第126話 夜番①


「ありがとう、エストさん」


「エスト、剣の腕は上がったか?」


「エスト見て見て!寝ぼけてオカンとメイド呼び間違えて説教されとるオトンの真似!」


 エストさんは凄い。初めての攻略だというのにまるで全て想定内だと言わんばかりに冷静で、もう皆から信用されているようだ。


 クールな人かと思いきや、うきゃきゃきゃ!と顔真似をして笑うジェニと同じテンションで談笑していたりもする。


 でもどうにも底が見えない。その漆黒の美しい外見のように。


 どこか僕には、何かを隠して周りにあわせているように見える。


 そんな気持ちを抱えながら徐々に打ち解けていく皆を見ていた。






 今日の休憩場所となる、正規ルートになるべく戻りやすい、行き止まりの小部屋を探している。


 とは言っても僕達は二回目の攻略だ。前回は苦労しながら探し回ったけど、そのお陰で幾つか把握している。


 まぁ幾つか把握しているとは言っても今回はメンバーが違う。という事は勿論進行ペースも違ってくるわけで、前回休んだ場所で「よし休もう!」とはなかなかならない。


 しかし、休める時に休んでおけとは攻略の鉄則だ。まだ序盤だからと言って無理をすれば後々に大きく響いてくる。体調管理はとても大事なのだ。


「今日はここで休もうか!」


 ついている事に今日は休みたいタイミングで安全な小部屋を見つけることが出来た。ので、誰か一人を夜番に残して交代で眠ることにする。


「「ジャンケンポン!!」」


「やったぁ!!」


 そして更についている事に、今回僕は最初の夜番だった。最初と最後は途中で起きる必要が無いのでぐっすり眠れるというわけだ。


 体調に応じて決めることもあるけど、今日は僕、エストさん、エルエル、ジェニ、怪物の順番で、その日最初と最後だった人は次の日の順番決めジャンケンに参加できず、また二回連続で真ん中だった人は次の日優先的に順番を決められるというルールだ。


 夜番は大体一人二時間。合計で十時間だ。自分の分を引けば睡眠時間は八時間そこらと言ったところか。ジェニと二人で交代していた事を思えば随分と楽になった。


「少し俺と話しませんか?」


 そろそろ交代の時間かなとエストさんを起こそうと思っていた所に、自分から起きてきたエストさんが言った。


 壁を背に座る僕が頷くと、エストさんは水を注いだコップを手渡してくれながら隣に腰かけた。


「順調ですね。もっと戦闘になるかとドキドキしていたのですが」


「今日は一度も戦闘になりませんでしたもんね。ラッキーだけど……このままの状態が続くと嫌ですね……前回は食糧に苦労させられたんだ。今回は怪物が多めに持って来てくれているから、前ほど空腹に喘ぐことは無さそうですけど」


 僕は前回の飢えと渇きを思い出しながら語った。


 エストさんも篝火に照らされながら「まるでジレンマだ」と小さく笑った。風は僅かに通っているので、煙や酸欠よりは闇のようが怖い。今の状況も踏まえてのユーモアだろうか?面白い人だ。


「第一層はこんなんばっかですよ。暗いしじめじめしてるし、行ったり来たり登ったり下ったりで本当に長いんです。真っ直ぐ進めたらたった五キロの道のりなのに」


「ははっ方位磁石を信じるな、はクリーチャーズマンションの常識ですからね」


 ゆらゆらと光を受ける顔は、闇とも相まって舞台役者のようだ。その舞台のワンシーンのように自然と会話に引き込まれる。


「エルエルさんはとても不思議な方だ。貴方もそうは思いませんか?数千年の時を生きてなお純粋さを残している。非常に興味深い」


 その視線は篝火より逸れて影の形をゆらゆらと変える向こう側の壁に注がれている。


「そうそう興味深いと言えば、俺は貴方にこそ興味が尽きませんねぇ。皆さんもう慣れてしまっているようですが、何故貴方には尻尾が無いのでしょう?俺はそれが不思議でならない」


 そこからは怒涛の勢いで押し寄せる彼の質問攻めに答えていった。


「貴方には旧人類とは何の繋がりもない。それは確定的に明らかでしょう。ですが魂を見るというその能力はラーテル獣人としては有り得ない。共感覚の一種で片付けられていいものではない。

 不思議な夢を見るというのも何か関係がありそうだ。因果という占い師の見解も面白いですね。

 それに貴方は明らかにラーテル獣人とは体の造りが違う。毛、尻尾、筋力、五感に至るまでまるで別物だ。それは性格や気持ち、貴方の在り様にまで密接に関係しているのでは?」


 人は理解できないものを恐れる。しかしエストさんは探求するのが好きなようだ。恐怖など感じる間もない程に。


「自分が何者か……どういう存在か……それは僕にも分かりません。ですがそれは皆同じですよね?」


「はははっこれは一本取られました」


 エストさんは目を片手で覆って笑いを表現している。暫くそうしていて、静寂が顔を出し始めた頃、彼は口を開いた。


「苦しみながらも考え藻掻もがき、不格好でも希望を胸に土を踏みしめる。貴方はとても美しい人だ」


 次の瞬間、エストさんの唇が僕の口を覆った。空になったコップがころころっと地面に転がる。


「んん……!?!?」


 見開いたこの眼に映るのは、瞳を閉じた美男の綺麗な肌。


「はははっ…………ですよ」


 理解が追いつかずに呆然とする僕に向かってエストさんは更に「お休みさない」と言った。僕はただただゆっくりと彼から離れてジェニ達が眠る場所まで行くと、毛布を頭まで被った。


 え?え?何で!?


 キスされた!?何で!?


 今もなお唇にはさっきの感触が残っている。


 え!?エストさんは男だよね!?どゆこと!?実は男装の麗人だった!?いやでも自分の性を偽っているようには見えなかった。えっマジで何!?


 エストさんは天才だ。恐らくはジェニと張り合えるレベルで天才だ。そして天才は凡人には理解できない突飛な行動をとることが多い。


 それはジェニを見ていれば日に何度も何度も思う事だ。でもジェニにこんな感情を抱いたことは無い。


 分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。


 人は理解できないものを恐れる。


 


 この先の冒険、彼を信じて大丈夫だろうか?






【余談】

がくがくと震えるアニマは、その後もびくびく怯えて暫く寝付けなかったらしい。

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