第168話 ジェノサイド⑩


「お前は自分以外を物や道具のように見てる!どれだけ賢くてもその程度の次元に居る限りエルエルの崇高さなんて分かんないだろーさ!」


 その先にあるのは虚しさだけだ。


「分かろうとも思わんな。しかし私がその程度だと非難されるのは少々癪だ。自分よがりの物差しでマウントを取るな。討論にすらなっていない」


「これが学生の討論大会かなんかだと思ってるのがそもそもの間違いなんだバカ!なんで対等な話し合いが出来ると思ったんだ!?」


 再度バカと言われ眉をひくつかせる文官長。


「僕達が勝者でお前達が敗者だ!敗北者の言葉なんて全部戯言だ!どれだけ気高い理念があろうとも力無き正義は無価値だ!今のお前の言葉には何の力も無い!」


 勝者だけが正義。清廉潔白に生きようとも、世の為人の為にと理想を掲げて頑張ろうとも、負けたら何も残らない。


 そこに疑問や不満を持ってもどうしようもない。それが世界のルールなのだ。改善を願って自分の身を犠牲にして、ルールが変わるのを待つなど愚か者のすることだ。


 適者生存。いつだってゲームってのはルールを深く理解した奴が勝つんだ。明記されていないような見えないルールや条件も暴いて身に着けた奴には勝てないんだ。


「お前は誰よりも解った気になっていただけで、何も解っちゃいなかったって話さ!」


 それが残酷だとか自分が見たくないからと言って目を背けていてはいけない。気づいた時には誰にも勝てなくなっているだろうから。


 だから僕は前に進むよ。残酷だろうと向き合うよ。


「僕達が正義でお前達が悪だ!!」


 そう決めつけて進んでいくよ。


 


 それを聞いた文官長は声を出して笑った。


「いかにも人間らしい手前勝手な考えだな。そうやって我らの暮らしを否定し、楽園を壊し、屍を積み上げ、自らの愚行でさえも正当化の果てに忘却の彼方へと置き去るのだろう」


 続けて「万年発情期の下等種族が……与えられた快楽で満足しておれば良かったものを……」と呟く。


 その呟きが、その思想が、どうにも僕を苛立たせる。


「人を舐めるな!!どんな時代のどんな場所で生まれようと、憧れは止められないんだ!!自由を描き続けるんだ!!お前の思想が物語ってんだよバカ!!」


「黙れ小僧!!」


 ここにきて初めて声を荒げた文官長は腕を組むのをやめて、階段を下りてくる。


「愚者の正義ごっこ程迷惑な話も無いわ!!無責任に夢を見させたその先に何があるかを考えたことは無いのか!?」


 そしてこちらへと歩いてくる。


「自分で勝者だけが正義だ、適者生存だなどとほざいておいてその視点が欠けている!!お前にサ~~ンを救えるか!?」


「サイモンだ!」


「サッキュンだよ!」


 間近に来て指をさされた二人は間髪入れずに名前を訂正する。


「名前など何でもよいわ」


 下らない事だと吐き捨てた文官長は目と鼻の先で僕を睨む。


!!」


 飛んでくる唾が気色悪い、臭い。


「お前からは人を想う気持ちも正義も感じない!!体よく支配していたいだけだろ!!それに例えお前の言う通りだとしても、こんな所にいるよりかずっとましだバーカ!!」


「そうやそうや!!人間食いたいだけですって素直に言えや!!油乗った悪党が!!」


 そこにジェニも援護射撃する。


!!貴様らの価値観など尊重に値しない!!馬鹿は死んでも治らない!!罪深きその手で未来永劫藻掻き続けるがいい!!」


 ドスッ


 …………


 ヒートアップしていた両者の間に沈黙が流れる。


「何を……」


 そう小さく漏れ出た文官長の口からはつぅっと血も漏れ出ていて、ポタポタと音がする方を見るとサイモンが血の滴る剣をその胸に突き刺していた。


「俺達は物じゃねぇ。誰かに管理されなくても自分の意思で生きていける」


 静かに、だが力強く。


「馬鹿が……短絡的だ……」


 文官長は信じられないとばかりに呟く。



 最早立ってもいられないだろうけれど、文官長はぐっと崩れないように足腰を踏ん張ると、その剣を握り締めた。切れた手のひらから血が出てくる。


………………我らが呪詛じゅそ溺没できぼつせよ…………」


 ドサッ


 それを最後の言葉に、文官長は物言わぬ骸と化した。その胸からゆっくりと剣を引き抜いていくサイモンは真剣な顔で呟いた。







 その屍を乗り越えて僕達は進む。階段を登り、大社の中へと土足で踏み込んでいく。戸は開け放たれているが天窓など無いので中は薄暗い。


 その仄かな闇を提灯などの光が淡く照らす。木造の恐ろしく精密な造りだ。板張りの床もピカピカに磨かれている。靴下で歩いたら滑ってしまいそうだ。


「しっ侵入者だ!!ぷぎゃ!!」


「何故ここに!?武官どもは何を!?ぎゃーす!」


「女子供は奥にぬわーーー!!」


「た、助けてくれ!!降参だあぎゃーーー!!」


 その床には血だまりばかりが広がっていく。中にいたキメラモンキー達は武器を携帯すらしていなかった。


 それ程までに武官を信じていたのだろう。まぁ確かにただの人間に負けるとは思わないだろうな。しかし不用心が過ぎる。避難もしていないとは。


 それともここに居なければいけない何かがあったのか?だとすればそれはこいつらにとって重要な事で、僕達にとっては脅威になりかねない何かである可能性もある。


 確かめないわけにはいかない。確かめて、潰さなければならない。


 奥へ奥へ進んでいくと、戸の前に老猿達が何匹か立ちふさがっていた。


「こんな日に、次から次へと問題が起こる」


「静かに眠らせてやることも出来そうにないわい……」


「来たか……我らが暮らし、返してもらおう……」


「降りかかる火の粉は払わねばな」


「我が子の無念……私が晴らそう……」


 数秒前までは何かを喋っていた肉塊共が転がる。戸や床には血が飛び散り、惨劇の跡を残した。ただそれだけだ。


「……開けるよ」


 何が待ち構えているか分からないので怪物と二人で示し合わせると、タイミングを揃えて一気に戸をあけ放った。


 ババンッ


 同時に油断なく剣を構えたジェニとエストさんが部屋の中へと踏み入る。それに続いて僕達も入った。その後にサイモン達とエルエルが続く。


 とても広い部屋だった。何十畳もあるようなたたみ部屋だ。特有の干し草のような匂いが落ち着いた雰囲気を演出している。


 綺麗に掃除が行き届いたその部屋の真ん中には、一つの白い布団が敷かれていた。


 自然と全員の視線がそこに集まる。


 布団は綺麗に直されていて、その側に正座している一匹の白いキメラモンキー。傍らには一目で業物だと分かる太刀が置かれている。


 大きい。脚を折り曲げているはずなのに長身であることがすぐに分かる。背筋も針金が入っているかのように綺麗に伸びているというのも相まってのことだろう。


 真っ白な髪は後ろで一つに結い、しわくちゃの顔に表情は無い。今までのキメラモンキーとは違って純粋に猿と人間を混ぜ合わせたような出で立ちだ。他の生物の要素が見て取れない。


 白い体毛に合わせたような白装束を着用し、袖に通された腕は細く、骨と皮の占める割合が多い。けれども歴戦の武士もののふのような威厳を感じる。


「割り切れぬのぅ……」


 まるでもう死んでいるかのように呼吸音すら聞こえない静寂。完璧な瞑想。誰もが音を忘れた時、しゃがれた声が意識の隙間を突くように滑り込んできた。

 

「わしは間違っておったのかもしれぬ……」


 その眼が見開かれ、静かに鋭く僕達を射抜く。「白老はくろうや……まだ生きとったんか……!」ジェニが戦々恐々と呟いた。


 ジェニ、サイモン、サッキュン、ジャック、そして僕をゆっくりと見回して。異様な光景だ。死の際の枯れた命にこの場の全員が呑まれている。


「最後の仕事じゃ……見極めてやるとするか」


 そう言いながらすっと立ち上がる。


 そしてゆっくりと太刀を鞘から抜き放った。鞘を滑る音が全くしない理想的な抜刀だ。


 その威圧感と佇まいに、僕はエストさんから聞いたある話を思い出していた。


 






【余談】

白老は既に危篤で、長との別れに大社の中にはキメラモンキー達が残っていた。

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