第171話 剣聖白狼②
そう叫んだはいいものの、エストさんが勝算の無い提案をするという事は、それ即ちエストさん自身もこの白狼というキメラモンキーの放つ圧倒的な重圧を感じ取って、「勝てない」と思っての事だろう。
全滅するよりは被害を最小限に抑えた方がいい。全く合理的な判断だ。ただそれを一瞬の迷いも躊躇いもなく行動に移せる人間はそう多くはないだろう。
初撃を防げたの自体僕からしたら凄すぎるのに、その凄すぎるエストさんをもってしてもこの老猿は戦ってはいけない存在だと言わざるを得なかったのだ。
つまりはこの見るからに死にかけの、下手をすればもう半分死んでいるような命が、恐龍よりも恐ろしい脅威であると。
刹那に思考を巡らせた僕は、警戒レベルを最大限に引き上げ、全身全霊を懸けて戦うべき敵だと断定する。
そして全員に聞こえるように声を張り上げた。
それはこんな時、躊躇う事も怯む事もなく一切合切を置き去りにしてしまう存在を知っているからだった。
「エストさんを先頭に怪物が後ろから牽制!!僕はジェニに合わせて遊撃に出る!!サイモン達はエルエルをお願い!!」
ガギン!!
ジェニの放った回転斬りを白狼が刀で防いだ。片手で防いでいると言うのにブレない立ち姿は、動かざること山の如しだ。
ただ、そこで終わるジェニじゃない。重心をずらし力の向きを強引に変え、ギャリリリリリと宝剣が太刀を滑っていく。
防御を力技ですり抜けた!
正確に言うなら高すぎる技巧の成せる業だったが、傍から見たらゴリ押しに等しい。その勢いのまま胴を掻っ捌こうと更に踏み込む。
その足を白狼は読んでいたかのように踏みつけた。刀をジェニの動きに合わせて動かしつつ、もう一方の手に持った鞘で身動きの制限されたジェニの後ろ首を狙った。
ジェニはその鞘を敢えて無視すると、踏まれていないほうの足を上げた。普通は足を踏まれたら急いで逃れようとして体勢を崩すだろう。
鞘で攻撃されたらそれを防ごうとするだろう。ただジェニはそれをしなかった。ギンッとエストさんの剣がそれを弾いたからだ。
例え解っていたとしても一瞥もしないのは正気の沙汰じゃないが、平然とやってのけるのがジェニだ。続けて上げた足で自分の片足を踏みつける白狼の膝を蹴りつけた。
その反動で後ろに崩れる姿勢をバク転でカバーしつつ距離も取る。白狼は直前で軸足を変えてダメージを最低限に抑えていたようだ。
ガッ!
「腕を上げた様じゃのぅ」
そこに反対側から斬り込んだ僕の剣を鞘で受け止めつつ、エストさんに攻撃して隙を潰しつつ、視線はジェニの方へ向けてそう口にした。
なんて奴だ!ほぼ同時に三方向から攻めたというのに軽くあしらわれてしまった!兄将のように力で薙刀を振り回してではない。一つ一つの動作に全くと言っていい程無駄が無い。
一挙手一投足が極まっている。可視化された努力の結晶だ。
「そう言う貴方も、どうやら本物の剣聖で間違いないようですね……もう少し
激しい剣戟を交わしながらエストさんも気丈に言う。この中で最も攻守のバランスに優れ、剣士としても超一流のエストさんしか前衛は出来ない。
そこに後ろからの怪物の援護が加わってギリギリ務まるかどうかといったところか。言葉とは裏腹に顔に余裕は無い。
僕の攻撃だってエストさんと怪物に対処するついでに一瞬視線を向けただけで全て防がれている。僕なんてまるで脅威じゃないと言われているようで、実際そうなのだろう。
チャキッ
白狼が刃の向きが逆になるように太刀を持ち替えた。
「ぐふっ!」
そう認識した瞬間、お腹を激しい衝撃が襲った。ゴロゴロと後ろに転がった先で、驚く肺が空気を取り込むことに失敗し、畳に唾を撒き散らした。
遅れてやって来た痛みに腹を抱えて動けなくなる。敵を前に首を垂れる様は無防備極まりない。
直ぐに立ち上がらなくては!分かってる。分かってるけど、痛い……苦しい……思うように体が動かない!
「アニマ!!」
叫んだジェニは斬り上げを放つ。それを正しい向きに刃を戻しつつ白狼はキンッと弾く。続くエストさんと怪物の同時攻撃も難なく弾き、崩れた体から無理矢理攻撃に繋げたジェニの剣を再度弾くと、当て身をした。
ジェニはしまったという顔をする。後ろ向きによろけるその体は隙だらけで、そんなことジェニもわかりきっていたからだ。
チャキッと再び白狼が太刀を持ち替える。そして間髪入れずにジェニの胴体を袈裟斬りに。
キンッ!
刀身が体に吸い込まれる寸前に何とかジェニは防御を間に合わせた。しかしそれも苦し紛れで、踏ん張りの利かない体はゴロゴロと後ろに転がっていく。
主力四人の内二人がダウンし、エストさんと怪物が猛攻の餌食となる。
「かふっ、ひゅー……ひゅー……」
がくつく膝をぶん殴って抑えつけ、僕は剣を手に立ち上がる。寝てる暇なんかない!僕は僕にできる事をするんだ!
僕はエストさんの横に並ぶと、その動きに自分の動きを合わせた。各々が挟み込むように攻撃してもさっきのように各個撃破されてしまう。
怪物とジェニとの息がぴったり合った瞬間のキメラのようなあの動きを、エストさんとも再現するんだ!
エストさんの攻撃を邪魔しないように気を配りながら、抑揚をつけるように白狼に斬りかかる。最も嫌なタイミングで、最も嫌な角度で、それを手探りで探しながら剣を振るう。
けれども僕が考えるような攻撃は剣聖にとっては容易くしのげる程度であり、枯れ枝のようなその体に一筋の傷を作る事すらままならない。
まだまだ連携が拙いんだ!怪物やジェニとはずっと一緒に修行してきた。何回も手合わせを繰り返した。だからお互いの動きや癖を把握している。
でもエストさんとはまだ知り合って間もない。二人に比べ、僕は余りにも彼の事を知らない。凄いという事しか分からない。
凄いと思っている内は、遠いと思っている内は、本質が見えていない。理解しきれない。
……そんなこと、分かり切ってるんだ!!
ガキキンッ!
僕の斬撃に合わせるように、復活してきたジェニが斬りかかった。両方とも素早く弾かれてしまったが、ジェニにも僕の考えは伝わっていたようだ。
お互いの隙を埋め合うように絶妙なタイミングで剣を叩き込んでいく。がしかしその全てを弾かれる。受け流すのではなく弾かれるのだ。
最小限のモーションで、最大限こちらの体勢を崩すようにだ。そのせいで多対一を活かしきれない。攻め切れない。
崩された味方を庇うので精一杯だ。
それに戦闘はどんどん加速している。白狼の動きが切れを増している。全身を包む静かに燃ゆる青い炎。それは魂を燃やしているということだ。
ただでさえ厄介極まりない強敵なのに、その上多少の怪我じゃ止まらない暴走バーサーカーなわけだ。それでいて明鏡止水の如き冷静さを併せ持つ。
これが剣聖か……!
一瞬でも手を止めたら負ける!
以前の肺ならさっきのダメージをもっと引きずっていた。でもエルエルに治してもらったことで多少の無理は効く。もっと効率よく空気を取り込める。
スゥゥゥゥ……
「すげぇ……」
「ほぁ……」
視界の端に映ったサイモン達は、そんな僕達の戦いにあっけに取られているようだ。ぼーっとしてないでちゃんとエルエルを守っておくれよ……!
「
一歩後ろに引いた白狼は大上段に太刀を構えると、小さく独り言ちながら振り下ろした。余りにも鋭い踏み込みに、畳に足の指の痕が付く。
空気をバットでフルスイングしたかのような衝撃波を発生させ迫りくる。その威力を予見していた怪物は咄嗟にエストさんと場所を代わって大槍で受け止めた。
今まで生きてきた中で一度も聞いたことが無いような衝突音が部屋を駆け抜ける。鼓膜が破れずに済んだのは最早奇跡に近い。
「二連」
更にもう一歩踏み込み、音速の斬撃がもう一度大槍に叩き込まれた。怪物は片膝をついて耐え、口からは思わずぐっと音が漏れる。
名前付きの技というのは、長い歳月の中で脈々と磨き抜かれ完成系へと至った技術の事を言う。故に敵に合わせて柔軟に振るうただの剣技とは一線を画する。
何万何億と同じ動きを繰り返し体の芯に沁みつけた技は、決して腐ることは無い。
「
膝を曲げ、ぐっと上体を前に倒し、まるで闘牛の突進のような鋭い突きを放った。怪物の前にエストさんが出ると、バックラーでそれを受け止めようとして受け止めきれず、流されかけた体を怪物が抑えた。
二人がかりでようやく受け止められる程の猛烈な突き。あれがもしも僕やジェニに向けられていたらと思うとぞっとする。
「
鷲の目で射抜かれたように鋭い視線が僕に向けられた。刹那、上空から急襲を受けたかのような斬撃がこの身を襲う。
まともに防げる類の攻撃ではない。それを直感で感じ取った僕は、剣を畳に突き刺すと、テコの原理を利用して畳を捲り上げた。
ザクッ!
諸共斬ってやるとばかりに振るわれた太刀だったが、僕は身を低くしてそれを間一髪躱していた。
ヤバい……!ヤバすぎる……!!
何とかしてどうにかできる策を思いつかなければ、皆こいつに斬り殺されてしまうぞ……!
荒い息を吐く僕の頬には一粒の冷や汗が流れていた。
【余談】
獣人史に記された四英雄の名前。
戦士エイムボット。
弓使いホーミング。
格闘家タマスケ。
英雄王サーバークラッシュ。
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