第104話 新たなスター


 金貨19800枚。大判にしても1980枚。とてもじゃないけど持ちきれない。僕たちは一旦そのほとんどをギルドに預けておくことにした。その際、僕とジェニもギルドに冒険者登録をした。


 これで正式に僕たちも冒険者だ。エルエルの登録では一悶着あったが、ガスマスクを外さない得体のしれないエルエルを、ブジンさんが「訳あってあの状態だが怪しい者ではない。俺たちの大切な仲間だ」と擁護してくれたので無事に登録できた。


 面倒な細かい手続きはブジンさんがやってくれた。エルエルに関してはかなりごり押しだったけど。


 そしてブジンさんはお金を受け取らないと言った。それはエルエルも。


「これはお前たちの成果だ!俺のじゃないさ」


 僕は「ブジンさんが居なければ悪魔に殺されてたよ!」って言ったんだけど、それでもブジンさんは頑なに要らないと言った。


 エルエルも同様に「私は最後に少し着いてきただけだから、最初から頑張ってきたあなたたちが受け取るべきよ」と言っていた。


 だがエルエルには数えきれないほど助けてもらった。エルエルが居なきゃ僕たちはどうなっていたことか……


「エルエルのお陰だよ!」


「エルエル大好き!」


「感謝してもしきれない」


 渋るエルエルを僕とジェニと怪物で囲んでひたすら褒めたり感謝を伝えたりしていたら、


「あぁもうわかったわ!!受け取るわよ!その代わり、私お金の価値なんてあまりわからないから王子が預かってて!」


 と、ガスマスクをしていても分かる程に顔を真っ赤にしながらまくしたてるように言った。






 まさか自分がこんなにも大金持ちになるなんて思ってもみなかった。一人約五千枚。僕の口座には、エルエルの分も合わせると約一万枚もの超大金が入っている。


 その有り得ない数字を見ていると、なんだか今なら何でもできるような気がしてきた。


 ジェニと買い物にでも行けば、欲しい物を躊躇うことなく買いまくれるだろう。ジェニが気に入るような高価なプレゼントだって買えるはずだ。


 むふふ……そしたらジェニは僕のことをもっと好きになってくれるかな?手を繋いでデートしたり、綺麗な景色を二人で眺めたり…………情熱的なキスを…………


 デートも手を繋ぐのも、キスも……行為としては経験した。でもデートは必要な物の買いだしも兼ねてだし、手は引っ張られるばかりだし、キスは……


 キスと言えばキスだけど、介護的な感じだったし、どれも友達同士の域をでなかった。僕はもっと恋人のようなあまあまの日々を暮らしたいんだ!


 デモボクサイネンショウコウリャクシャ!オオガネモチ!ヘイボン?ショミン?ナニソレクスリノナマエカナンカ?


 並み居るライバルたちには申し訳ないほどの圧倒的な差をつけてしまったようだ。それこそジェニの初恋の人にだって今なら勝てるかもしれない!


 そ、そう考えると今の僕って最強じゃない?ジェニは親友の僕といる時間を大切にしてくれているし、このまま進展して恋人に――――――なんてことも有り得る。有り得ない?いや有り得るでしょ!


 そうと決まればいっぱいプレゼントを贈ってどしどし好感度を上げていこう!シシシシ……ジェニが恋人になる日も近いかもしれない!


 これだけの大金があれば他にもなんだって出来る。それこそ仕事にだって行かなくて――――――あっそうだ!職場には無断で冒険に出たんだった!


 沢山迷惑をかけただろうな……今度謝りに行かなきゃ……ジャンのことも気になるし……






 もろもろの手続きが済んだ頃には、ギルドの中から外まで人がごった返していた。


「すっご」


 その光景に呟くと、「皆一目見たいんですよ。」とトリスさんが温和な笑みを浮かべながら言った。


 ランジグが沸きに沸いているのは、皆帰って来た大英雄ブジンさんを見たいからだと思ってたけど、そうか……僕たちも注目を集める的になっていたのか……


 面と向かってそう言われると、なんだかむず痒い気持ちになる。頬をポリポリとかきながら「きっとジェニが可愛いからですよ」と言っておいた。


「アニマ。今は気分がいいだろうが、用心は忘れるな。大金を手にした時は決まって昼鳶ひるとんびがたかりだす。詐欺師もな」


 ブジンさんの口ぶりからして恐らく体験談だろう。


「トンビもサギも、ネギと一緒に焼き鳥にしてやりますよ」


 僕が冗談交じりにそう言うと、ブジンさんも「そいつはいい」と笑う。そして「真面目な話、不審な輩とは極力関わるなよ」と忠告してくれた。






「さて、そろそろ帰ろうかジェニ。と言ってもこうも人が多くてはいつ家に着くか分かったもんでもないがな」


 ギルドから出ると、ブジンさんは困ったように笑いながら言った。


「もうこの道のずっと先まで人おんで!」


 それに頷きながらジェニが怪物の頭の上から返事をした。集まった人を見渡そうと、怪物に肩車してもらっているのだ。


 尚、怪物ならジェニだけじゃなく僕も同時に肩車することも出来る。だから僕もお願いしようとしたらエルエルに引き留められた。


「約束……離れないで」


 「ちょっと肩車してもらうだけだよ?」と言いかけて途中でやめた。僕の腕を抱きかかえるエルエルの腕が震えていたからだ。


 確かに離れないと約束した。けれど震えて怒る程のものだろうか?


 いや、違う。エルエルは怖がっている。何に?答えは一つしかない。人だ。エルエルは人が怖いんだ。特に人だかりが。


 何千年も独りで暮らしてきたんだ。怖くない訳が無い。それとも過去に何かがあったのか?分からないけど、――――――。


「アニマ行こ!」


 僕のもう片方の腕をジェニが抱えて引っ張った。肩車はもういいらしい。そしてジェニの家に僕も連れて行きたいらしい。


 どこか頬を膨らませているようにも見えるけど、しょうがない。僕もついて行くか!まったくしょうがないなぁもう!はっはっはっはっは!


「どいて!!いいから!!ちょっと開けて!!どいて!!」


 その時、誰かが人をかき分けてこっちに来た。必死さを感じる女性の声だった。「うわっ」「おおっと」と押しのけられた人たちの声が段々と近づいてくる。


「どいて!!…………ブジン君…………あぁ…………ブジン君……!!」


 腰まで伸ばしたヴァイオリンの弓にできそうなほどにサラサラで艶のある綺麗な白銀の髪はボサボサに乱れていて、赤紫のアメジストの瞳には酷い隈。


 急いで駆け付けたのか、ぴちっとした上質で清楚なドレスにはいくつものしわが寄り、そして暴力的なまでに豊満なボディーが嘘のように痩せ細っている。


 その顔に、おっとりとした雰囲気を感じさせる優しい笑みなどは無く。頬はこけて、陶磁器のようなきめ細やかだった肌は、不健康なほど青白くなっていた。

 

 それでもジェニと血の繋がりを感じさせる容姿と声。現れたのは変わり果てた姿のカナリアさんだった。


「……………………待たせたな」


 そんな姿のカナリアさんを見たブジンさんは、全てを察しギュッと抱きしめた。


 カナリアさんの瞳には涙が浮かぶ。けれどカナリアさんはまだ泣かない。


「ジェニ!!ジェニはどこ!?一緒やないん!?」


 片腕を失ったブジンさんを見て、最悪の想像をしてしまったのだろう。鬼気迫る表情でブジンさんに問い詰める。


「……オカン……」


 怪物の裏からジェニが出てくる。


「ご……ごめんなさ、」


 カナリアさんの姿を見たジェニは開口一番謝ろうとした。だがジェニが最後まで言う前にドサッとカナリアさんが勢いよく抱きしめた。


「うわあああああん!良かったああああ!!」


 ジェニを抱きしめるカナリアさんは、まるで子供のように大粒の涙で泣きじゃくる。


「生きとったああああ!!」


 その細腕に目一杯の力を込めて、そこに居るのが嘘じゃないかと確かめるように抱きしめる。


「オガン……!ごべんなざいぃ!!」


 結果的にブジンさんを救出することは出来た。けれども家を飛び出すようにして冒険に出た僕らだ。きっと想像もできない程に心配させてしまったのだろう。


 冷静になれば他にやりようはあったような気もする。少なくとも僕は待つ人の気持ちは痛いほど分かっていたはずだった。


 全てを察したジェニはカナリアさんと同じように大粒の涙を流しながら謝り続けるのだ。


 そんな親子の姿に、僕は母親を重ねていた。ガリガリでボサボサで不健康な母親はきっとカナリアさんのように僕を心配してくれていただろう。


 会いたい。


 僕も。


 会いたい。


 ……






【余談】

カナリアはいい家柄のお嬢様。人前には常に優雅で落ち着きある姿しか見せないように育ってきた。

親しき人間には時に甘えた姿も見せるが、カナリアがここまで取り乱した姿を大衆に見せたのは後にも先にもこの一度しかないという。

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