第107話 母の日記②
『最近はアニマが酷い目にあう事も無くなった。友達ともよく遊ぶようになって楽しそうに笑うようになった。良かった。長かったけどまたアニマの笑顔が見れるのが今はこんなに嬉しい。ヒムも二人の人徳が成した奇跡だって言ってくれた。ヒムはいつも大袈裟だけど、今回ばかりは凄く救われた。』
『ヒムの店がとうとう開店した。家族みんなでお祝いに行ったら、奮発して沢山ドーナツを作ってくれた。アニマったら食べたらすぐに寝ちゃって、せっかくのお祝いなのにお昼寝しに来たのかな?食べかすもいっぱい零してよっぽど美味しかったのかな?夜遅くまで続いたパーティーは凄く楽しかった。』
ヒムさん、確か母親の幼馴染だった気がする。ドーナツ屋さんの温厚な感じの恰幅のいいおじさんだ。
『お父さんが冒険に行くかもしれない。お父さんの仲間の考古学者が新たな遺跡を発見したらしく、世間にはまだ知られていない大発見だって、歴史に名前が残るかもしれないぞって喜んでた。けどその遺跡は海を渡った先の島にあるから、きっと危険で長い旅になるわ。せっかくアニマの問題も落ち着いて、これからまた穏やかで幸せな時間を思う存分過ごせると思ってたのに、お父さんが居なきゃ寂しいじゃない。そろそろ私、二人目だって欲しいのに。』
ふたりめ……父さんが遺跡に行ってなければ、僕に弟か妹がいたかもしれなかったのか……
……ふたりめ……いもうと……おとうと…………お父さん……
はぁ……ダメだ、これ以上は考えないようにしとこう……
『お父さんが冒険に行ってしまった。あの人は昔からそう。冒険となるや目を少年のように輝かせて、私を置いてどんどん先へ行ってしまう。自分勝手で気分屋でマイペースでめんどくさがり屋でうるさいくらいに笑い上戸で、笑顔が可愛くて優しくて男らしくて家族想いで――――――
ダメね。やっぱり私、どうしようもなくあの人のことが好きみたい。寂しくなんかないわ。だってアニマが居るもの。アニマが居れば待ってる間だってそれはそれで楽しいわよ。きっと。
……アニマがもう少し大きかったら、私もついて行きたいって言ったのかな?』
やっぱり母親は父さんのことも僕のことも、家族を大切に思ってたんだな……
それに本当はついて行きたかったのかも。でもそれが何で僕まで働きに行かせるほどになってしまったんだろう?
この先のページに答えは書いてあるのだろうか?
不安と期待を乗せた指は、答え知りたさに独りでにページをめくった。
『今日もアニマは「いつ帰ってくるの?」って聞いてきた。私が「明日かも知れないわよ」なんて言うと、「わきゃー!」って飛び跳ねて家の中を走り回って、お気に入りのおもちゃを持って来てどれで遊ぼうか悩んでた。本当に可愛いんだから。』
そう、だったな。あの頃は帰りを待つのすら楽しかった。
それも最初の内だけだったけど……
『今日もアニマは「いつ帰ってくるの?」って聞いてきた。懲りないわね。二ヶ月以内には帰ってくるって約束したから、いつも通り「もうすぐよ」って言った。でもアニマも最近は以前のようにはしゃぐことは無くなった。待ちあぐねているのかな?拗ねてる姿も可愛い。』
『私ももうアニマの期待を裏切り続けるのに疲れてきたわ。私が励ます度に次の日にはその言葉は嘘になる。その度にアニマは落ち込んで、でも
母親は日を増すごとにどんどん苦しそうになっていった。文面からもそれがひしひしと伝わってくる。
『今日で二ヶ月。お父さんはまだ帰ってこない。不安が漏れ出てたのか、アニマが私を励ましてくれた。そうよ、お父さんはああ見えておっちょこちょいな所があるのよ。ちょっと帰りが遅くなってるだけよ。だから心配は要らないわ。』
『今日も帰ってこなかった。アニマも退屈そうにしてる。速く帰ってきてーーー!』
『今日も帰ってこなかった。アニマは寂しそう。そろそろ私も寂しいわ。』
『今日も帰ってこなかった。アニマは少し元気がない。私もいい加減拗ねちゃうわよ?』
『今日も帰ってこなかった。今日も。』
そこからは毎日『今日も帰ってこなかった。』が続いていた。最初の内は一言二言書かれていた文章も無くなり、字も少しずつ汚くなっていった。
だんだんと余裕が無くなっていったのが分かる。僕もこの頃は酷く退屈だったし寂しかった。それに拗ねていた。お父さんなんかもう知らないって違う事を考えていた。
でも母親は違った。『今日も帰ってこなかった。』その一文からでも、父さんの事を考え続けていたんだと分かる。
時には最悪の想像をして過度な心配をすることもあっただろう。僕が目を逸らして考えないようにしていた間、母親はずっと父さんのことを想っていた。
その不安、心配、ストレスが日に日に母親の心を蝕んでいったのだ。
『今日も帰ってこなかった。決めた。私がお父さんを探しに行く。「死んだ」だの「他の女が出来た」だの近所の人たちがいう言葉なんか嘘に決まってる。お父さんがそう簡単に死ぬわけがないし、私たちを裏切るわけがない。きっと今もどこかで助けを必要としているはずだわ。沢山悩んだけど、もうそうとしか考えられない。だから一刻も早く助けに行かなくちゃ。』
『驚いた。調べてみたら莫大な費用がかかるらしい。海を越えなくちゃならない為捜索隊は大規模になり、更に、一流の探検家でもあるお父さんが仲間もそろって行方不明となれば、捜索隊も一流の人達に頼まなければならない。今家にある貯金じゃ全く足りない。それこそ冒険者になってクリーチャーズマンションを攻略でもしない限り手が届かない額だった。』
『お父さんの仲間の人のご家族に話を伺いに行った。私が捜索隊を雇おうと思ってるって言ったら、皆賛同してくれた。皆でお金を出し合うことになって、目標額の七割以上になった。足りない分は働いて稼ぐことにしよう。』
『この歳で碌に働いた経験のない私を雇ってくれる所は少なかったけど、なんとか見つかった喫茶店で働くことになった。店の人は温かかったけど、お皿を割ったりお客様に迷惑を掛けたり、いっぱい失敗しちゃった。店長も少し困った顔で「明日は頑張ってね」って言ってた。もっと頑張らないと。』
『クビになった。そうよね。そりゃこんなに使えない私をいつまでも雇ってくれる訳なんてないわよね。でも落ち込んでる暇はないわ。速く次の仕事を探さないと。』
『またクビになった。今日で何回目になっただろう?怒られるのにも慣れてきちゃった。頑張っても頑張っても仕事が出来ずに、怒られることにばかり慣れていく自分に嫌気がさす。でも皆のお陰でゴールが見えてきた。これならもっと頑張れば近いうちにお金が貯まるかもしれない。よし、頑張ろう!』
『有り得ない。有り得ない。有り得ない。皆が捜索を諦めた。何で!?あと少しで溜まるのに!もう少し頑張れば探しに行けるのに!何で「もう生きてるはずがない」なんて言えるの!?自分の家族でしょ!?何でよ!?
生存率が絶望的?生活が苦しい?娘の学費の為にお金が必要?今生きているかも分からない人の為にお金を使う余裕は無い?ふざけんじゃないわよ!後先なんて考えてる時じゃ無いでしょ!今行けば助かるかもしれないのに!どうして諦めることが出来るのよ!――――――
目標額は大幅に遠のいた。四分の一もないかもしれない。でも私はやるわ。なんとしてでも。』
【余談】
母親であるクローナはかなりドジだ。元来の性格故か足並みをそろえて仕事をするという事にめっぽう向いていない。
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