第167話 ジェノサイド⑨
「態度間違えとるんやないかクソザルぅ。自分が丸腰なん忘れとんのか?末期のアルツハイマーなんやったらジェニがあの世徘徊させたるわ」
僕の隣で僕にくっつくサッキュンをはがそうとしていたジェニは、チンピラのように絡んだ。このキメラモンキーに対するヘイトがマックスだ。
「ふんっ野蛮さを声高に
なんだこいつ。想像以上に上手い返しだ。このタイミングでこちらから手を出せば自らを野蛮だと認め、知性で劣ると証明するようなものだ。
「そこまで言うなら見せてみろクソザルぅ!」
プライドの高いジェニがそれを良しとするわけが無い。「文官長だ……」とサイモンが呟いている。そういう呼称らしい。
「成程、一見平和主義者のような耳障りのいい主張ですね。しかし、貴方はどうしようもない差別主義者であると同時に利己主義者でもあると、俺の目には映りましたが?」
その様子にエストさんが仕掛けた。文官長は「薄いな。ケツを拭く紙にすら使えそうにない」と嘲笑い。
「自分を愛せていないからこそ差別やエゴを非難できる。理論武装し、それっぽい理屈を並べ立て取り繕っているだけの偽物だ。魂が籠っていない君の言葉では、人の心は動かない」
「……」
負けた!?あのエストさんが言い返せずに口を
「……ぐぅぅ」
ぐぅの音出てる!?嘘でしょ!?図星だったのか!?
想像以上の強敵だ……
「エストを言い負かした程度でいい気になるなよ。貴様らキメラモンキーが人間以上の知性を持つと言うのなら、どうして子供達を洗脳するような真似をした?
この期に及んで弱肉強食だからだ等という道理は通らんぞ」
怪物が鋭い視線を向ける。その巨体からして相当の重圧だ。
「興味深い切り口だな。続けたまえ」
それにも拘らず文官長は少しも臆する様子はない。本当に武力には頼らない姿勢らしい。
「俺は狩人だ。命を頂く事を生業としている。しかしそれにもルールがある。何があっても子は狙わない。足枷をつけたりもしない」
「ふむ。我々の文化自体に疑問があると」
「確かに柵を設けて逃げられないようにした方が楽だろう。餌を与えて肥えさした方が美味くなるだろう」
文官長は腕を組みなおす。
「だが本来の自然な姿から逸脱した環境で育った子は必ず歪む。生物としての美を無くし、鬱屈とした恨みや怒りを蓄えていく。その結果がこの惨状だ」
文官長は一呼吸考えると「惜しいな」と呟く。
「まだまだ低次元だと言わざるを得ない。それは畜産に対する一般的な物の見方だ。だが我々は人間を扱う上で、宗教を使った効果的な教育と精神のケアを精力的に行ってきた。
事実、幸福度という観点では本来有り得ない値を記録していた。君の主張は直接的な因果関係に非ず、精々相関関係に過ぎないと言ったところだろう。
私からも問おうか。この楽園の大人達についてどう思う?一年中盛っているだけで食うに困らず、煩わしい子育ても乳幼児の内だけでいい。雨風しのげる大きな家があり、外敵に怯える必要もないのだが?」
確かにぎちぎちの檻にぶち込むような真似はせずに、広い庭で比較的自由な生活を送れていたように思う。鬼ごっこやかくれんぼをして遊ぶ子供達の笑顔が全て噓だったとは言い切れない。
大人達もまた然りだ。快適な環境ではあったはずなんだ。
「俺から既に成人した大人へ言うことは無い。何を選びどう生きようが自己責任だ。だが子供は違うだろう!
子供から選択肢を奪うな!子供から未来を摘み取るな!自分の思想通りに教育することの罪深さを知れ!」
怪物の声が大きくなる。それは常々思っている事なんだろう。
「どうも論点がずれているな。それに君は我々の子供だったら殺せるのだろう?武官達はまだ若く、私から見れば子供のような年齢だった。
君は脂ぎった中年を助けたいと思うか?肌もかさついた、とうがたった女を救いたいと思うか?
子供を助けたいというのは、子供をかわいいと思うからに他ならない。異形である君も、異形を恐れていることに変わりはない。
「俺は……くっ……」
怪物は悔しそうに唇を噛む。それ以上言い返す言葉が見つからないようだ。いや今言い返しても全てが言い訳になってしまうからか?
「謝ろうとは思わないの?」
そこにエルエルが参戦した。
「君はどう見ても私に対して問いかけている。しかしおかしいな。私が誰に謝る必要があると?」
続けて「ふむ、ラーテル獣人ではないな。興味深い個体だ」と呟く。
「殺し合いになってしまったのは……凄く残念だわ……でも、喧嘩したらごめんなさいでしょ?」
エルエルの目は本気だ。
「私がいつ漫談を頼んだかな?そのような子供の道理が通る訳が無いだろう」
だが文官長は嘲笑う。
「……その子供でも出来ていることよ」
「では君は家族が殺されても謝罪によっては許せると?」
「その姿勢が大事だと言ってるの!
「お花畑の看板が立っていたようだ。撤去依頼を出さなければならないな。無論、そんな看板を真に受けてしまうのは君くらいのものだろうがね」
甘い戯言だと笑う文官長。確かにエルエルの言ってることは理想論というか精神論と感じてしまう部分もある。現実的ではないと。
「
文官長は「筋金入りだな」と嘲笑ったが、その叫びは僕の心に浸透した。
「……人を笑っている限りあなたは自惚れたままよ。そんな人、誰も本気で助けてくれない」
それは文官長に向けられた言葉だったが、僕にも当てはまるように感じた。今の文官長のように人を嘲笑っていた事が僕にもあった。
「今度は宣教師にでも転職したか?見た目からして神の使いか?助けや救いを求めるというのは弱者のすることだ。そして我らは神に祈るような弱者ではない」
ただ一つ違うとすれば、手遅れになる前に寄り添ってくれた人が僕にはいたという事だ。
「貴方がどれだけ言葉巧みに演説しようと、この戦争に負けた事には変わりないわ…………私も一緒について行くから謝りましょう。まだ許してくれるかもしれないわよ」
っっっ!!なんて……なんて眩しいんだ……!エルエルは今、自ら寄り添おうとしているんだ!自分の事も殺そうとしたキメラモンキー達に!
どうしたらそんな生き方が出来るんだ?どうしたらそんなことが言えるんだ?
最早理解も出来ないくらいに君の全ては優しさで出来ているんだね。
「お人好しもそこまでいくと気持ち悪いな」
しかし、文官長は気持ちの悪いものを見るような目でそう言った。はっきりと拒絶した。
「君との話はここで終わりだ。まったく……私まで馬鹿になりそうだ」
やれやれと呟く文官長に僕は怒りが湧いてきた。
「バカはお前だ!!」
文官長の眉が動く。
「大バカ野郎だ!!バーカバーカ!!」
「…………本当にA5ランクか?」
呆れたような顔の文官長を前に、壮絶な舌戦が今始まる!
【余談】
猿の楽園の子供総数千六百人の年齢別人口。
零歳百五十人。
一歳百三十人。
二歳百十五人。
三歳百五人。
四歳~約百人。
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