第114話 情けは人の為ならず②


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 昔から天才だった。


 そんな俺様の天才エピソードは数知れず。


 ガキの頃から俺様は負けたことがなかった。遊びでも喧嘩でも歳上にですら勝っていた。


 流石に五歳上の体のデカい近所のアニキには勝てる気がしなかったが、毎日傷を作ってはまだ見ぬスリルを求めて走り回ってた。


 親父はおふくろが俺様を身ごもった時に他の女を作り蒸発、それでも育ててくれた逞しいおふくろに似たのか、跳ねっかえりのやんちゃ坊主で、文字通りガキ大将だった俺様にはアンって名前の幼馴染がいた。


 こいつはいつも俺様に引っ付いてくるくせに勝気で強情で、よく口喧嘩していた。大体の奴は途中で折れるのに、アンだけは事あるごとに突っかかって来た。


 俺様がどんなに危険な所に行ってもついてくるし、逆に置いていくとキレた。悪戯したら必ずやり返してきた。


 当時の俺様は口では鬱陶しいって言ってたが、唯一の張り合いがある気の置けない奴だった。


 俺様の夢は英雄になることだった。


 いや、もっとでけぇ。冒険者になって、ブジン・シャルマンのような大英雄として歴史に名を残すことだった。


「俺様はいつかクリーチャーズマンションを攻略するぜ!」


「じゃあうちがジャンの右腕になってやるわ!」


「冗談だろ?お前戦えねーじゃねーか」


「うっさい!バカジャン!」


 俺様は超名門聖ダン・ザ・ヨン学院に現役一発で合格した。毎年倍率一万倍を超えるバケモン校だ。


 そこに一発でぬるっと入れちまったもんだから俺様は増長した。分かりやすくいえば「あれ?俺様ガチで天才なんじゃね?」って調子に乗った。


 入学当初の試験。新入生同士の一対一。俺様はクラスで四位だった。優秀と言えるかもしれないが、最強ではなかった。


 悔しかった。クラスの中にすら俺様より強い奴が三人もいて、同学年の中には更に上がいる。地元の連れから優秀だと言われようが、負けなしだった俺様はそれが許せなかった。


 だから必死に頑張った。思えば生まれて初めて努力という努力をしたのがその時かもしれない。教官の足さばきから剣筋から何まで気が狂うほど真似して自分のものにしようともがいた。


 地元の連れと遊ぶことも無くなり、一年が経つ頃には俺様はクラスで一番強くなっていた。「やればできんじゃん俺様!」と分かりやすくイキった。


 そして来る試験の日。当時すでに不動の一位となっていたあいつと初めて対面した。


 負けた。完膚なきまでに。実力の全てを出し切ってなお、底が見えなかった。奴の名はエスト。歴代最高得点で入学した稀代のクソイケメン天才ドクソ野郎だった。


 当然のように湧き上がる歓声。群がる女子共。すました顔で颯爽と立ち去るエスト。地面から空を仰ぎ見る自分。


 その時嫌というほど理解した。


 あぁ、こういう奴がブジン・シャルマンになるんだ――――。俺様は一生かけても本物にはなれないんだ――――と。


 次の日から俺様は勝手に対抗意識を燃やして突き放していたクラスのライバルたちとよく絡むようになった。話してみれば気のいい奴らばっかで、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。


 暫く遊んでなかったアンともひょんなことからまた遊ぶようになった。


「ジャン最近また余裕が戻ったよね……ほどほどでいいのよ、ほどほどで。ほどほどに頑張って、ほどほどに楽しければ、ね。気楽に行こっ!」


「……あぁ」


 俺様は頑張ることを辞めた。そこそこ真面目に授業を受けて、ほどほどに努力してクラス一位を保ち続けたが、それ以上は頑張らなくなった。真の一番を目指さなくなった。


 けどそれも決して楽勝だったわけじゃない。クラスの奴らは皆強かった。少しでも気を抜いたら追い抜かれそうになった。


 まぁでもほどほどにバカやって、ほどほどに頑張って、ほどほどに楽しい日々を過ごした。


 卒業と同時にクラスの奴らはクリーチャーズマンションへと挑んだ。


 三年間一緒に競い合ったダチたちは気合も覚悟も上々で、やる気と夢に満ちた顔をしていた。


 気付けば俺様は転移紋の前で「待ってるぜ」と言っていた。本来なら最前線で「行くぞ!」と言っていたはずだったのに。


 寧ろ、帰って来たあいつらから色々聞いて楽に攻略できるって思ってた。無謀さと勇敢さを履き違えなかったと思っていた。


 俺様は金を貯めておこうと思い、仕事に就きながらあいつらが帰ってくるのを待っていた。


 だが、あいつらは一人も帰ってこなかった。俺様ほどじゃないにしても優秀だったあいつらがだ。


 正直に言おう。


 ひよった。


 凄い奴らだった。上昇志向に溢れていて時には負けたこともあるくらいだ。実力は認めていた。


 なのに全員死んだ。


 帰ってこなかった。


 怖かった。クリーチャーズマンションの脅威は想像以上だった。全員とは言わずとも何人かは帰ってくると思っていた。


 あいつらは準備が足りなかったんだ。万全の体制さえ整っていればきっと――――――と、俺様は準備をすると言ってひたすら仕事に打ち込んだ。


 立ち止まればもう夢を追いかけられなくなると思って、何かをしてなければ落ち着かなかった。


 冒険者志望の俺様の仕事は土木作業だ。トレーニングがてらのきつい力仕事。


 でも職場には、おかしな奴がいた。


 ガキだ。


 見たところ九歳かそこらの綺麗な顔をしたガキだ。雪のように白い肌の女と見間違うほどの美少年だ。


 だが、いつもそいつは暗い顔をしている。聞けばもう二年近くここで働いているらしい。


 皆明らかに異質なその少年にどう接するのが正解か分かっていないようだった。弱音でも吐けばちっとはとっつき易いのに、必死過ぎて気軽に声すら掛けられない。


 ひょろい体型で力もないのに、文句ひとつ言わずに歯を食いしばって働いてる。来る日も来る日も、一日たりとも休まずに。


 あいつは何の為に生きてるんだろう?もっと気楽にやればいいのに。友達も作らずに、可哀そうな奴……


 いつしか俺様はそいつを目で追うようになっていた。余計なおせっかいだという事は分かっていたが、何故か放っては置けないような気がした。


 俺様は親近感が湧くようにあだ名で呼ぶことにした。そしてなるべくフレンドリーに「よぉ、尾無しくん!」と話しかけるようになった。


 尾無しくんは暗い奴だった。喋りかけたら答えてくれるが、いつも「疲れてんのに話しかけんな」みたいな顔をしていた。


 だが疲れた疲れたって思ってる方が余計疲れるだろ?喋ってたらちっとは気もまぎれるってなもんだ。だから俺様は乗り気じゃない尾無しくんにしつこく絡み続けた。


 時には俺様なりのジョークも交えてみたが、尾無しくんはくすりとも笑わなかった。


 多分俺様は相当嫌われてた。でも誰かが見ててやらないと今にも自分自身の手で死んじまいそうで、毎日様子を見に行っていた。


 そんなある日、いつも時間前には居るはずの尾無しくんが慌てて走って来た。


 いつもみたいに朝帰りか?なんてジョークを言ったら、あいつは「そうだよ」と肯定しやがった。思えばあれが俺様の勘違いの始まりだった。


 恥ずかしい思い出の一つだ。あぁ、できる事ならやり直してぇ!


 しかもその日はついてなかった!最近ギャングともつながりがあるって噂の昔馴染みのデカいアニキと偶然会っちまって、糞みてぇなカツアゲに付き合わされた!


 アニキと戦えば勝てるかもしれない。けど、バックの存在とヤバい連れの人たちに怯えて俺様は戦おうとはしなかった。ブジン・シャルマンのスピーチに並ぼうとしてたのに最悪の気分だった。


 その時、空から急に女の子が落ちてきた。






【余談】

聖ダン・ザ・ヨン学院では、優秀なジャンは本来それなりにモテたはずだったが、同じ学年の大天才エストに全ての人気と話題性を奪われて、彼女が出来ることは無かった。

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