第137話 愛は育むもの。


 会話も弾み、辺りはすっかりと暗くなっていた。たらふく食べた皆は明るい焚火の側でまだまだ談笑を続けている。


 僕は一人使った食器や網などの後片付けをしていた。


 ワイワイと楽しそうな声が聞こえてくる。


 罰ゲームとはいえ、薄暗い場所で一人せかせか片付けするのは少し寂しい。速く終わらせて皆の所に混ぜて貰おう。


 そう思い海まで行くと、まるで世界に一人だけ取り残されてしまったかのような漠然と襲い来る寂寥感に悩まされる。


「仲間外れみたいだ……」


「ヘイ!センチメートルボーイ!」


 海水で食器を洗っていると、後ろからジェニがそう呼びかけてきた。


「一寸法師か。それを言うならセンチメンタルボーイね」


 ジェニは僕のツッコミにニコニコ笑うと、ひょいっと残りの食器を手に取って洗い始めた。


「手伝ってくれるの?罰ゲーム決めたのジェニなのに」


「やっぱなし!アニマおらんとつまらんし!」


 屈託のない笑みを浮かべるジェニ。どこまでも純粋で、いつだって僕の心を照らしてくれる。


「……ありがとう」


 ひょいっ


 その横からエルエルがまだ洗っていない食器を一つとった。


「私も手伝うわ!」


「水くせぇ」


「皆でやればすぐ終わるというものです」


 更に怪物とエストさんもきて、皆手伝ってくれた。


 ジェニが悪戯顔で飛ばした海水がせっかく着替えた皆の服を濡らす。お返しだとエルエルが手のひらに水を掬い、屈んだそこに怪物がジェニに向けて海面を蹴りつけた飛沫が容赦なく飛来する。


 食器に汲んだ水塊をジェニの顔面に思いっきりぶつけてやると、「反則やろ!」と腕を引かれた。同時に目をぎらつかせたエルエルも怪物にタックルしていて、怪物はエストさんの襟を掴んでいた。


 バシャーーーン


 ワイワイガヤガヤギャーギャー騒ぐ皆の頬を、夜の潮風が滑っていく。いつしかここが焚火のある向こうよりも明るい場所になっていた。






 今日は沢山遊んだし、沢山喋った。気持ちのいい疲れに睡眠を促され、皆もう横になっている。


 怪物とジェニとのいつもの稽古もほどほどに、僕も皆と同様に横になりながら星空を眺めていて、その横顔を焚火が静かに照らしていた。


 隣で同じように星を眺めているジェニの横顔をふっと見つめる。


 相変わらず綺麗でかわいい……いや少しだけどジェニも成長しているのか、以前よりもっと魅力的になったとさえ思う……


 今日一日、いやクリーチャーズマンションにまた入ってから、いやもっと前からか……


 一体僕は何度この気持ちを再確認したのだろう?


 毎日一緒にいて振り回されることも多いけど、それでもこの気持ちは募っていくばかり……


「なに?」


 視線に気が付いたジェニは優しく微笑んで見つめてくる。


 いいのか……?このままで……


 このまま鈍感系蛆虫うじむし少年に甘んじていていいのか……?


 僕は逃げてないか?考えることを放棄して、白黒つけることを恐れていたんじゃないのか……?


 今日は星が良く見えてロマンチックだ。そんな打算が無いわけじゃない。しかし、ここで有耶無耶うやむやにしたら、今度こそ本当に意気地なしだ。


 決めただろ……冒険も戦いも恋も、全力だって……!クリーチャーズマンションを攻略したから冒険者と呼ばれる訳じゃないんだ。


 


「ジェニ、デートしない?」






 夜の浜辺を歩く二つの影。満天の星空。その散りばめられた光が海に反射して、まるで星々の中にいるような幻想的な景色が僕達を包み込んでいた。


 ジェニの手を引く僕は、多分凄い手汗をかいているだろう。夜風はきっと乾かしてはくれない。


「アニマ、あんな、ジェニな、こういうの初めてやからな、なんかな、今めっちゃウキウキしとる」


 そう言ったジェニはいつもと違ってしおらしく、照れ臭そうに赤くなっていた。


 そんなジェニの可愛さに僕は足を止めて、じっくりと向き直った。


「な、なに?そんな真剣な顔して……」


 言え……言うんだ……!怖がることじゃない……恥ずかしいことじゃない……!


 僕は一度手を離し、深呼吸をすると、肺一杯に空気を吸い込み、


「ジェニ!!!好きだ!!!」


 大海原の風に負けないくらいに声を張り上げた。


「うぇ!?」


「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ!!!……大好きだーーー!!!」


 一度言葉にしたら湧き上がる気持ちが抑えられなくなった。その心のままに何度も何度も好きだと叫んだ。


「そ、そんにおっきい声で何回も言わんでも聞こえとるよ……」


 ジェニは顔を更に赤くしている。でもアメジストの瞳だけは逸らさなかった。


「友達としてじゃないよ!?いや勿論友達としても大好きだけど!!そうじゃないんだ!!そうじゃなくて、僕は大好きなんだ!!えっとあの、あれだ……その、大好きだなんだ!!」


 伝えたい想いは沢山あるのに、考えれば考えるほど大好きしか出てこない。


「ジェニも大好きーーー!!!」


 その時、ジェニも大きな声で叫んだ。


「え?」


「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大大大大大好きーーー!!!」


 息の続く限り叫ぶジェニ。違う意味で顔も真っ赤になっている。


「うぇ!?そ、それって友達としてじゃなくて……?」


「ちゃうよ!!ジェニは、ずっと前からアニマの事が大好き!!!」


 精一杯で等身大のジェニの言葉が融解して奥深くまで沈んでいく。


「あ、あれ?あはは、聞き間違いとかじゃ、ないよね?」


 何度も聞き間違いをしてきた耳だ。まだ信じられない。


「大好き!!!」


 そんな疑い続ける僕に、ジェニは元気満々に笑顔を浮かべた。


「夢?」


 ぷにぃっと僕の両頬をつねるジェニ。


「いちゃい……」


 夢じゃない……両想いだったんだ……最高だ……最高じゃないか……!


 やった……!やったぁ!!やったぁぁああ!!


 嬉しい!!嬉しすぎる!!でもおかしい!!嬉しすぎてぶっ倒れるんじゃないかと思ってたけど、予想に反して冷静だ!!アハハ!!体バグってる!!


 でも今は逆にいい!!まだ冷静さがあるうちに、交際を申し込むんだ……!!


「ねぇジェニ……あぁ……僕と……えと……僕と………………………………」


 落ち着け……落ち着け……頑張れ……間違えるな……


「結婚して下さい!!!」


 手汗が酷い手を何度もズボンで拭ってから、勢いよく頭を下げ、ババッと手を差し出した。


 あ、ミスった。


「ぁあ、ちっ違うんだ!!今のはえと、あの、えぇと」


 ああぁぁぁあああぁぁぁあぁああああああああああああああああああ!!


 どうしよう!!どうしよう!!肝心なところでまた僕は!!いきなり結婚なんて無理に決まってる!!最悪だぁ!!願望が漏れ出てしまったぁ!!


「………………」


 ぎゃぁぁぁああああああぁああぁぁぁああああああああああ!!!僕のバカぁぁぁぁああああああぁあぁああぁぁあぁあぁぁ!!!


 両膝を着き砂を握り締める……目の前が真っ暗だ……元々夜だけど……あぁ終わった……


「けど、嬉しい……」


 でもジェニは幸せそうに笑顔を浮かべた。


「ふぇ?」


「結婚はあかんけど……その…………付きおうて欲しい……」


 もじもじと恥ずかしそうに指を絡ませながら、けれどもジェニは確かにそう口にした。


「い、いいの……?」


 ふらふらと立ち上がる。


不埒者ふらちものですがよろしくお願いします」


 そしてジェニは改まると、驚き呆ける僕の手を柔らかく包み込んだ。


「あ、え?謙遜えぐっ」


「ジェニの人生で一度は言いたいことランキング二位!やったやったぁ!」


 こんな時でもジェニはマイペースにはしゃぐ。


 理解が追いつかない!!いや追いついてきた!!え!?


「それを言うなら不束者ふつつかものね!それも自分じゃあまり言わない言葉だけど」


 ひとまず冷静にツッコんだけど……え?いいんだよね……?本当に付き合えるんだよね……?


「そうなん?まぁ細かいことはええけど」


「いいんだ……ちなみに一位は何だったの?」


 遅刻している嬉しさが押し寄せて来ないうちに僕は尋ねた。どんな話題でも話してないと、頭がおかしくなりそうだ。


 するとジェニは頬を染めて、僕の耳元まで口を寄せ、こう囁いた。


「あなただけを愛してる」







「初恋の人がどうとかは結局何だったの?」


 あの後、ようやく押し寄せてきた嬉しさに押しつぶされて踊り狂った挙句、上がり過ぎたテンションに鼻血を吹きだして倒れた僕はジェニの膝枕で目を覚まし、ゆっくりと時間をかけて現実を噛み締めた。


「おしえやーん」


「うえぇ……?」


 ぷいっと意地悪に言ったジェニは僕の反応にくすすと笑った。


 浜辺に二人で寝転がり、星々などそっちのけで見つめ合う。


 細かい事なんて気にしなくていいか……だって今こんなにも幸せなんだから……


 心地のいい沈黙の中、互いの視線だけが繋がり合う。


 やがてジェニがその瞳を閉じて、唇を少しだけ突き出した。


 あ、え?これってそういうことだよね?そうだよね?だって僕達両想いなんだし……それに付き合うなら当然だよね?


 でも本当にいいんだろうか?がつがつしてるとか思われないだろうか?もっと段階とかあるんじゃないか?


 そうやって迷っていると、ジェニは瞳を開けてムスッとした。


「あ、あれ?」


 間違えた?


 戸惑っている僕にジェニの唇がゆっくりと近づき。


 ちゅっ


 柔らかい唇の感触。温かく、いい匂いまでふわっと香る。


「アニマの恥ずかしがり屋」


 いたずらに笑うジェニ。真っ赤に茹で上がった僕の顔。アメジストの瞳には全てを見透かされているようだ。でも不思議と嫌じゃない。


「そっそろそろ寝よに」


 ジェニはそう言いながら立ち上がり、背を向けて歩き始めた。


 鈍感でバカな僕でも、それが精一杯の強がりだったと分かった。


「待って」


 僕はジェニの肩に手を置いて振り向かせると、


 ちゅっ


 背中に手を回し抱きしめながら、今度は自分からキスをした。


 やがてゆっくりと唇を離すと、


「ジェニだって人の事言えないよね」


 恥ずかしさに頬を染めながらも、してやったりといたずらに笑った。


「……えへへ」


 ジェニは視線をキョロキョロとさせた挙句、何も言い返せずにただ照れた。


「……えへへ」


 それが余りにも可愛くて、僕も同じようになってしまう。


「……なぁアニマ」


「なに?」


「……その……」


「ん?」


「……もう一回」






【余談】

全ての要因は、愛によって好転する。

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