第113話 情けは人の為ならず①


「ジェニならきっとついてきてくれる……だからこそ、正直ジェニは誘いたくない………………!」


 これは「ジェニは誘わないのか?」という怪物の問いに対する僕の、心からの答えだった。


 あの笑顔を……あの幸せを……僕だけは奪ってはいけないんだ。失う悲しみを知っている僕だけは。


「……


 何か言いたいことがあるけど、どう言葉にしたらいいか分からないような、確信的な理由を探し切れていないような、そんな含みのある「そうか」だった。


「あっ!」


 その時エルエルが一本の木を指さした。つられて視線を向けると、そこにはいつかの青いミツオシエがとまっていた。


「綺麗な鳥ね!」


 「あんな鳥見たことないわ!」と目を輝かせている。


「あいつ、あの時の!」


 まだジェニとも出会う前、仕事に行く前に怪我をしている所を助けたあのミツオシエだ!


 僕たちの声に反応したのか、バサバサァと天高く飛び立ってった。


 あいつも元気にやっているようだ。良かった良かった。


 …………


「あっ」


 職場に謝りに行かないとな。あれだけ無断欠勤には懲りたって言うのに、一か月もサボってたことになる。


 確かにもう仕事をしないでいいくらいの大金は手に入れたけど、それとこれとは話が別だ。


 四年もお世話になっていた職場に迷惑をかけたんだ。きちんと謝りに行かなければならない。人として。


「おいアニマどうした?」


「王子大丈夫?」


 怪物たちが心配げな声をかける。


「……クリーチャーズマンションに行く前に少し寄っていきたい場所があるんだ」


 「行ってくるよ」と歩を進めたら、当然のように二人もついてきた。






「ごめんなさい!!」


 棟梁と皆に深々と頭を下げた。頭や首にタオルを巻いた汗臭いガテン系の男たちだ。


「本当に大変だったんだぞ?」


 棟梁は丸太に座りながらこんがり焼けた太い腕で大変だったとジェスチャーをとる。


「すみません!!」


「なんせお前はうちの若きエースなんだ。ジャンが抜けるのとはわけが違う」


「……それって……?」


「棟梁!本人がいないとこで言ったらただの陰口ですぜ?」


 棟梁の近くにいた男の言葉に「おっと、気を付けねぇとな」と笑って答える。周りの男たちも豪快に笑う。


 僕にはその雰囲気が不思議と心地よいものに感じた。きっと誰も悪意を持っていないからだろう。


「おいお前、ジャン呼んで来い!まだ近くにいるだろ?」


 棟梁はジャンの取り巻きの男を走らせた。


「まさかお前が本当にクリーチャーズマンションを攻略しちまうとはな。ジャンから聞いてたんだ。お前が冒険者になりたいらしいってな」


 「いくら儲けたんだぁ?」と下衆い話を交えながら、棟梁や皆と話した。


 皆から飛んできたのは怒りの言葉ではなく、「おめでとう」「良かったな」「凄いな」といった温かい言葉だった。


 そしてどうしようもなく悟った。暗い記憶しかない四年間は、無駄だと思っていた四年間の頑張りは決して無駄なんかじゃなかった。


 誰も僕になんか興味ないと、誰からも認められていないと、そう思っていたけど、皆見ていてくれてたんだ。応援してくれてたんだ。


 「飯奢れよ!」「今度飲み行こうぜ!」無遠慮な言葉たちも、今は凄く心地が良かった。






 そしてもう一度クリーチャーズマンションに行くという事を伝えると、皆は酷く驚いていた。そりゃそうだ。攻略したばかりにまた行くというのだから。


 気が狂ったと思われたかもしれない。けれど、それでもみんなは「行って来い」と言ってくれた。


「おいおまっ!……探したぜったくよぉ!!」


 無駄にでかい声。くすんだ金髪のオールバック。耳には複数のピアス。いかにもな格好をしたガキ大将気取りの男。


 でも不思議と前みたく嫌悪感は感じない。そんな男ジャンがなんだか嬉しそうに駆け寄って来た。というよりかは幸せそうに。


 嬉しさが態度に出ているというよりかは、幸せが顔から滲み出ているといった感じだ。なんとなくムカつく顔だ。


 けれど、なぜか少し気分が高揚している自分がいた。


「ジャン!」


「お前どこ行ってたんだぁ?仕事にはこねぇし、家には誰もいねぇしよぉ?」


「クリーチャーズマンションだよクリーチャーズマンション!」


 家来てたんだ。


「おまけになんか町じゃお前と同じ名前の奴がクリーチャーズマンション攻略したとか噂になってるじゃねぇかよ?もしかしたらお前なんじゃねっつって!話してたんだぜさっきも!」


 冗談っぽく笑いながらジェスチャーで職場の方を指すジャン。


「いや僕なんだ。ここに来るまでも凄い人に集られたよ」


「あぁお前なのか…………は?」


「いやだから、今日攻略したばっかなんだよクリーチャーズマンション」


「はっ?えっ?はっ!?…………えっ!?はぁっ!?え!?は、えぇっ!?はぁぁっ!?えぇぇっ!?……はぁぁぁあああ!!?」


「ちなみに、一緒に攻略した仲間のエルエルと怪物だよ」


 紹介すると、二人なりの簡単な挨拶をして。


 はえはえ星人と化していたジャンだったけど、暫くすると「……マジで?」と聞いてきたので「マジ」と答えておいた。


「ぉ……おおぉぅ……おおぅ……」


 余程の衝撃だったのかジャンは右手で顔を抑えていた。傷はすっかり治ったようだったけど、指の形は曲がっていて、うまく動かせないようだった。


「そうだ!俺様んち来いよ!ハンカチ返すついでによっ!」


 ご機嫌なジャンに、僕は時間が無いと断ろうとしたけど「いいからいいから」と強引に連れていかれた。






 

「こいつはアン!俺様の女!一緒に暮らしてんだぜぇ!」


 こじんまりとしたボロ屋に案内されて中に入ると、美人のお姉さんが出てきてジャンがそう紹介した。


 胸まである茶髪にキツイ目つき。手足は細長くスラッとしていて尻尾にシュシュ。ぴちっとした派手なへそ出しの服。そのへそにはピアスが付いている。


 「調子乗んなアホ!」とあきれ笑いしながらジャンの頭をはたく幸せそうな彼女は、一言でいうなればギャルだった。


 あれだけジェニに一目ぼれしたと言っていたジャンだったけど、どうやら彼女が出来ていたようだ。恋のライバルというのはなんだったんだろうか?


 簡潔に自己紹介を済ませてお邪魔する。雑然とした部屋だったけど、それがまた新鮮だった。


 そんなお世辞にも綺麗とは言えないような部屋において、僕のハンカチはとても丁寧にしまわれていた。


「ありがとうな!アニマのお陰でこうして怪我も治った!動かすことは出来ねぇが、切り落とすことにならなかったのはお前のお陰だぜ!本当に感謝してる、ありがとう!」


 いつもお茶らけているジャンが珍しく頭を下げた。凄く真剣に言っているのが伝わってくる。


 恋のライバルでも尾無しくんでもなく、アニマ、か……


 「いいよ。礼なんて」と、そうやってカッコよく言えたら良かったんだけど、ジャンの普段とのギャップに面食らってしまって、僕はただ顔を赤くしただけだった。


「そうだ!礼と言っちゃぁあれだけどよ!ちょっと貰って欲しいもんがあんだ!」


 衣類や小物が散らかった汚いジャンの部屋。ジャンがその押入れを開けると、中から驚くほどに綺麗な白い冒険服を取り出した。


 その状態の良さから、丁寧に保管されていたのだろうと分かる。


「これは?」


「一流のブランド、ホワイトアウトの最高級品だぜぇ!こことか見ろよ!仕上がりがちげぇ!」


 ジャンが自慢するこの冒険服は、白で全体が統一されていて高貴というか気高い印象を受ける。ジャンの言う通り細部まで一切妥協することなく作られたそれは、確かな防御力と機能性を感じさせる。


 見るからに職人自らの手による一点ものだ。相当に高価なものだろう。


「サイズはまぁちとでかいけど元からピチめだし問題ねぇだろ!ちょっと着てみろよ!」


 そういって無理矢理着せられる。


「おう、悪くねぇな……似合ってるじゃねぇか畜生!」


 自分で着せといてどういう感情だよ!という些細な怒りは「王子カッコいい」と褒めてくれる可愛いエルエルに浄化される。


 暫く着心地を確かめていると、


「それやるよ!」


「でもこれ……かなり高い奴だよね?本当に貰ってもいいの?要らないなら売った方がいいんじゃない?」


「はっ!確かに売った方がいいな……!…………まぁでも、貰ってくれ」


 本当にいいの?と問う僕の視線に、「売んのはなんか味気ねぇだろ!」とどこかぶっきらぼうに答えたジャンだった。


 そしてジャンからは他にもリュックや探索道具などを貰った。買い物に行かなくても必要な物が揃ってしまった。


「ジャンありがとう!でもこれ全部貰っちゃったらジャンが冒険に行く時どうするの?コツコツ買い集めてきた物なんでしょ?」


 いつかは貯金も出来ないようだとバカにしていたジャンは、その実自分の夢の為にコツコツと働いて準備を進めていた。安物の道具で妥協することなく、一流のものを揃えていた。


 きっと遊びに金なんてほとんど使ってはいなかったのだろう。


 そんな思い入れの強い物を貰うというのは、本人がいいと言っていても気が引ける。


「俺様はもう冒険には行かねぇよ。俺様はこの町でアンを幸せにしてやるんだ!いいだろ!?」


 ジャンの痛々しい言葉にアンさんは「バカジャン!」と照れながら頭をはたいている。それに「何すんだよ!」とやり返すジャン。


 本当に仲がよさそうだ。


 僕はそんな二人を見て「……いいね」と、そう答えていた。







【余談】

ホワイトアウトの品は全て白で統一されている。

その清純なブランドイメージと確かな品質にファンがつき、今では冒険者なら誰もが憧れるブランドへと成長した。

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