第127話 夜番②


 次の日の探索も順調に進み、休む時間がやって来た。


 昨日のこともあり、落とし穴からひょこひょこ顔を出して「モグラたたき」とおどけるジェニと戯れている時も、エストさんの事が気になっていた。


 エストさん自身は特に気にした様子もなく普通に話しかけてきたので、更に困惑を極めたのは言うまでもない。目が合うとウインクするのはどういう事なんだ?


 そんなモヤモヤと猜疑心さいぎしんを抱えての夜番。怪物と交代し、眠気と戦いながら悶々と時間だけが過ぎていった。


 さて、次はエルエルの番だ。


「起きて」


 揺さぶると、「ん……王子……?」と半開きの目を擦りながら起き上がった。寝ぼけているようでふらふらと立ち上がる。


 危なっかしいので篝火の前まで肩を貸すと、水筒の水で喉を潤したエルエルから少し付き合ってと誘われた。


 昨日に続きエルエルもか……誘われはしたものの、エルエルは中々要件を言わない。まだ眠気があるのだろう。ゆらゆらと揺れる火を、壁に背を預けながらおっとりと眺めている。


 肩と肩がくっつきそうな距離で照らし出される、文字通り天使の横顔。絶大な存在感を誇る極上の谷間。優しい時間が流れる中で、僕の動悸だけは落ち着きを知らなかった。


「私、王子にだったら……何されてもいいわよ……」


 やっと口を開いたと思ったら、エルエルは僅かに揺れた上目づかいで僕の眼を覗き込みながらそう言った。


 え?え?え?


 どゆこと!?え?てか僕がエロい目で見てたのバレてた!?


 僕は試されているのか!?……いや……でもエルエルの真意がまるで分らない!僕は恋愛経験皆無なんだ!何が正解なんだ誰か教えてくれ!


 …………


「触っても……いいの……?」


 どうしようもなく混乱した僕は、直感を信じてみることにした。煩悩の間違いだろという指摘は受け付け有効期限切れだ。土日祝を除く営業時間内にまた出直してください。


「……いいわよ」


 交差する二対の瞳。片方はじっと揺れ、もう片方も揺れている。煩悩だろうか?そもそも煩悩ってなんだよ?僕の語彙にそんな小難しいものは存在しない!


 だって僕まだ十二歳だもん!クソガキだもーん!オトナナハナシワカンナイモーン!


 …………


「本当に……?」


 だが確かめないわけにはいかない。だってそれは――、それの意味するは……


 と、心の中で言い訳を繰り返しながらも真意を探るように用心深く尋ねた。


「……えぇ……本当に」


 エルエルがそっと肩を摺り寄せてきた。そこまで言われれば僕も男だ。煽情的なエルエルに思う所が無いわけじゃない。


「じゃ……じゃぁ……触るよ……?」


 くどい程の確認は、チキン野郎なのでしょうがない。でも自称鳥好きのチキン野郎としては、ずっと触ってみたかったんだ!ムスーっと鼻息を荒くしながら最終確認をした。


「……うん」


 有り得ないくらい顔を赤く染めて、恥ずかしそうに下を向いて頷くエルエル。黄金の髪に隠れて表情が良く見えない。


 僕は意を決して、恐る恐る指先でつんっと触れた。


「あっ」


 エルエルの口から可愛らしい声が漏れる。


 ススー。


「ひゃっ……変な触り方……くすぐったいわ……」


 表情が分からなくても、金糸に浮き出る耳の赤が僕の琴線を刺激する。


「あっ、ごめん……じゃあ……もうやめる……?」


 でも余りにも恥ずかしそうなのでそう聞くと、


「……ううん……やめないで……」


 と帰って来た。うっひょー!もう止まらないぞ!いきつくとこまでいってやる!


 さわさわ。


「……ん」


 なでなで。


「そこはっ……」


 もみもみ。


「……もう……そんなとこばっか……」


 篝火の前には、息を僅かに荒くした二人。上気した頬を隠そうともしない。


「えへへ……」


「ふふっ……」


 そんな互いの姿に、照れ笑いで見つめ合った。


 こうして僕とエルエルは、少しだけ仲良くなった。






「なぁアニマ……エルエルにエッチなことしたってマジ?」


 次の日の夜番。交代の時間、ジェニに優しく起こされた僕はその一言で一気に目が覚めることとなった。


 僕と同様に壁にもたれかかって座っているジェニは、これでもかと言う程ジト目で僕を覗き込んでくる。


「ちちち違うよ!!ぼきゅ、ぼ僕がそんなこつぉするわけっ!!ないじゃん!!」


 確かにエルエルの反応はどこか艶めかしいものだったけど!……けど!!……と昨夜の事を思い出す。


 いやぁー、昨夜は最高だった!まさか僕もとうとう大人の階段を登ることになるなんて思いもしなかった!いや大人の階段ではなく天に続く階段かな!


 なんせ使だからね!そこらの小鳥ちゃんとは文字通り格が違う!それはそれは柔らかくて温かい極上の逸品だったよ!


 今も僕の手にはふさふさとした触り心地が鮮明に残ってる!本当に良かった!


 !!


 密かにバードウォッチングを趣味としている僕としては、エルエルの純白かつ清純な羽は初めて会った時から触りたいと願ってやまない程に魅力的なものだったのだ。


 念願叶ったり。その感触は前述の通り最高と形容するにふさわしいものだった。


「ホンマに~?」


「ホンマホンマ!!羽触っただけやさかい!んなけったいなこと言われたらワイも敵わんわ~!堪忍してや~!」


 ぐちゃぐちゃのジェスチャー。


「なんやその喋り方!……なんか怪しいなぁ……やらしい触り方したんちゃうの?」


「ちゃっちゃがわい!!」


「なんの掛け声やねん、祭りか」


 その後も僕を訝しんだジト目のジェニの追及は暫く続く事となった。


「……アニマのえっち」


 ぷくーと頬を膨らませてそう零したジェニ。別にえっちな事なんてしてないわけだけど、言い訳を続けるうちに、普段からえっちな目でエルエルを見ていた事が露呈してしまった。


 それにしても昨日の事をジェニに誤解させた奴は誰なんだ?そのせいで僕がこんな目にあっているわけなんだけど……


 ねちっこく恨みの行き場を探していると、


 とすんっ


 やがてうつらうつらとおねむのジェニが僕の肩にもたれかかって来た。もちもちのほっぺが肩にもにゅっと潰され、白銀の髪からは金木犀のようないい香りがふわっと香る。


 スキンシップの激しいジェニとの接触は多いとは言えども、僕の心臓ははりきって血液を送り出し、ドキドキと動悸を高鳴らすのに余念がない。


 余り五月蠅うるさくするとジェニが起きてしまうので静かにしてほしいものだ。


「……アニマぁ……あかん……にぃ……アニ……マ、……ジェニ……の…………お……じ……さま……むにゃむにゃ……」


「おじさま?…………寝言か……」


 さて困ったことに動けなくなってしまった。今魔物クリーチャーが来たら大変だー。でも気持ちよさそうに寝息をたてるジェニを起こすことなんて僕にできるわけがないー……断じて役得だからではない。


 しかし何でジェニがここまで突っかかってきたのだろうか?仮に僕が本当にエルエルとえっちなことをしていてもまだ恋人でもないジェニには何の関係もないのに。


 一体何でなんだろう?何で……?


 ……何で?


「……す……き……」


「え?」


 寝言だ。続きを聞きたいという気持ちと起こしては可哀そうという気持ちから僕は咄嗟に自分の口を手で覆った。


 しかしそれ以上ジェニの口から音が出ることは無かった。


 景色でも人でも動物でも、ジェニは色んなものに対して割とすぐに好きと言う女の子だから、僕のことが?と考えるのは無駄に過ぎないだろう。


 第一、とは限らないのだ。食い意地の張っているジェニの事だから焼きとかかもしれないし、テーかもしれない。


 ただ、好きと言われると意識してしまうという恋愛テクニックの話を聞いたことがある。


「うへへ……」


 だから緩んだ頬もこの感情も仕方のないものなのだ。


 突飛な行動にいつも振り回されて、とても理解しきれない事ばかりだけど、これだけは言える。


 






【余談】

第一層には光を発する鉱石が点在する。それは幻想的な空間を作り出すとともに、完全な闇から守ってくれる。

ただ、どこにでもあるわけではないし、光量も少ない淡い光なので、夜番には闇から身を守る為に篝火を焚くのだ。

見えなければ魔物クリーチャーや危険な生物の接近に気が付くことも、迎撃の体勢をとることも逃げる事さえも困難を極めるのだから。

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