第111話 しそう


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「ふぅ、後は栄養のある物さえ食べていれば数日後には元気になるわ」


 虚弱な見た目ながらも、少し楽そうな寝息をたてる40歳前後の女性からかざした手をどけたエルエルは、ガスマスクとフードのせいで額の汗を拭うのすらままならないことに不自由を感じながらそう口にした。


「でも、私たちもうお金が……」


 その様子を食い入るように見守っていた三姉妹は、揃ってもう金が無いと言う。


 父は死に、母は寝たきりで、兄も死んだと聞いた。母の看病をしながら女ながらに頑張って来た。


 だが元々体の弱い家系だ。代わる代わる働いて来たが、彼女たち三姉妹にも限界が近づいてきていた。家はボロボロ。直す金など何処にもなく。隙間風に身をさする日々。


 明日あす腹を満たすことも、そう容易では無かった。


「これで飯を買え」


 ジャリンッ


 怪物が金の入った袋を床に置いた。音の重厚感からかなりの金額が入っていることが伺える。


 長女が恐る恐る中を覗くと、袋一杯に金貨が詰まっていた。


「こ、こんな大金受け取れません!!」


 農民は金貨を見ることさえほとんどない。それも袋一杯の金貨となると尚更だ。


「エルエルさんが母の病気を治してくださっただけでも、感謝してもしきれないのに!!怪物さんはどうして私達にそこまでしてくれるんですか!?初対面ですよ!?」


 長女は叫ぶ。半ばパニック状態だった。


「ジョナサンはいつもお前たちを想い、お前たちの為に色んなことを考えていた。お前たちが笑ってないとあいつも成仏できないだろう?」


 その言葉で部屋の空気が変わった。怪物やエルエルをまだ信用しきれていなかった三姉妹の二人を見る目が変わったのだ。


「兄は……兄は冒険者になれましたか!?兄は英雄になれましたか!?」


 真ん中の妹が縋るようにそう聞いた。怪物は一呼吸置いた後、「あいつは、最後まで諦めていなかった……カッコいい奴だった」と答えた。


 泣き崩れる三姉妹。やがて……


「もう十分です……私達はもう十分頂きました。これ以上貰ってはもう、恩知らずになってしまいます……」


 そう言って金の入った袋を手に持って返そうとする長女。


「俺は手を離し、お前が拾った。もうお前のものだ。違うか?」


「違いますよ!!」


「ふふっそうか」


「そうです!!だってこんなに一杯……返せないんですよ!体を捧げろと言われれば喜んで捧げます!奴隷のように働けと言われれば倒れても働きます!でも!何をしようとも!一生かかっても私達には、この恩を返せないんですよ!!」


 そう言って長女は金を受け取ることを拒んだ。


「よっ」


 怪物は小さくそう言いながら立ち上がると、エルエルを伴って戸を開けた。


「あ、ちょっ、待って――――――」


 咄嗟に引き留めようとする長女に、怪物は背を見せたまま言った。


「……突然大金を手に入れたものだから、人の為に使いたかったんだ……だからお前たちも誰かの為に使ってやれ!」


 そして最後に振り向くと、笑顔でこう言った。


!」


 今日の空は快晴で、ギラギラと強い日差しが注ぐ。太陽に照らされたその笑顔は、薄暗い部屋の中からは光り輝いて見えたのだった。






**********







 僕はスモーカー商店を目指して町を歩いていた。それにしても沢山の人が僕を見ている。そして気さくに話しかけてきてくれる。


 尻尾が無いという理由で気味悪がられていたのが嘘のようだ。攻略者とはこうも一目置かれる存在だということなのか。


 ほんの少しの間で噂は更なる噂を呼び、直接僕を見たことが無い人達も声をかけてきてくれる。


 なんだか自分が物凄く偉くなったような、そんな気分にまでさせられる。


 この心地のいい称賛に溺れていたいと思う僕がいる。ズブズブに浸かって骨の髄まで溶かしたいと。


 けれど、それはいけないと僕は知っている。ブジンさんはあれだけ称賛されようとも驕り高ぶってはいなかった。上から物を言う事はあれど、弱い人にも気を配っていた。


 僕もそう在ろう。憧れの人のように、


 そういえば怪物とエルエルはどこに行ったのだろう?行先を聞きそびれた。まぁいいか、嫌でも目立つ二人だ。探していればきっとすぐに見つかるさ。


「ぅぅぅぅぉぉおおにぃいいちゃぁぁああああんんん!!!」


 どさっ


 元気のいい懐かしい声に振り返ると、お腹にオレンジのおかっぱ頭が飛び込んできた。


「リリ!」


 リリは勢いよく抱き着くと、「おにいちゃんおにいちゃん!」と何度も呼びながら嬉しそうに顔をすりすりしてくる。


 久々の再開になんだか嬉しくなって、そのサラサラの頭を撫で返す。


「リリおにいちゃんだいすき!!あのね、おむこさんになってあげてもいいよ?」


「おむこさん!?」


「うん!!」


 元気に頷くリリは、まだ意味なんてほとんど分かっていないんだろう。


「それを言うならお嫁さんだね」


「およめさん?」


「そう、女の子はお嫁さん」


「おとこのこは?」


「お婿さん」


「おむこさん!」


「ふふっそうそう。じゃあ二人合わせて?」


「およめむこさん!」


 なんだか微笑ましいな。「お嫁婿さん」と笑いながら復唱する。


「正解は夫婦って言うんだよ」


「ふーふー?あついのー?」


 小首を傾げるリリ。そう来たか。小さな子の発想力は面白いなぁ。


「熱々だけど冷ましちゃいけないんだ」


 リリは「へんなのー!」と笑った。






 リリに連れられてババさんの所へとやって来た。ババさんは変わらずに町で占いをしていた。


「一つ……二つ……それ以上かの……?ヒヒヒ……お前さん、また因果が増えておるのぅ……ヒヒヒヒヒヒヒヒ」


 再開の挨拶を終えた後、ババさんにそんなことを言われた。


「あの……前会った時も因果がどうとか言ってましたけど、そもそも因果って何ですか?仏教のやつですか?僕前世で悪業あくごうの限りでも尽くしたんですか?」


「ヒヒッ、古い考えを知っておるのぅ……因より生まれ縁の力を受け果に至るというやつじゃな?」


「そ、そうです!僕もそんなに詳しくは無いですけど!」


「ヒヒッわしの言う因果はちと違う……人はそれぞれ生まれ出でし時から魂に一定の因果を持つのじゃ……じゃがこれが双子などになってくると二つの因果が混ざり合い、数奇な運命を辿ることになるのじゃ……これは一際ひときわ魂の波長の近い相手なら極まれに起こり得る……例えば……ヒヒッ……運命の人……とかのぅ」


「運命の人?」


「ヒヒッ運命の人と出会い、因果が混ざれば、思わぬところで再会したり、奇跡のような幸運に救われたり、磁石のように惹かれ合うようになったりするのじゃ……まるで神がそうしているかのようにのぅ……」


「それって……つまりは最高って事ですか?」


 僕にはその因果とやらがいっぱい見えるらしい。ハーレムじゃないか!やったね!


「アホか……ヒヒヒ……全くお前さんという奴は……ヒヒヒヒヒヒ……」


 不気味に笑うババさんに、


「な、何ですか?」


 僕はゴクリとつばを飲み込んだ。


「その人の人生を大きく変えてしまうほどのことじゃからのぅ…………

 本来混じりえない因果が混じれば運命が混じる。混じり合った因果は偶然を必然にする。偶然の出会いを、出会うべくしての出会いにするのじゃ……

 ただ魂が近いから因果が混じるのか、因果が混じったから魂が近づくのか……卵か先か鶏が先かというのは誰にも分からんことじゃ……

 普通は人生を大きく変えるほどの出会いなど一度あるかないかと言ったところ……ヒヒッ……じゃがお前さんは幾つもの因果が複雑に絡み合っておる……ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!

 ……輪廻転生か……複数の人格を内包しておるのか……ヒヒッヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒ!

 なぁ……お前さん…………?」


「……僕は……」


 どういうことだろ?異常だなんて言われたところで僕は何も心当たりなんて……あいや、そういえばエルエルに言われてたな…………


 ババさんから見ても僕はどこかおかしいらしい……もしかして僕って……本当に……?


「ゲホッゲホッ!」


「ば、ババさん!?」


 大丈夫ですか?と気遣うと、問題ないと制された。


「ヒヒヒ……咳とはのぅ……そうか……わしも呼ばれたか……随分と長く生きれたものじゃ……ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……」


 この町の人は、咳が出ると「天に呼ばれた」と言う。死に行く多くの者が咳をするから、いつの間にかそういう文化が出来上がっていた。


 気管に唾が入って咳き込んだりなんかすると、よく縁起が悪いと怒られたりしたものだ。


「……死が怖くは無いんですか?」


「ヒヒッ……生まれたからにはいつかは死ぬ運命さだめ……怖くはないのぅ……じゃが……そうじゃのぅ……願うならもう少しだけ……孫の成長を見ていたいのぅ……」


 ババさんはリリに慈愛の瞳を向けながらそう語った。


「ヒヒヒッ言い忘れておったがお前さん……


 なんでもない事のようにサラッと言われたその言葉を理解するには、数秒の時を要したのだった。






【余談】

・因果の解釈

ムズイしややこしい話なのでノリで読んでね。

一口に因果と言っても宗教学や物理学や哲学などが絡んで来て様々な解釈があるので、気になる人は調べてみると面白いですよ。

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