第138話 メガロドンドゴーン


 ……


 目を覚ますと、最初にジェニと目が合った。僕が「おはよう」と言うと、僕の隣で寝癖混じりに微笑みながら「おはぴよす」と明るい声で言った。


 たったそれだけで確かな愛を確認し合った。


 おはよう世界!素晴らしきかな人生!未来ハレルヤ!


 そうだ!僕はとうとうリア充になったんだ!全男の高根の花のあのジェニと付き合えたんだ!最高だ!今が人生で一番幸せかもしれない!


 普段より二割増しで世界が明るく見える。浜辺で寝ているせいかもしれないけど。清々しい朝日が海面と白浜に反射して網膜を焼き付ける。


 それもこれも誰よりもジェニが眩しいからに違いない。


 地上の太陽が僕の心を焦がす焦がす。焼け焦げてしまう程に。けれども胸の内から湧き上がる想いという名の燃料が常時投入されるので、燃え尽きて灰になる事なんてない。


 最早自分でも何を言っているのか意味わからなかったけど。意味わからなくなるくらいに幸せだって事だけはわかった。






 そんなこんなアホになってぼーっとしているうちに朝ご飯も食べ終えて準備も終えて、いざ出発となっていた。


「アニマ、またあのトンネルやな!」


 ぼーっとジェニを見つめていると、視線に気が付いたジェニがいたずらな笑みを浮かべた。


「……そーだねー」


「……アニマ聞いとる?」


「……きれーだねー」


「?まだトンネル入ってないで?」


「……そーだねー」


「おーい?あかんわこれ」


 何を言っても上の空。僕の眼にはジェニが怪物と、僕のことについてあれこれ言っている姿が早送りの人形劇のように見えていた。






「これは……筆舌に尽くし難い絶景ですね……」


「わぁぁきれぇぇ……凄いっ凄いわ!!」


 海を突っ切る海中トンネル。味わい深い青が迷い込んだ陽光を取り込んで、輝くベールをはためかす。


 誰にはばかる事もなく自由に泳ぐ魚達がまた綺麗で。潮流に揺れる海藻や珊瑚礁さんごしょうすらも優雅な音楽に合わせて踊っているようだ。


 無邪気な感想を言う仲間達の声に、瞬きすらも憂鬱になる程引き込まれていた事に気づかされる。


 綺麗な景色は何度見ようとも綺麗で。ただそれだけで生きていてよかったとすら思わせてくれる。そして、そう思える自分でいられることに感謝の念すら湧いてくる。


 大自然はいつだって僕達を純粋に戻してくれる。そこに理由なんていらないし、求めなくていい。人間だって自然の一部なんだと、ぼけーっと思っているだけでいい。


「この感動を言い表せない己の貧相な語彙に腹が立ちます」


 エストさんの言葉が全てを物語っているだろう。


 僕達は最大限この光景を楽しむように、小さな発見にも一喜一憂しながらゆっくりと足を進めた。


 ぴょこぴょことエルエル達と話すジェニが「アニマアニマ!」と僕の腕を揺さぶるたびに幸せを噛み締めていた。


「アニマ、あの黒い影……」


 あぁ……幸せだ……


「なぁアニマあれ……」


 そう言って指をさしている姿すら愛おしい。


「ああぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁあああああああやっぱメガロドンやぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」


 ドゴーーーン!!


「きゃー!!」


「え!?何!?メガロドン!?」


 ジェニの絶叫とエルエルの悲鳴ではっとして、パニックになりかけた頭で辺りを見渡す。ガラスに体当たりしたメガロドンは一度距離を取り、凄まじい速度でまた迫ってきていた。


「うわぁーーー!!」


 ドゴーーーン!!ピシ……


「おいこれ、ヤバいんじゃないのか……?」


 分厚いガラスから僅かに鳴ってはいけない音がした。


 ドゴーーーン!!


 ピキッ……


「あ」


 ガラスには蜘蛛の巣状にひびが入った。今にも水が少しずつポタポタ垂れてきそうだ。


「引き返しましょう!!今すぐに!!」


 誰もが呆然としていた刹那、エストさんが叫んだ。その言葉を理解するよりも早く体が勝手に従い、全速力で駆ける。


 ドゴーーーン!!


 その轟音に振り向くと、ガラスを粉々に砕き、溢れ出した水がごうごうと流れ込み、僕達を呑み込もうと追いかけてきていた。


「急げ!!潰される!!」


 頭上に広がる大海。その大質量が細いトンネルに流れ込んだんだ。それは凄まじい勢いで、決して止まる事は無いだろう。


 千切れるんじゃないかってくらいに腕を振り、折れるんじゃないかってくらいに強く地面を蹴りつけた。


 隣を見ると遅れまいと歯を食いしばって走るエルエル。しかし、元々の走力に差がある為に少しずつ遅れていく。


 ぱしっ


 僕はその手を掴んだ。


 エルエルはこうなると分かっていながら待ってとは言わなかった。置いてかれる事も覚悟してそれでも諦めずに走っていた。足手まといにならない為に。


 そんな仲間を置いて行けるわけないじゃないか!


「頑張れ!!」


 エルエルは我武者羅に目を瞑って「ん゛~!!」と返事した。






「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 僕は額から汗を流しながら砂浜に倒れ込んだ。エルエルも翼に砂が入る事なんか気にせずに倒れ込んで、忙しなく呼吸に専念している。


 ジェニ、怪物、エストさんも倒れ込みはしないものの膝に手を置いて息を整えていた。


「まさかあのガラスが破られるとは……」


「えぇ、絶対に割れない強度だったはずです……経年劣化ですかね……?」


 息を落ち着かせながら顎に手を添えて考えるエストさんに「前回もメガロドン襲ってきたけど、そん時は大丈夫やったで」とジェニが答える。


「そうなのか?俺が通った時は平穏そのものだったが……」


 怪物は襲われなかったらしい。


「メガロドンもバカではないでしょう。では何故理由なく何度も硬いガラスに頭を打ち付けてきたのでしょうか?」


 確かに腹が減っているだけならそんなことする必要はない。


「エルエルを狙ってかも……」


 疑問を浮かべる皆に、僕はエルエルが魔物クリーチャーに狙われやすい体質なのかもという持論を語った。


「興味深い話ですがそれは無いのでは?前回アニマ君たちが襲われた事が説明できませんから……では何故怪物さんは襲われなかったのに対してアニマ君たちは二度も襲われたのでしょうねぇ」


 うーんと頭を抱える面々。あーだこーだと言い合っても一向に埒が明かない。その後もこれという答えは見つからなかった。






【余談】

分厚いガラスの強度は凄まじい。それは水族館のガラスをイメージして貰えば分かるだろう。ましてや海中トンネルのガラスともなればそう簡単に砕ける物では無いはずだった。

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