第170話 剣聖白狼①


 ソバルトらの呼びかけによりギルドに集まった冒険者達で意見を交換し、考察を重ね、ソバルトたちの仮説が有力であると認められた。


 特にベテランの冒険者達は事態を深刻視した。このまま放っておけば第四層は不可侵領域になってしまうと。ただでさえ難しい攻略の難易度も更に跳ね上がってしまうだろう。


 それに学者連中が飛びついた。第四層の豊富な食糧と気候風土を無視したような多岐にわたる作物の数々の研究は非常に重要な意味を持つ。


 かねてより盛んに調査や研究が行われてきたが、そんな学者達にとってキメラモンキーは正に目の上のたん瘤。


 このまま勢力を増し、第四層を支配されるようにでもなればいよいよ手のつけようが無い。


 それを危惧した学者連盟からは多額の支援金も出されることとなり、ベテランから血気盛んな新米まで幅広く募られた大規模な討伐隊が結成されるに至った。


 犯人への復讐と、自らの雪辱を晴らす機会を待ちわびていたソバルトがこれに参加しない訳もなく。


 ギルドにたむろする酔っ払い共はその背中を見送ったのだった。






 百人規模となった討伐隊には名をはせた英雄を含むパーティーも多数参加し、比較的新米であるソバルトも特に苦労することなく第四層に辿り着くことが出来た。


 精々第三層で何人か毒虫にやられた程度だ。これだけ被害も損耗も少なく済んでいるのは素直にベテランたちの功績だろう。


 外周ルートを選び、慎重に進んだのが功を奏した。


 百人を超える冒険者達は、付かず離れずの距離を保ちながら早速キメラモンキー狩りを始めた。多人数で囲い込むように立ち回っていたこともあり、特に怪我人を出すこともなく討伐は順調に進んでいった。


 その中でもベテラン冒険者連中の安定感は凄まじく、攻略経験のある英雄たちに至っては一人一人が複数匹を相手取っても無傷で勝利を収めていた。


 子供の頃から憧れたそんな姿に、有象無象のその一人であるソバルトは胸を熱くしながら自らの役目を精一杯こなしていた。


「皆気をつけろ!!!厄介なのが出て来たぞ!!!」


 楽勝ムードが漂っていたその時、最も奥へと足を進めていたベテランたちのパーティーから声が上がった。


 その声にソバルトも加勢に加わる。


 そこには重厚な当世具足で身を守った屈強なキメラモンキーの集団が、統制の取れた動きでベテランたちと交戦を始めていた。


「こりゃあまるで本物の軍隊みてぇじゃねぇか」


 そいつらを前に、先ほどまで無双していた英雄が独り言つ。


 そして腕に自信のある英雄達も戦闘に加わった。


「くっ」


 だが、快勝を続けていた英雄達の顔にも苦しそうな色が浮かぶ。


 なんと武装したキメラモンキー達の強さは相当のもので、英雄達でも一対二では分が悪く、ベテラン達では一対一でも不覚を取ってしまう者が続出した。


 しかしこちらは百を超える大部隊。怪我人と代わり次々加勢が加わる。多少手間取ったがキメラモンキーの殲滅も時間の問題かと思われた。


「ぎゃーーー!!」


「うわーーー!!」


「ごぷ……」


 その時、最前線から断末魔の悲鳴が上がった。それは途切れることなく声音を変えて、少しずつソバルトたちの方へと近づいてくる。


「もっと……もっと強くならねば……」


 それは悪夢のような光景だった。


 長身でぴんと背筋の伸びた立ち姿。真っ白の毛並みにたった一本だけの太刀で、あれだけ頼りになった英雄達ですら一刀の元に斬り伏せていく。


 真っ二つになる人の体。剣筋の余りの速さとブレのなさに、その残像だけが白い牙のように狂い咲く。


 疾風の如き踏み込みに白い毛並みが少し遅れてついて行く様は、猿というよりは白き狼のようで。


 その鬼神のように鬼気迫る剣技に、辺りは瞬く間に断末魔と血の海の地獄に変貌していく。


「……ありゃダメだ……勝てっこねぇ……」


「あ、あんな剣技ずっずるだ反則だぁ!」


「け……剣聖だ……!」


 近くの冒険者が恐怖に顔を支配されながら腰を抜かした。


「ソバルト、いいかよく聞け……ありゃあ災害だ。おっかねぇ触れちゃいけねぇもんだったのさ……俺達は虎穴に踏み入ったその足で虎の尾を踏んじまったって訳だ……」


「そっそんなのみりゃわかんだろ!!それよりどうすんだよ!!なぁ!!何だあれ!!聞いてねぇよあんなの!!」


 ソバルトは半狂乱に取り乱す。それも無理もない。誰だって理解を超えたものを目の当りにしたら冷静ではいられない。先輩冒険者はそのことをソバルトよりも少しだけ理解していた。


「どんな災害でも後世に伝える奴が必要なんだ!今は負けたとしてもそれが後の勝利の糧となる!」


 先輩冒険者は自分のリュックの中にある残り少ない水と食料を全てソバルトのリュックに無理矢理詰め込んだ。


「……何やってんだ先輩」


 先輩はソバルトの問いを無視してその背中を力一杯押し出した。


「……お前足速かったろ?大丈夫心配すんな!こう見えて俺だってベテラン冒険者の端くれさ!」


 「でもっ!!」と足を止めるソバルトに笑顔でそう言って、「振り向く暇もねぇ!!いいから行け!!」と叫んだ。


 ソバルトが何か言いたそうに、けれどそれを振り切って走り出したのを確認すると、白きキメラモンキーに対して真っ直ぐに剣を構えた。


「……絶対振り向くなよ」


 背中越しにその言葉を聞いた、地を蹴るソバルトの頬にはつぅっと雫が伝っていた。






 後日、ギルドには普段より遥かに大勢の人だかりが出来ていた。その中心では一人の青年が涙ながらに何度も何度も同じことを叫んでいた。


 強烈なインパクトと共に世間に広まったそれは、一つの標語として冒険者や学者達の間に定着した。


 人々はその事件を指針とし、攻略時の鉄則とまで言われるに至った。


「キメラモンキーには手を出すな。剣聖、白き狼が死の軍団を率いて来るぞ」


 こうして人類は事実上たった一匹のキメラモンキーに第四層を明け渡すことになった。






*********






「老いさらばえたこの命、死出の旅に手向けの花を咲かそうか」


 そのオーラが練り上げられていく。次第に静かな青い炎と化して、全身を包み込む。


 何なんだこの重く押しつぶされるような、息も苦しくなるプレッシャーは!?どっからどう見ても死に損ないの吹けば消ゆる風前の灯火なのに、どうしてこうも気圧される!?


「……参る」


 ガキンッ!!


 畳の空間に金属の衝突する激しい音と火花が散る。白狼の太刀をバックラーで防ぐエストさんが僕達の前に居た。


 そう、居たのだ。


 兄将の動きよりも更に速い神速の踏み込みは、最早眼で捉える事すら難しい。原理は何となく解る。縮地と呼ばれる移動法の極みだろう恐らくは。


 それに苦しそうなエストさんの表情と耳を劈いた衝突音が、斬撃の強さを物語っている。最早骨と皮だけになった細腕のどこにこれ程の力があるのか。


 そんな疑問に答えを探す暇も与えてくれそうにない事は、僕にだって解っていた。


!!!!」


 エストさんは僕よりも更に事態は深刻であると判断したようだ。いつもの冷静な姿からは想像もつかない鬼気迫る声で叫ぶ。


 エストさんの側にはジェニが、その後ろには僕と怪物が、更に後ろにはサイモン達とエルエルが居る。


 エストさん一人で時間稼ぎが出来るのか、出来ないのか。エストさんは無事で済むのか、決死の覚悟なのか。


 そんなことはどうでもよかった。


!!」






【余談】

「最強の剣士は誰?」

「そりゃブジン・シャルマンだろ」

「その弟子のエストもかなりの腕だと聞くぞ」

「バカだなお前ら、スモーカーさんに決まってんだろ」

一人の少年の疑問に、冒険者達は一斉に喋りだす。

「剣聖白狼」

ポツリと呟かれたそれに少年はオウム返しする。

「爺さんがいつも言ってたぜ。史上最も強い剣士だってな。ブジンさんもスモーカーさんも全盛期の剣聖には及ばないんじゃないか?」

「ふ~ん、どんな人なの?」

「……キメラモンキーさ」

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