第136話 楽しいバーベキューには小難しい話を添えて


 バーベキューと言えば、トークだ。次の肉が焼けるのを待ちながら、上がったテンションでトークに花を咲かせるのだ。


「にしてもクリーチャーズマンションってなんか変だよね。どうやったかは知らないけど、普通二階部分に海つくる?絶対非効率でしょ。

 もっとなんかさぁ、一階部分にするとか、第一層と第二層は地下に作るとかあったと思うんだけどなー。なんでこんな造りにしたんだろ?」


 昼間泳いだ海の壮大さを思い出しながら、普段は気にもしない事すら話題にあげてみた。


「これだけ大きな建造物です。建設は念入りに計画されたと見るべきでしょう」


 旧人類がどれほど高度な建造技術を持っていたのかは分からないけど、確かにこれだけの超巨大建造物を浅い考えで造る訳が無い。


「それはどういうことだ?」


 怪物はいまいちピンと来てないようだ。


「つまり、何か意図があってこうした。もしくはこうせざるを得なかった、と捉えるべきかと。エルエルさんは何かご存じないでしょうか?」


 やはりエストさんは凄い人だ。頭の回転が凄く速い。それに論理的で説明が上手い。


「ん~ごめんなさい。クリーチャーズマンションが出来たのは私が産まれるよりずっと前だからよく分からないの」


「そうですか、それは残念だ」


 何か意図があってか……


「窓の一つもないことから推測するに、土すらも外から隔離したかった……?」


 何故そうしたのかを考えるより、何を目的として建造されたのかを考えるべきだと思った。そこが分かれば軸が出来る。


「流石はアニマ君だ。入り口と出口すら転移という手法を取っている事からもその線が濃厚かと。目的としてはアニマ君の言う通り、外界との隔絶でしょうね」


 意見が一致した。うん、隔絶は必要な事だった。


「なるほど……後は、地表に露出していないと不都合だった……?」


 何故地下を造らず、地表に二千メートルも伸ばしたのか……?積み上げるより、掘った方が簡単だ。


「或いはその方が効率的だった。この場合構造上の問題か外壁に秘密があるのではないでしょうか?」


「外壁に……そういえば、クリーチャーズマンションの外壁って近づいてよく見ると滅茶苦茶複雑な模様があるんですよね……それと何か関係が?」


 全体を覆う黒い外壁には幾何学的な規則性のある細かい模様がある。


「確かに俺もあれは長年の疑問でした。何せデザインとしては余りにも非合理的。至近距離でしか模様が分からないのですから。

 それがこれ程の巨大建造物全体を覆っているのですよ?何か大きな理由があると考えた方が余程納得できますねぇ」


 いつしか食べる事よりも考えることに集中してしまっていた僕達。エストさんは顎に手を添えて考え込んでいる。


「……もしかして僕達、かなり真相に迫ってるんじゃ……!?ずばり正体は大きな水槽!とか?」


 僕は人差し指を立てた。


「ははっ、当たらずとも遠からず、もしくは全くの見当違いでしょうか。ただ、閉じ込められた水槽……蟲毒で無ければ良いですが」


 冗談を述べる時のように笑みを含む顔。


「そんないい加減な……」


「いい加減で結構。あくまで推測。簡単に答えが分かってしまえば面白くないじゃないですか!」


 両手を広げるエストさんの言葉には自然と熱がこもっていた。普段は底が分からないミステリアスなエストさんだけど、今の言葉は本心だと分かった。


「間違いないですね」


 余裕があるからそう言える。確かな自信に見合うだけの実力があるってことだ。戦場で笑えるのは本物の強者のみか。凄いなエストさんは。


 僕もつられるように何だか嬉しいような気持ちになっていた。


「俺はまた置いてけぼりか……」


 そんな僕達の会話に入れず、寂しそうにこぼす怪物。


「ジェニも一緒~」


 その怪物の横で遠慮なく肉を頬張り続けるジェニが能天気な声で笑いかけた。


「お前は気楽でいいな」


 ジェニの頭を撫でる怪物も自然と笑顔になっていた。


「おい、どうしてしまう!?」


 すると、まだまだ焼き足りないというのにミミーアキャットの肉を袋に詰めだしたジェニに気づいて、


「明日の楽しみ!」


「だが鮮度も重要……」


 最上級の肉をお預けされた怪物が抗議の声を上げるも、心底楽しみそうな可愛らしい笑顔を前には折れるしかなかったようだ。






「外界との隔離は、この毒まみれの世界を思えば当然です。しかし、この世界においてそれを成し遂げてしまう旧人類の技術力には素直に脱帽ですね」


「旧人類の文明、その最盛期には世界の全てを意のままにできたとお父様に聞いたことがあるわ」


「世界の全てねぇ……でも滅びまではどうにも出来なかった」


 エルエルの言葉に僕がポツリと呟くと、


「ははっ中々皮肉めいたことを言いますねぇ」


 エストさんが楽しそうに笑った。


「ほらっランジグだって人口の増加と比例してどんどん森林伐採が加速してるでしょ?木を燃やせば鉄が打てる。けど木がなきゃ空気も腐るし、森の生き物はどんどんいなくなる。

 でも今の生活には至る所で木が必要不可欠だから、伐採を止める事なんて出来ない。だって便利なんだもん。今更石器時代に戻れってのは誰も納得しないだろうし。

 人類の繁栄って、常に滅びと隣り合わせなのかもしれないよね。


「えぇぇぇ!まじでぇぇぇえええ!?」


 ジェニの変な声が至近距離から放たれた。


「な、何さジェニ」


「アニマ、そういうタイプのうまい話も出来んのぉぉぉぉ!?そういうのはジェニの担当やん!えぇぇぇ!ずぅるぅいぃぃぃぃぃぃ!ジェニもやぁりぃたぁいぃぃぃぃぃぃ!」


 ジェニは僕の服を掴んで「お~し~え~てぇ~」とゆさゆさ揺さぶる。


「お子ちゃまのジェニには無理かもねー。悔しいなら精々腕を磨いて出直すといいさ!」


 珍しく今回は僕の方がドヤ顔で勝ち誇っていた。


「アニマ君は優しいですね」


「こんな煽ってくんのに!?」


 僕の胸にぐりぐりと頭突きのような体当たりのようなよく分からない攻撃をしていたジェニは、不満気な顔でエストさんに抗議した。


「優しさは二種類あります。気持ちのいい優しさと、本質的な優しさです。例えば、ジェニさんの荷物を俺が代わりに持ったとします。これは自他ともに気持ちのいい優しさです」


 返事代わりに一度微笑んでから、分かりやすいジェスチャーを交えて説明するエストさん。こうしてみると本当に役者のようだ。


「ま、確かにそやな」


「しかし、これを繰り返せばジェニさんは楽を覚え、重い荷物を持つことを嫌うようになるでしょう。堕落の始まり、醜いさがです」


 「そういう人間は腐る程見てきました。実際腐っていた……」と続ける。


「ここでは何でも自分で出来なければ生きていけません。真にジェニさんを想うなら苦難を与えつつも、それを糧に成長できるように仕向けた方が良いのではないでしょうか?」


「それはそうやけど、」


 そういいかけたジェニの言葉を先読みするようにエストさんは続けた。


「えぇ、中々感謝はされませんがね。


 ジェニは返す言葉もないようだ。


「ジェニさんは負けず嫌いです。アニマ君はそこも踏まえてあえて煽っているのではないでしょうか?」


 ゆっくりとジェニが僕の方を見る。


「そ、そうなんアニマ……?」


 ……


「さ、さぁねぇ僕がそこまで考えてると思う?」


 若干きょどった僕の反応を見てか、


「なんや……やっぱアニマ、優しいんやね」


 ジェニは純粋に微笑んだ。


「……ちゃっちゃがわい……」


 顔が凄く熱くなってるのが分かる。


 そんなに素直に褒めないでよ……僕はエストさんが言う程大層な人間じゃないんだから……


「祭りか!」


 そうツッコんで楽しそうに笑う、ジェニの方が眩しいんだよ……






【余談】

遠距離攻撃武器は不人気で、矢自体も重くかさばり、またどれだけ戦闘になるか分からない性質上、矢が切れたら戦えなくなる弓やボウガンやクロスボウは信頼性に欠ける。

血の気が多い冒険者達が信じるのは、鍛え抜いた肉体と、良く馴染んだ剣や槍なのである。

中には中遠距離攻撃の重要性を理解し、ジェニのように投げナイフなどを携帯する者もいる。勿論器用でなくては使いこなせないが。

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