第173話 剣聖白狼➃


 古今東西ジャンルを問わず、世の中には生涯を懸けてそれだけを突き詰めた者が度々現れる。


 それは絵であったり、音楽であったり、鍛冶であったり、建築であったり、それをする為だけに生まれてきたと言われても納得してしまえるような者が現れる。


 そういった者は大抵の場合その分野における常識をぶち壊し、革新的な技術と後世まで讃えられる偉業を残し、分野そのものを大きく発展させる。


 その伝説を目にした者や、伝聞に憧れた者が憧憬の赴くままに模倣を始め、若き才能がいつしか新たな伝説をつくる。


 そして決まってこう口にするのだ。「○○さんはもっと凄かった」と。


 キン!と無限かと思えた剣技を止められた白狼は、驚いたような、それでいて納得したかのような、そこに形容できない何かを混ぜ合わせた戦闘中とは思えない不思議な顔を白銀の少女に向けた。


 凄い!!若干やけくそのような感じもしたけど、あの苛烈な剣技を一発で弾いてしまうなんて!!それも全力で駆けて来た勢いのままに!!


 これは好機だ!この流れを最大限に活用すべきだ!


 ならばどうする!?


 現在僕の隣にはジェニが太刀を弾いた後の体勢で剣を振り上げている。そして逆隣りにはエストさんとその背後の怪物が機を伺っている。


 互いの動きを理解して即興でもある程度の連携は可能だ。でもある程度では白狼には届かない。突き抜けた必殺の一撃か、全てを上回る完成された連携があって初めて通じるかどうか。


 なにせ現在僕達は全力すら引き出せてないんだ。それは僕の腹に攻撃した時とジェニへの抜刀術。コンマ一秒をも渇望する戦闘中にわざわざ太刀の向きを逆さにして峰打ちにしていた。


 明らかなる舐めプ。お陰でジェニは対応に間に合って大ダメージを免れたようだが、この期に及んで不殺の剣士気取りか?


 有終の美を飾ろうとでもいうのか?そのまま斬り伏せていたら僕とジェニは為すすべなく倒れ、こうしてその身の前に立ちはだかることも無かっただろうに。


 だからこそ断言できる!その甘えが命取りだと!


 兄将や弟将、これまで戦ってきた強敵達なら敵に情けをかけるような真似はしないだろう。年老いて牙の鋭さを失ったか?いっそ今すぐに寿命が尽きて倒れてくれればどれだけ楽か……


 何にせよ好都合!悪いけど利用させてもらう!


 僕は最短のモーションでジェニの脇から白狼の躍り出た。ショートソードを構え、全神経を集中させ如何なる攻撃にも備える。


「僕とエストさんで前衛を引き受ける!!ジェニは怪物のバックアップだ!!」


 キン!


 刹那、白狼が峰打ちに持ち替えた太刀を受け止める。くっ重い一振りだ。腕力だけではない。重力、遠心力、重心移動、それらを完璧に上乗せしているのだろう。


「エストさん!!」


 そこにエストさんが斬り込みつつ、初めから有効打にならないのを承知の上で盾を構えていたことで白狼の反撃を防いだ。


 やっぱりだ。


 その一連の動作には太刀の向きを切り替える動作が含まれており、それが僅かなラグを生み出している。


 具体的には僕に対する攻撃時には峰打ち。エストさんに対しては刃。それは恐らく怪物に対してもそうで、ジェニに対しては僕同様だ。


 わかりやすい共通点は探すまでもなく、大人か子供かだ。


 続いて僕が斬り込み、更にエストさんが続く。


 ほんの一瞬の、時間にするとコンマ一秒にも満たないラグ。子供である僕と大人であるエストさんで交互に攻撃を仕掛ける事でそのラグを誘発する。


 良し!


 本来であれば僕の練度では到底剣戟を続ける事なんて不可能だ。白狼の完成された動作の中につけ入る隙なんて無い。


 だが、この方法であれば間に合わなかった対処がギリギリ間に合うようになる。それは即ち僕とエストさんの実質二人で白狼の攻撃を無効化できるという事。


 ジェニが加わることによって更に安定感が増す。


 そのアドバンテージはデカい!何故ならこのパーティーにおいて最強の攻撃力を誇る男に、を与えるという事だ!


「今だジェニ!!」


 詳細は口に出さずとも名前を呼ぶだけでジェニは僕が思い描いた通りの行動をしてくれる。アクロバットを存分に使い威力を上乗せした一撃を叩き込み、白狼に対処を強制させる。


 そして、僕とエストさんの壁に隠れた後ろで怪物が準備を終えた気配を感じ取り、エストさんに視線を送りタイミングを合わせて一気にその場を退いた。


魂穿たまうがち!!」


 僕達の側面を暴力の化身と化した一本の大槍が風を捻じりながら通り過ぎていく。荒れ狂うその風だけでも痛みを感じる。


 その切っ先が、高速回転する先端が、薄い胴などぶち抜いてやると言わんばかりに白狼に迫り。


 次の瞬間、白狼が


 そうとしか見えなかったのだ。


 古今東西ジャンルを問わず、世の中には生涯を懸けてそれだけを突き詰めた者が度々現れる。


 それは絵であったり、音楽であったり、鍛冶であったり、建築であったり、……

 

「なっ!」


 そこには太刀を大きく後ろに弾かれ、体勢を崩した白狼がいた。だが体勢を崩しただけだ。攻撃は通ってないし、こかすことも出来てない。


 莫大量の運動エネルギーを内包した大槍とぶつかったにしては拍子抜けな程の金属音しか聞こえなかった。


 嘘だろ!?あれだけの威力の突きをってのか!?


 はっ反則だろそんなの!!あれが魔法やペテンでないのなら一体何だってんだよ!!


 渾身の一撃であっただろう技を放った怪物の顔にも驚愕の色が出ている。ジェニはいつの間にか吹き飛ばされ、僕の斜め後方で背中を床に打ち付けていた。


 そう……ただ一点、生活の全てを、精神性すらも犠牲にして、ただ一点を研磨するのみに心血を注いだ常軌を逸した情熱と類まれな才能は、前人未到を突き進む。


 なればこそ人は畏怖と敬意を込め、


 そんな僕達の驚きを意に介さないように驚異的な体幹で姿勢を正した白狼は、独り言つように、


「君は少々利口過ぎるようじゃのぅ」


 正す勢いのまま太刀を鞘に納めつつ、半身を捻り、両手が添えられる。そしてその両の目が鋭い光を帯びて僕を捉えた。


 まずい!!


 鋭さを増すその瞳は決して僕を逃さない。その足は決して躓かない。その手は決して震えない。無限に思える引き延ばされた時間の中、僕にのしかかる空気だけがどんどん重くなっていく。


 それは一種の死刑宣告。抗いようのない確定した未来。そう錯覚させられる程の気迫。


 僕の手にはショートソードが一本。条件は同じでも、両者の間には隔絶した実力差がある。


 まずいまずいまずいまずい!!どうするどうするどうする!?


 避け……るのは無理だ。脚に力が入らない。それにどの道間に合わない。


 かと言って防御出来るか?僕にあれが止められるか?ジェニでもド派手にぶっ飛ばされたんだぞ?無理無理無理!出来っこない!


 じゃあどうする……!?


 どうもしなければどうしようもない未来しかないぞ!いくら峰打ちが来る可能性が高いとしても、あの威力なら普通に死ねる!良くて意識不明の重体だ!


 いや、違う!逆転の発想だ!


 あれが奥義だと言うなら、それを利用すればいい!!


 恐らく数えるのも億劫になる数を繰り返してきたはずだ!ただ技名を冠しただけのものではなく、己が奥義となるまでに何度も何度も!


 ならばその軌道は変わらない!ジェニに放った時と同じ軌道を描くはずだ!


 そうと分かっていれば、その軌道上に僕の攻撃を合わせれば、向こうの勢いが加算されて勝手に大ダメージを受けてくれるはず!


 そう、はずだ……はずでしかない。白狼ほどの極まれし剣士が、軌道上に置いただけの攻撃を食らってくれる保証はない。


 難なく掻い潜られる可能性のほうが寧ろ高いくらいだ。とすれば、それは完全なる無防備と化した僕に奥義がクリティカルヒットするわけで、その先にどうなってしまうかなど考えたくもない。


 ならばやはりここは安全策をとって防御に徹するべきか……いやしかし、一発逆転の可能性をみすみす逃すのは勿体ない。


 防御を取るか……一か八か、いやっ一か八百万かの大博打。可能性は限りなく低いが、僕の手で剣聖を上回れる可能性がある!


 ここで日和ってなるものか!!


 『……』覚悟を決めたその時、あの夜のジェニの言葉が脳裏に浮かんできた。


 ……バカか!!甘えるな!!現実はいつだって非情だった!!僅かな可能性に命を賭ける事が必ずしも美談になるわけじゃないことくらい分かってるだろ!!


 そういうのは蛮勇って言うんだ!!可能性と期待値の、リスクとリターンの計算が出来ない愚か者のすることだ!!


 何より、ここで大怪我を負ってしまったらいくらエルエルが居ようとも大きく時間をロスすることになる!!そうすれば仮に勝てたとしてもお母さんに追いつけなくなるかもしれない!!


 ならば、次に繋がる行動をとれ!!命を無駄にするな!!


智天一閃ちてんいっせん


 その言葉と共に、音すら聞こえない速さで白狼がブレ……


 ガギン!!!バゴーーーン!!!


「アニマーーー!!!」


 ド派手に襖を吹き飛ばし、衝撃と激痛と激しく揺られる三半規管に薄れゆく意識の中、ジェニの悲痛な叫びだけが僅かに脳内に入り込んできた……






【余談】

司令塔から先に狙われるのは世の常であり、目立ち過ぎたブレインは早々に叩かれる運命にある。

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