第105話 不審者と空虚な家


「今はあの三人を邪魔しないでおこう……さて、僕は家に帰るよ。怪物とエルエルはどうするの?」


「俺は、」


「私は王子について行くわ!」


 怪物の言葉を遮るエルエル。


「いや待ってくれエルエル。少し付き合ってくれ」


 それを珍しく怪物が引き留めた。


「え?でも私は王子と、」


「頼む」


 そして頭を下げた。穏やかで周りに合わせることが多い怪物がこうもハッキリと我を通すのは珍しい。その謎の迫力に押されたのか、エルエルは「分かったわ」と怪物に同行することに決めた。






 怪物たちと別れ、人混みをかき分けて独りで家に向かう。道中様々な人が声をかけてきた。


「僅か12歳でクリーチャーズマンションを攻略するなんて凄いな!」


「お姉さんとちょっとお茶しない?」


「尾無しキッショ!」


「遺物はいくらで売れたんだ?」


「どんなずるをしたんだ?」


「ブジンさんとはどういう関係?」


「彼女はいるの?」


「まぐれ乙」


「なんで独りなの?」


「クリーチャーズマンションはどんな感じだった?」


 途中までは頑張って答えていたけど、いくら答えても切りがない。それに自分の聞きたいことだけ聞いて礼も言わずに去っていく人たちに段々と腹が立ってきていた。


 ああいや、落ち着け。何を焦ってるんだ僕は。バカバカしい……いや、意地を張るのはよそう。母親に会いたいんだ……知らず知らずのうちに気が急く程に……


「おっここに居ましたか!こんにちは。貴方がアニマ君ですね?噂に違わない美少年だぁ……」


 人ごみもまばらになってきた頃、独りの青年がやけに馴れ馴れしく話しかけてきた。


 細身で高身長。黒髪のホストみたいな髪型。切れ長の黒い瞳。線の通った鼻筋。髪と目が黒いことで余計に色白の肌が透き通って見える。そんな綺麗な肌をした黒い服の美形だ。失礼、言いなおそう。驚くほどの美形だ。


 その美青年は、僕のことをどこか値踏むような視線で見つめてくる。


「……うん。いいですねぇ!まるで掃き溜めにつる。それでいて花も実もありそうだ」


 いきなり変な褒め方をしてきた。初対面で褒めてくる人には気を付けろって聞いたことがある。ブジンさんが言ってたように詐欺師かもしれない。


 つると言いながらかもだと思っていそうなミステリアスな微笑みだ。関わらないほうが賢明かな。


 無視して僕はその場を去った。


「警戒心が強く、頭も切れそうですね……それでいてなんと美しい!立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん歩く姿は百合ゆりの花とは正に彼の事を指す言葉でしょう!」


 独り言かな?にしては聞こえるように言ってそうだけど。


 独りなのになんか楽しそうに笑ってるし、あの美青年、かなりヤバい人かもしれない!


 怖さからか、気づけば足の速度が上がっていた。






 この角を曲がればすぐそこだ!


 会いたい!会いたい!会いたい!会いたい!近づくにつれてどんどんと気持ちは大きくなっていく。それ程だった尿意が、家がもう少しだと意識した瞬間に一気に来るあの感じに近い。


 いや下品な例えはよそう。これだと僕が母親とトイレを混同しているヤバい奴だと思われるかもしれない。小さい頃「お母さんトイレ~!」と言って「お母さんはトイレじゃないわよ」と怒られたのは僕だけじゃないはず。


 って何の話をしているんだ僕は。混乱してるのか?いくらなんでも会いた過ぎるだろう。子供じゃあるまいし、あはははは――――――。


 そして家に着いた。


 家には着いた。けど、どうにも様子がおかしい。


 庭先には雑草が伸びてきていて、全ての雨戸が閉められている。今はまだ昼間だから母親は仕事中だろうか?それにしても戸締りが完璧すぎる。


 リュックと共に鍵も投げ捨ててきたので、庭の端に隠してあるスペアを使って中に入った。


「ただいまー……」


 一応言ってみたけれど勿論声が返ってくる訳もなく。家の中は真っ暗で、人の気配など微塵も感じない。


 たかが仕事に行く為だけにここまでしっかり戸締りするのは少し変だ。玄関に置いてあるランプに火を灯すと、僕は全ての部屋を見て回った。


 どの部屋も雨戸が閉まっていて真っ暗だ。そしてリビングの机の上には薄っすらと埃が積もっていた。


 おかしい。綺麗好きな母親が掃除をさぼったことなんてこれまで一度もなかった。どんなに疲れていようとも綺麗に整えて……そうだ、雑草が伸びてきているのもおかしい。


 まさか、ここ暫く母親は帰ってきていないのか!?


 だとしたらどこに!?


 もう一度全ての部屋を見て回る。


 どこだ!?どこに行ったんだ!?何かヒントになるものはないか!?


 何故だか嫌な予感がする。静寂の中に慌ただしい僕の足音と心音だけが鳴り響く。ドタドタと、そしてバクバクと……


「日記……?」


 母親の部屋の机の上。開かれたままのそのページにはこう書かれていた。




『準備は整った。待っててねアニマ。今、助けに行くから』




「……なんで?」


 違う違う違う違う!勘違いだ!有り得ない!


 あの母親が……?あの細腕で……?あんなにか弱いのに……?あんなにドジで……あんなにおっちょこちょいなのに……?


 何かの間違いだ!きっと疲れてるんだ……そうだ……クリーチャーズマンションを攻略して、安心して、それで疲れて、変な考えになっちゃってるんだ……


 最悪の妄想をしてるだけだ!だから……違うよね……?


 違う…………よね…………


 ………………。


「なんで、なんだよ…………」






【余談】

アニマの父アレンは様々な場所へ訪れては、その土地の珍しいお土産を買って帰ってくる。

中でもアニマは親子三人でワンセットの猫を模ったユニークなマグカップがお気に入りだ。

リビングには謎の置物などが紛れ込むように置かれているぞ。

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