第109話 母の日記④
『拍子抜けとはこのことで、事件は余りにもあっけなく終わった。アニマの話を聞いたジェニちゃんとジェニちゃんのお母さんが協力してくれたみたい。明日にでもお礼に行かなきゃね。
アニマの怪我も大丈夫らしい。本当に良かった。それにお金も戻って来た。お陰でグンと目標金額に近づいた。次の給料が入るころには貯まり切る。長かった。でもこれでやっとお父さんを探しに行ける。』
『アニマと二人でジェニちゃんの家に行った。アニマの言う通り、ジェニちゃんはそれはそれは可愛らしい子だった。一緒にいたお母様のカナリアさんも凄く綺麗な人で、少し、いやかなり緊張しちゃった。アニマは初めての恋に戸惑ってるみたいで可愛かった。
結局毛布を返すことは出来なかったけれど、ジェニちゃんもカナリアさんも凄く優しくて、アニマにいい出会いがあって良かった。ジェニちゃんにはガリガリのこの体を心配されちゃったけど。』
『アニマが自分から「おはよう」って言ってくれた。嬉しい。私のせいで出来てしまった二人の間の氷の壁を、緩やかでも溶かす努力をしてくれているのがとても嬉しい。それに、アニマに元気が戻った気がする。寧ろより生き生きとしだしたような。
まだどう接したらいいか分からないけど、アニマが毛布を掛けてくれた日から、急激に日常がいい方向に向かってる。止まっていた私の四年間が動き出したような、そんな気がする。』
『アニマが体を鍛えるようになった。毎日毎日寝る寸前まで木剣を振ってブツブツと呟いてる。あの日、居酒屋の店長に手も足も出なかったことが相当悔しかったのかな?
ただでさえ優しくてかっこいいのに、この上更に強くなっちゃったらもうモテモテになっちゃうんじゃないかしら。息子がモテるのは誇らしいけれど、女たらしにならないかお母さんは心配です。ジゴロとかにはならないでね。』
『アニマがハンカチを眺めてずっとニヤニヤしてる。ジェニちゃんから貰ったのかしら?相当嬉しかったのね。』
『いよいよ後数日で給料日。本当にいよいよお金が貯まる。ついにここまで来た。ついに来たのよ。アニマの成長は本当に嬉しい。けれど、やっぱり止まっていた私の四年間はまだ本当の意味では動き出してなんかない。お父さんが居なきゃダメなのよ。お父さんが居なきゃ日常は帰ってこないのよ。
アニマにはまだ話せていないけれど、お父さんを探しに行くって言ったらついてきてくれるかしら?最近少し逞しくなったから、ついてきてくれたらきっと頼もしいわ。
危険も沢山あるだろうけど、アニマのことは命に代えても私が守るから。だから、一緒に行けたら嬉しいな。』
『朝起きたら机の上にアニマの書置きがあった。そこにはただ一言「冒険に行ってきます」とだけ書かれていた。
何度も何度も読み返した。見間違いだと、錯覚だと言い聞かせた。でもどうしようもないほどにアニマの字だって分かってしまう。
どうして?どうして行ってしまったの?どうして皆私を置いて行ってしまうの?私のことはどうだっていいの?残された人の気持ちなんてどうでもいいの?
私は何の為に頑張って来たんだろう……取り返そうとした幸せはいくら手を伸ばしても届かなくて、必死に守って来た幸せは、今無情にも零れ落ちていった。
分からないよ……私には……もうどうすればいいのか分からないよ……』
『もう何日も外に出ていない。ご飯を食べる気力も湧かない。起きる事自体が杞憂で、もう、何もかもどうでもよくなってしまった。皆そうやって好き勝手生きるなら、私ももう知らない。勝手にすればいいのよ。私も勝手にベッドの上で腐っていくから。』
『ヒムが家に来た。給料日を過ぎても店に来ない私を心配して来てくれたらしい。給料を受け取った。これで目標金額には届いた。けど、何もする気が起きなかった。ヒムはそんな私の姿を見た瞬間何故か凄く怒りだして、私をベッドから引きずり下ろした。家中のカーテンと窓を開けて、動く気力のない私を無理矢理脱がせて井戸水を頭からぶっかけられた。
脱がされた時は襲われるのかと思った。でも抵抗はしなかった。それすらもどうでもよかったから。ただ一言「私を襲うの?」と聞いたら「自惚れんな」と怒られた。
タオルで私の体を勝手に洗うヒムはブツブツと愚痴のように続きを語った。
「俺は昔からお前のことが好きだった。パンジーのように笑う姿が好きだった。アレンとお前がくっついた時、俺は悔しかった。ガキの頃からその場所を夢見てきたからな。でもアレンといるお前は良く笑ってた。だから俺は認めてたんだ。
だがあいつは旅に出てから四年も帰ってこねぇ。その間にお前はどんどんどんどんやつれていった。正直、見てらんねぇよ。俺と一緒だった方が幸せだったんじゃないかって思っちまうよ。
でもなクローナ。お前がそうなっちまうくらいに、お前はアレンのことが好きなんだろ?今でも愛しているんだろ?
だったらこんなとこで腐ってちゃダメだ。誰が何と言おうとも、どんなに辛いことがあっても、お前だけは諦めちゃダメだ。
俺が好きだったのは元気で明るくて優しくていつも幸せそうに微笑んでるお前だ。ガリガリに瘦せ細った死人のようなお前じゃない。
お前よく言ってたじゃないか。「アニマが見てる」って。今の姿、アニマに見せれんのか?」
備え付けられた鏡に映った私の体は、ガリガリで、ちっぽけで、どうしようもなくみすぼらしくて、目はどぶ川のように濁ってて、春のそよ風は冷たいはずなのに、どこからか目の奥が熱くなって、暫く独りで嗚咽混じりに震えていたら、ヒムが水を流してくれた。
その後はヒムがご飯を作ってくれた。「ドーナツ以外は碌に作れねぇが」なんて言っていて、確かにお店に出すレベルじゃなかったけど、とてもおいしかった。
それから外に連れ出された。幼い頃よく遊んだ公園や川なんかを周って思い出話を聞かされた。日差しはきつく、頭が痛かったけど、家に着くころには気分はすっかり晴れていた。
ヒムは「ちっとはましな顔になったな」って言うとそのまま帰っていった。』
『アニマはきっとジェニちゃんと冒険に出たのだろうと思って、カナリアさんの家に行った。カナリアさんは酷くやつれていて、昨日までの自分を見ているようだった。
どうやらジェニちゃんとアニマはブジンさんを助けにクリーチャーズマンションへ行ったらしい。それを聞いた時、私はつい笑ってしまった。
アニマも私と同じだったから。ただ大切な人を助けに行っただけなんだって、そう思ったら私を置いて行ったことに腹を立てていたのなんか忘れて、親子だなぁって思ってしまった。
でもアニマは私とは違う。まだ子供なんだから大人の助けがきっと必要よ。クリーチャーズマンションは一度でも転べば簡単に死んでしまう。
そう言ったら、カナリアさんは自分が捜索隊を雇うと言ってくれた。
でも、今回のことはジェニちゃんだけのせいでもアニマだけのせいでもないわ。勿論私だけのせいでもカナリアさんだけのせいでもない。皆それぞれに責任がある。
だから、私もお金を出す。折半だ。莫大なお金がかかる。これまでお父さんを探しに行く為に貯めてきたお金の大半を使うことになる。でも私は構わない。
アニマの為なら、アニマを助ける為なら幾らでも構わない。
お父さんはきっとどこかで生きているから、いつかきっと帰ってくるから。焦らなくていい。また稼げばいいのよ。そう、焦らなくていい……
そして勿論捜索隊には私も同行する。アニマを他人に任せる事なんて出来ないから。カナリアさんはランジグに残って色々と手を回してくれるらしい。
凄く頼りになる人ね。でも捜索隊の結成にはそれなりに時間がかかるらしい。それまで私は私にできる事をしようと思う。』
そして二週間ほど準備やトレーニングなどの記載があり――――――
『準備は整った。待っててねアニマ。今、助けに行くから』
【余談】
クローナはアレンよりも二つ年下だ。だから対等な幼馴染というよりかは兄と妹のような関係に近い。
故にクローナはアレンのことを深く慕っているのだ。
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