第128話 怨嗟の復讐者①
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……
皆の息があがってきているのが分かる。くそっ!
「右だ!印が見えた!」
全速力で走りながら、前方の印を見逃さないように注意を凝らす。かといって後方から聞こえる羽音に今にも振り向きたくなるが、気を取られて袋小路へ逃げ込んでしまったら終わりだ。
凄まじい速度で切り替わっていく土の地面と岩の地面。岩肌の上の僅かな砂に足を滑らせ、うわっと声を発しながら転ぶも、奇跡的にゴロン、スクッと一回転してそのまま起き上がることに成功する。
普段なら、ジェニのようなことが出来た!と嬉しさに顔を綻ばせるだろうけど、今はそんな偶然を喜んでいる暇もない。
「あかん!!ここで戦うしか!!」
肩で息をするジェニは剣を抜いて振り返る。
「ダメだ!!ここは暗いし広い!!せめて地形の有利は確保しないと!!」
バサバサッと迫り来る奴らに、ジェニも「ちっ」と舌打ちして再び走り出す。
「お……王子ぃ……はぁ……はぁ……わた、し……はぁ、もう……」
冒険者として鍛えている僕らはまだいい。だがエルエルはもう限界だ。
「頑張って!!あと少しだから!!」
僕の言葉に、エルエルは歯を食いしばって我武者羅に駆ける。くっ、エルエルにはこう言うしかなかったけど追い詰められたこの状況で見通しなんてあるわけない!
畜生!どうしてこんなことに!
僕の肩に頭を預けて寝息をたてるジェニ。そんなジェニをドキドキと見つめていた僕もやがてつられるようにその頭に自分の頭を乗せて寝てしまっていた。
「……全く」
夜番が寝てしまっては意味がない。交代の時間に起きて来た怪物はそうぼやくと、僕達をそっと寝床に運んでくれたらしい。大きな腕に揺られる感覚を僅かな意識の中でぼんやりと覚えていた。
携行食の朝ご飯を片手で食べながら、地底湖へ続く道を進んでいる。以前発見した場所を覚えていたので気分は明るく、鼻歌交じりにジェニとエルエルと並びながらスキップしていた。
地底湖に着くと各々水筒に水を汲みなおし、体や装備を洗ったり歯を磨いたりと心身ともにリフレッシュした。
勿論水浴びの際は男女に別れて、女子が入っている時は僕達が周辺警備をしていた。逆もまたしかり。
そして僕達の水浴びの番。エストさんが近づいてきた。着痩せするタイプなのか、細いと思っていた体は以外にもバキバキで、一切無駄を感じさせない完成された肉体からは彼のストイックさが伺えた。
「いやぁしかしエルエルさんに続いてジェニさんもとは、アニマ君も男の子ですねぇ」
そう言いながら肩を組んで「このこの~」としてくる。随分と馴れ馴れしいけど、僕達は背中を預け合う仲間であるわけで、この前の事もエストさんなりの距離の詰め方だったのかもしれない。
だとしたら変に意識して避けてしまうのは良くない。僕ももっと歩み寄らなくては。
「それってどういうことですか?」
しかしどういう意味だろう?何をからかわれているのかいまいちわからない。
「おや?昨日の夜に聞いたんですよ」
昨日の夜?と首を傾げる。そんな僕の反応を一々楽しむかのようにねっちょりと見ながらエストさんは続きを語る。
「一昨日エルエルさんにエッチなことをしていたのに昨日はジェニさんと仲睦まじく一緒に寝ていたと……」
「あわわわわわ」
指摘されると一気に顔が熱くなってきた。その反応に満足気なエストさんは僕を先回りするように言葉を付け足す。
「怪物さんが」
バッと首ごと怪物の方を向く。
「怪物ぅ!?」
そのままバシャバシャと詰め寄る。
「何エストさんに吹き込んでくれちゃってんのさ!!」
「そうむきになるな」
倍以上の背丈を見上げながら僕は抗議する。
「ってことはジェニに教えたのも怪物だね!!」
「ああ。俺も驚いたのだ。まさかお前たちの関係がそこまで進んでいたとは」
「ん~~~~~もう!!怪物のせいで昨日ジェニには……あぁぁあああ~~~!!」
ポカポカと叩いても怪物にはちっとも効いていないのがもどかしい。
「薄闇の中お前とエルエルの声が聞こえてきてな。邪魔しちゃなんだとそのまま寝たが、まさかな……」
「っっっ!そもそも!!僕は!羽を!触った!だけで!えっちな!ことなんて!してないん!だよ!!」
どれだけポカポカやっても怪物は怒らないどころか。
「いいんだアニマ。俺は分かってる」
「その大人な態度やめてよーーー!!僕が言い訳しまくってるみたいじゃん!!」
むきーっと地団太を踏む。その度にバシャバシャと水が躍る。
怪物はそんな僕に優しく微笑みかけた。
「微笑まないでよーーー!!あ゛あ゛あぁぁあああ!!僕はやってないのにーーー!!」
これが冤罪か!!畜生!!世の中から無くならないわけだ!!
…………
……
ぐずぐずと地底湖を塩水に変えていると、憐れんだ怪物がようやく聞く耳を持ってくれたことで誤解は解けた。僕の心と名誉は深く傷つけられることになったけど。
「しかしアニマにも原因はあるぞ?普段から二人の胸に鼻の下を伸ばしているじゃないか」
膝を抱えてぐちぐち小声で文句を言っていたら、怪物が頭をかきながらそう言った。
「……ふぇ?」
困ったことに自業自得だったらしい……
そんな僕と怪物のやり取りをエストさんは腹がよじれるほど笑っていた。
気を取り直しての行進。しかしおかしい。既に何日も歩いているというのに未だに
その静けさが何か悪いことが起こる前触れのように思えて止まない。
~……
「いや、
「しっ!静かに!」
談笑するジェニとエルエルとエストさんの話を遮る。今何か聞こえたような……
ァ~……
やっぱり!
「誰かいるの?」
エルエルの声に、エストさんが「
「鳥だ!それも複数!カラスモグラの可能性が高い!」
声を殺しながらも、素早く考察を交わし合う。
「やる!?そろそろ食糧狩っとかんと、携行食はもう懲り懲りや」
「数は?」
「分からない……けど、羽音が複雑に反響してる……指じゃ数えきれないくらいは居ると思う……」
「五?」
「二十」
「却下だな」
「却下ですね」
「却下だね」
「……せやな」
ジェニもカラスモグラは群れると危険だと自分で言っていたくらいなのでその危険性は熟知している。しかしどこか不服そうだ。
「接敵する前にこのまま距離を取ろう。こう暗くちゃ向こうもまだこちらには、」
カァ~カァ~……!
「ねぇ王子……これ……近づいてきてるわよ?」
「確かカラスモグラはカラスとモグラの両方の性質の良いとこどりをした
皆の視線が自分たちの持っているライトと松明に注がれた。
「逃げよう!!」
「「カァ~!!」」
そう叫んだ時にはもうバサバサと羽音を立てながらカラスモグラの大群が押し寄せて来ていた。
ザクッボタッ
ジェニとエストさんと怪物が追いついてきた奴から器用に倒しながら走っている。しかし、一体何匹いるんだ!?倒しても倒しても切りがない!
しかも敵は素早い上に死角に回り込まれて急所を突かれでもしたらひとたまりもないのでここで戦う訳にはいかない!
多勢に無勢で
そんな都合のいい地形を願いながら印のついた道を駆け抜けていく。
だが、大きめの空洞に出た時、足が止まった。
「そんな……」
「はぁ……はぁ……うそっ……」
なんと、そこから続く全ての道にベンティスパイダーの巣が張ってあった。
対処を考える暇も与えず、後ろからはカラスモグラの大群が迫りくる。それを怪物達が交戦して何とか食い止めてくれているけど、どんどん生傷が増えていく。
足を止めている時間は無い!
「僕が燃やす!!多少の火傷は仕方ない!!付いてきて!!」
そう叫びながら落とし穴を飛び越えて走って巣に近づいていくと、ギチチ……と口を鳴らしながらベンティスパイダーたちが出てきた。
「くそっ!!」
一匹ならまだしも続々と現れる。巣の規模と魂の残滓から考えてまだまだ増えるだろう。逃げながらの突破は無理だ!
後ろからはバサバサといよいよこの空間にカラスモグラたちが解き放たれていく。
挟まれた!ここで戦うしかないのか!?
この大群相手に!?エルエルを庇いながら!?
「アニマ!!何でもええから逃げるか戦うか決めて!!早く!!」
皆が僕に判断を委ねている。犠牲を覚悟で戦うか?犠牲を覚悟で逃げに徹するか?
僕は……
「落とし穴に飛び込む!!確認次第合図を送る!!何とか耐えて!!」
そう叫ぶと同時に飛び込んだ。一か八かの手段だ。下に何があるかで運命が決まる。自ら袋小路に飛び込むような愚策だが、挟み撃ちの危険と比べれば上からくると分かっている分まだ戦えるはずだ!
だからどうか、頼む!剣を振り回せるだけの広さはあってくれ!
ぼふっ……
想定していたものとは違った柔らかい足元。なんだこれ……?毛皮……?周囲には大量の毛皮らしきものが散らばっているがぱっと見では大丈夫そうだ。
「大丈夫そう!!来て!!」
続いて皆も落ちてくる。誰も骨折や
……しかしなんだここは?空気が重い……心臓にかかる重力が何倍にも増しているような感覚だ……肌が泡立つような悪寒も感じる……匂いも変だ……獣臭さと乾いた血の匂いが蔓延して淀んでいる……
暗闇を照らす松明とライト。この空間はそれなりに広く、戦うには適している。足場も平らで悪くない。それに天井の穴以外に道は無さそうで、予期せぬ方向から新たな敵が来る可能性を考えなくてもいい。
それは同時に逃げ場がないという事だが、今は腹をくくるしかない。
しかし、光は無情にも全てを照らし出した。
茶色の体毛、鋭い爪、尖った牙、長い耳は地面を引きずる程で、可愛らしい見た目に反して恐ろしい威嚇の表情をしている。
そして先頭に立っていたのは片目に剣で斬りつけたような傷がある隻眼のボス。他の個体とは明らかに一線を画すバキボキに引き締まった体をしている。
「「みみぃ……!!」」
そこには臨戦態勢のミミーキャットの群れが控えていた。
【余談】
索敵能力。
サバイバルにおいてこの能力は時に戦闘能力よりも重要視される。
敵が致死の毒を持っていたり、剛腕であったり、はたまた大群であった時、戦いが始まった頃にはもう手遅れなのだから。
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