第135話 限定のヴィーガン


**********






「アニマぁ……はぁ……はぁ……アニマ……!」


 整わない息でアニマの名を口にするクローナを、冒険者の一人、精悍な顔つきをした青年が抑え込んだ。


「静かに!クローナさんここは危険です。奴らに見つかる前にこんな平原とっとと抜けちまいましょう」


 他の冒険者達もこの青年に同意見だ。


「アニマがここにいるかもしれないの……どこかで助けを待ってるかもしれないのよ……!」


「無茶だ!我々の戦力ではキメラモンキーの群れを相手にすることは出来ない。アニマ君がこの層にいたとしたら、もうとっくに……」


「……それなら私一人でも行きます」


「あんた一人に何が出来る!!」


「私は愚かな母親です……もう二度と……諦めるわけにはいかないんです……!」


 その瞳には芯があった。


「ダメだ。すまないが分かってくれ……!」


「まぁ待て、そんな言い方じゃあ納得いかないってなもんだろう」


 全体的に丸いが駄肉ではなく鍛えられた体をした、沢山の髭を携え葉巻を咥えた猛々しい男が言った。


「スモーカーさん……でも」


「青二才にゃ、親の気持ちは分からねぇだろうよ。クローナさん。このバカが言った通りこの階層にお子さんがいる可能性は極めて低い。優秀なお子さんともなれば尚更こんな場所に留まるとは考えられない。まずは第五層まで突っ切る。そして第六層も探して、どこにもいなかったらまた引き返して来ればいい。

 ピクニックじゃあないんだ。クレバーに行きましょうや。焦ったって損するだけですぜ」


 クローナは抗議するように顔を上げ、何かを訴えようとして、けれども言葉には出来ず、また俯いた。


「…………分かりました……」


 そのやりきれない顔に不安を宿して。






**********






 第二層に着いたばかりの頃……


「第二層は危険な魔物クリーチャーもいないし、通過するだけだ。先を急ごう」


 頭が冴えない。ずっと靄がかかっているみたいだ。でも僕は目を背けてはいけないんだ。考えることを止めてはいけないんだ。


 僕にはその責任がある。どんな形であろうと、命を奪ったことに変わりはないのだから。


 そしてまた不思議な夢を見た。この夢がどういう原理かは分からない。僕の不安が反映された結果のリアルな夢なのか、はたまた血の繋がる者同士通じ合っているのか、傍観の神の気まぐれの情けか……


 第二層は綺麗な景色が続いている。けれど、お母さんがここにいないことは明白だ。とっとと通り過ぎるに限る。


 時間を無駄にはしたくない。


「え?アニマ泳がんでもええん?釣りは?せっかく来たんやで?」


「ピクニックじゃないんだ。そんなことしなくてもいい」


「王子魚は?」


「食糧ならまだまだあるでしょ?わざわざここで獲っていかなくても支障はないよ」


「「えええぇぇぇ~~~!!」」


 きっぱりと断った僕に、二人からは抗議の声が上がった。


「アニマ。俺は反対だ」


 先を急ぐ僕を怪物が引き留めた。


「傷は癒えたが消耗した体力が戻ったわけではないだろう?少し休んでいくべきだ」


「せやせや!泳ごっ!楽しいで!」


「一理あるね……けれどそれなら尚更泳いだりする必要はないんじゃない?より疲れるだけだと思うんだけど」


 体力的に消耗していると言うなら、何故更に疲れることをしようと言うのか?仮眠をとるなどして効率的に体を休めるべきだ。


「だってアニマ、笑えてないやん」


 当然の事のように言い放ったジェニに、僕ははっとさせられた。


「そうよ王子、心の悲鳴が聞こえないの?」


 エルエルの言う事も確かだ。。体だけ休めても意味がない。心の健康を取り戻す為には時に全力で遊ぶことも必要なのだ。


「皆……ありがとう……」


 自然と感謝の念が湧いてきた。締め付けられていた心がすっと温かさに溶けていくような感覚。


「遊ぼっか!」


 明るい声でそう言う口角も上がっていた。






 夕日に照らされ赤く燃ゆる浜辺に、ワイワイと元気な声達が影を伸ばしていた。


 ぐぅ~


 ジェニのお腹からはもうひっきりなしに音が鳴り続けている。


「さいっこうにうまそぅ……!」


 こんがりと焼き上がったカラスモグラやミミーアキャットの肉を見つめるジェニは更にだばだばと涎を垂らす。傍にはさっきとれた魚たちも順番待ちに並んでいる。


 焚火を程よい大きさの石で囲み、邪魔にしかならないだろうにこの為だけにジェニが持ち込んだ金網、その上にミミーアキャットやカラスモグラの肉が所狭しと並べられ、ジュウゥゥと食欲を掻き立てる音を出している。


「いっただっきまっす!!」


 待ちきれなくなったジェニのフライングに僕達も「いただきます」と続き、バーベキューが始まった。


「うんみゃぁぁぁあああああいいいぃぃぃ!!」


 幸せ爆発の声を出すジェニに場の空気が更に和む。


「ミミーアキャットは食ったことがないな」


 と、塩コショウで味付けした肉を口に放り込む怪物に、ジェニが「辛味噌しか勝たん!」と熱々の肉をはふはふと咀嚼しながら布教している。


「よく食べるね……僕、その肉は怖くて食べれないよ……何だか呪われそうで……」


「おや、そんなオカルトを本気で?」


 上品に肉を食べながら、エストさんが聞いてきた。


「いやまさか。でも何となく嫌な感じというか、怨念というか、そんな感じのあったら嫌じゃないですか」


「そんなもの病は気から症候群ですよ。下らない思い込みです。科学的じゃない」


「そう言われれば、そうなんだけどさ……」


 ぱくっ


 エストさんの口車に乗せられ、口中にミミーアキャットの旨味が広がっていく。


 美味しい。マジで美味しい。


 確かに食べてしまえば脳が旨味信号を受け取って、後は血肉になるだけ。呪いも怨念も食物連鎖には関係ない。


「私も食べられないわ」


 そんな僕の隣で俯くエルエルがそう言った。そして食べないと言ったのに美味しそうに食べる僕を見て、ガーンと裏切られたような表情になった。


「ふぉお?おいひいよ?」


「いえ、食べる気にはなれないわ、絶対にね」


 熱々の肉を頬張りながら話す僕。あれ?でもジェニの家では美味しそうに肉料理を食べてたはずなんだけど。


 ごくん。


「ふーん。おいしいのにもったいない」


 クリーチャーズマンション限定のヴィーガンなのかな?


 エルエルは本当に肉を食べないようだ。


……」


 そんな事これまでの食事では言ってなかったと思うけど、エルエル流のいただきますだろうか?両手を合わせて熱心に祈っていた。






【余談】

ヴィーガンは正しくは肉を食べない人ではなく、完全菜食主義者。つまりは牛肉をはじめ、豚肉、鶏肉の肉類、魚介類、ひいては卵、牛乳などの動物性の食品を避けた食生活をしている。

その中にははちみつやゼラチンなども含まれている。

動物を殺すのはかわいそう的な考え方です。革製品なども忌避します。

近年では境目が曖昧になってきて、一口にヴィーガンと言っても色んな考え方の人がいます。

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