたようだ……


 僕は袖で拭うと、帽子を拾って立ち上がった。


 何をしようか。何をすべきか。何と声をかけるべきか。それら全てを押しのけて、心の赴くまま想いに任せて大きく息を吸った。


「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 慣れないがなりに喉がカサつく。


「よっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 そんな僕に触発されたようにジェニも叫んだ。


 怪物とエストさんも互いに顔を見合わすと、野太い声と魅力的な声で。


「しゃぁぁあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


「っっっし!!!」


 エルエルとジャックも顔が綻ぶ。サイモンに抱き着き泣きじゃくるサッキュン。その声を包み込むように僕達の声が木霊した。


 ひとしきり叫び散らすと喉がカサカサになっていた。普段と違う乾いた声にジェニと自然と笑い合った。


 その笑い声すらもカサついていて、更にそれが笑いを誘発する。


 泣いていたサッキュンも気づけば一緒になって笑っていた。






 さて、積もる話も沢山あるけれど、生憎と時間は待っていてはくれないわけで、僕にはお母さんを見つけ出すという目的が残っているわけで。


 戦いの興奮もある程度冷めたならば、必然的に次の行動へと移る事になるわけだ。ゆっくりと談笑するのはランジグに帰ってからでも出来るのだから。


 畳に転がっていたショートソードを拾い上げる。ここに来るまでの激闘の数々と白狼の猛烈な剣戟を受けたのだ。当然と言えば当然か。


 刃はガタガタで、折れていないのが不思議な程だった。


「……寿命だな。その武器はもう使命を全うしたのだろう。眠らせてやれ」


「…………うん……そうだね」


 ブジンさんから貰ったショートソード。その刀身をもう一度じっくりと目に焼き付けると、ゆっくり鞘に納めた。


 さてさて、代わりの武器はどうしようか。その考えに帰結するのは当然と言えば当然で、ともすればジェニがそれを拾い上げたのも当然の事だったのかもしれない。


「アニマこれ!」


 白狼が死してなお離さなかった太刀を取り上げて僕に差し出した。少し複雑な気持ちを感じながらもジェニの好意にありがとうと言いつつ、


「でも僕に振れるかな?」


 重たくて振れないという理由でロングソードを断念したことを思い出した。


 ジェニはニコッと笑うと「ええから振ってみ!」と無理矢理僕に持たせた。受け取ると、確かな重みに腕が沈む。


 何とか体勢を保ち、腰を入れ、意を決して大上段で振り下ろした。


 ブゥンっと重厚感を感じさせる音が鳴る。


「……振れた」


 その事実に自分でも驚いて見開いた眼で見ると、「なっ!」と嬉しそうに笑うジェニ。


「毎日あんだけ素振りしとったんやもん!出来やんわけないって!」


 純粋な笑顔に、心が温かくなる。振れたという事もそうだけど、それよりもジェニが僕のことを見ていてくれて、僕なら出来るって信じてくれていた事に目頭が熱くなった。


 だがここで泣いてはカッコが付かない。僕は笑顔を向けて、


「とんでもない業物っぽいけど、なんか名前とかないん?」


 ジェニの疑問に、僕も太刀を眺める。四人がかりで斬りかかったのに確かにほとんど傷がない。勿論使い手の技量というのもあるだろうが、それにしても凄い。


 じっくりと眺めていると、柄に銘が彫ってある事に気が付いた。


「平愛和……」


「へい……あいわ?」


 不思議な名前だ。ジェニもこてっと首を傾げる。


「なるほど、面白い言葉遊びです」


 そう思っていると、いつしか近くにやってきていたエストさんがそう口にした。


「どゆこと?」


「読んで字の如くですよ。『』ですがそれを武器に刻む事により、『』とかけているのでしょう」


「……そう……なるほど、ね」


 その時何故か僕は、まるで白狼の生き様だなと納得したのだった。






【余談】

厳密にはサイモンは死んでいない。

白狼の剣筋が鮮やか過ぎた事もあり、繋ぎなおすだけで良かった為手遅れとならずに済んだのだ。

叩きつけるような運用を想定した東洋の直剣とは異なり、切断に関して日本刀は抜群の威力と効果を誇る。

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