第4章 クリーチャーズマンション

第1層 食べ物の怨み

第125話 全ての光は闇から生まれる


「成程、確かに……これは、苦しい、ですね……」


 光から解き放たれた後、あの肺が熱くなるような苦しさに襲われた。特に初めて経験するエストさんの言葉が暗い洞窟の中に反響した。


 クリーチャーズマンションの中はランジグと違って空気が綺麗なはずだ。なのになぜ苦しくなるのだろうか?


 その謎はガスマスクを取って、「やっと解放されたわ!」と美味しそうに空気を吸っているエルエルを見たことで解消された。


 ランジグで毒を摂取し続けている僕達は、常に体がそれに抗っている。それもただ抗っているだけじゃないだろう。僕達の体は、恐らくある程度毒を摂取することを前提にしている。


 つまり水を飲まなきゃ喉が乾くのと同じように、毒を取らなきゃ苦しくなるのだ。


 ただ、ラーテル獣人は適応力の高い種族だ。直ぐに新しい環境に適応することが出来る。この苦しさは、好転反応のひとつなのだろう。


 だから慣れてしまえば咳も出なかったんだ。


 パッ


 ジェニが光の精霊のランタンをつける頃には、息苦しさは無くなっていて、皆の姿が暗闇に照らし出された。


「ライトでしょ?それ」


 エルエルが言うにはライトと言うらしい。


「ライト?興味深い名前ですね。それにしてもマジックアイテムは素晴らしい!魔力で何でもできてしまう!」


 エストさんは僕たち同様に松明に火を灯しながらそう言った。マジックアイテムに対して憧れがあるのだろう。まぁ冒険者なら皆そうだけど。


「マジックアイテムなんかじゃないわよ。魔力でもないわ。これは電力で光るのよ。確か小さな発電装置が組み込まれているはず……」


「ほぅ?」


 エストさんは目を薄めてエルエルを覗き込んだ。


「だからね、ここはダンジョンでもなければ、魔法なんてものも無いのよ」


 そこからは色々とエルエルを質問攻めにしては、顎に手を添えて熟考しながら相槌を打っていた。


 一度説明を受けたことがある僕ですら、やはりエルエルの話は衝撃的だ。何しろエルエルの話は僕らの常識である獣人史を根本から覆すような内容だからだ。


 にわかには信じがたい内容だが、伝言ゲームの歴史よりは、生き証人であるエルエルの話を信じた方が賢い選択だと言えるのかもしれない。


 けれどエルエルの話を信じるという事は、僕が悪名高き旧人類と同じであると認めることになってしまうので、どこかで線引きをしてしまっている自分もいた。


「なるほどなるほど…………ふふ……ははははははは!……ありがとうございますエルエルさん!」


 びくっ


 エストさんは何やら急に嬉しそうに笑い出した。思わずびっくりしてしまった。


……


 どこか黒い笑みを浮かべるエストさんは恐らく今この瞬間に点と点が線で繋がったのだろう。そして、独り言のように語られたその内容は余りにも衝撃的だった。


「分かりやすい敵の設定……平和を愛するか弱い獣人達が野蛮な旧人類に侵略されたという構図……それを都合よく救った四英雄の子孫が今の王族……子供の頃からの思想教育……」


「流石アニマ君です!実に聡明だ!……?」


「……だとしたら……反吐が出そうだよ……でも……悲しいかな、筋が通っちゃった……」


 ご満悦のエストさんに対して僕は震える声を抑えられないでいた。


「何の話だ?」


 怪物の疑問の声は、僕の耳を右から左へと通り抜けていくだけだった。


「……星を渡った侵略者は僕達獣人の方で、大義名分の為に嘘の歴史を作った?」


 もし何の罪もない旧人類を襲い、クリーチャーズマンションの中へと追いやったのが僕ら獣人側だとしたら、王族への求心力が落ちるだろう。


「いえ、その線は俺も考えましたがまず有り得ないでしょう」


「っ!どうして!?」


「我々に星を渡れるほどの力があったなら、こんな毒まみれの星なんてとっくに見捨てている。そうは思いませんか?」


「戦争でそれらを失ってしまったのかも!」


「あり得ませんね」


「何故!?」


「アニマ君は優しい方のようだ。ですが、戦争は喧嘩とは違います。侵略戦争を仕掛けた側が、退路を無くすへまをするわけがない!」


「そう……ですね……確かに、有り得ない……」


 考え込む僕は、この時エストさんの顔がニチャァと歪んだことに気が付いていなかった。


「我々は一体どこから来たのでしょうか。貴女あなたはご存知なのでしょう?何故人類と呼ばれるのかも」


 エストさんの視線を受けたエルエルは、だがしかし沈黙を守った。それを見たエストさんは「えぇ、そうですね」と小さく笑ってから、


「無知故の沈黙、と取っておく事にしましょう。後が怖そうだ」


 と、それ以上エルエルに聞くことは無かった。






 と、いけないいけない。今日の夢に出てきたように、きっとお母さんは今もどこかで僕を探してる。


 気になることは一杯あって、僕の小さな脳みそじゃまだまだ一割も分からないけど、今何をすべきかは分かっているつもりだ。


 各々の顔を見ると、僕は号令をかけた。


「良し、行こう!」


「待ってアニマ!」


 一歩踏み出そうとした所にジェニが僕の袖を引っ張った。


「何ジェニ?装備の確認はもういいでしょ?」


「アニマ焦りすぎやで!大事なこと忘れとるやろ?」


「っ!……そうだね、ごめん」


 引き留めたジェニを少し煩わしいと思った数瞬前の自分をビンタしてやりたい。


「作戦を立てよう!」






 皆で円になり、互いの顔を見ながら話を始める。


「僕は第一目標をお母さんの救出だと思ってた。前回ジェニにあんなに偉そうに言ったのに、情けないね……僕が一番焦ってた」


「クローナさんも無策で来た訳やないんや。スモーカーさん達もついとるし」


「うん」


 すかさず補足してくれたジェニ。優しいなぁ。


「じゃ王子の第一目標は何?」


「気になりますねぇ」


 興味を向けるエルエルとエストさん。


「……僕はね、ジェニとクリーチャーズマンションを冒険して、一つ確信したことがあるんだ……」


「もったいぶるなアニマ」


 焦れた怪物を「まぁまぁ」と宥める。


「ここは過酷で、どれだけ準備しても常に予想外が僕らを襲う……気を抜けば直ぐに魔物クリーチャーの餌に大変身さ……自然と空気も張り詰める……けどね」


 そこまで語ると一旦言葉を切った。そして全員の顔を見渡した。スーッと大きく息を吸い込むと、ジェニだけは僕が続けようとしている言葉が分かったようだ。


「「!!」」


 ジェニと声が揃ったことで、「あはははは!!」と二人で顔を見合わせて笑う。皆の口角も自然と上がっていた。


「どんな絶望的な状況でも、笑ってるやつが一番強いんだ!!だから……走馬灯に写るような、最高の冒険にしよう!!」


 心配は心を疲れさせ、不安は周囲に伝染する。チームリーダーがそんなんじゃこのクリーチャーズマンションはきっと攻略できない。


 ならば瞳に希望の光を宿して、胸に確かな勇気を掲げて、心から仲間を信じよう!


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 それぞれがそれぞれのテンションで拳を天に突き上げた。これが伝説の始まりになることを願って。






【余談】

人生に意味を求めようとすれば、思考の底無沼に陥るだろう。

些細な言動にさえ意味を見出そうとすれば、がんじがらめに動けなくなるだろう。

楽しいか?それだけが指針でいい。

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