第103話 嬉しい誤算


「ぬふふふふ……」


「アニマ変な顔~!」


 さっきからニヤニヤが止まらない。


 僕の顔を見てジェニが笑う。リュックから取り出したタオルで血と水で濡れた体を拭いたジェニは若干髪の毛が薄桃色になっていて、それはそれで桜のようで、


 女神のように可愛い親友との仲は良好で、僅か12歳という若さでクリーチャーズマンションを攻略して、怪物とエルエルという仲間も増えて、全く新しい日常が始まろうとしている。


 そう思うと、ワクワクとニヤニヤとウキウキとドキドキがどうあがいても止められないのだ。


「家に帰るぞジェニ」


 ジェニたちと「売却額はいくらになるだろう?」なんて和気あいあいと言いながら、ギルドへ行き遺物を換金してこようと話していると、ブジンさんがそれを引き止めた。


「カナリアが待ってる」


「でもオトン、今からがいっちゃん楽しいとこやん!」


 ジェニは既にギルドへ行く気満々だ。


 あの日語り合った夢を忘れてはいないようで、そのウキウキキラキラとした瞳を見てはブジンさんもため息交じりに「分かった。俺もついて行こう……」と言うしかなかった。


 娘を心配してのことだろう。







 初めて訪れたギルドは感慨深くも庶民的で、親しみやすそうだという感情と、大人な場所だなといも引く感情とが同時に沸いてくるような場所だった。


 そんなギルドも今はお祭り騒ぎとなっている。いや、ギルドが特別なのではなく道中ずっとそうだった。


 ブジンさんは慣れっこのようだったけど、人から好意的で興味津々な視線を向けられるのに慣れていない僕はずっとどこか心が浮いているような気がしていた。


 でもガスマスクでしゅこしゅこ言っているエルエルをからかうジェニが隣で笑っていてくれるから、僕もつられて笑っちゃうんだ。


「ぶ、ブジンさんっ!あ、あの……そ私は、その、生きてるってっ、信じてました!」


 更に受付嬢の綺麗なお姉さんが感極まって泣き出しちゃって騒ぎはより大きくなった。「ブジンさーん!俺のトリスちゃんを泣かすなよー!」とヤジが飛ぶ。


 トリスというお姉さんが「誰があんたのよ!」と鼻水を啜りながらツッコむことで、もとよりお祭り騒ぎのギルドは更なる喧騒に包まれた。


「ジェニちゃんジェニちゃん!ギルドは初めてだろう?俺が案内してやろうか?ジュースを買ってあげようか?」


 ジェニにはさっきから男どもが群がってナンパまがいのことをしているが、ジェニはそれがナンパだとは気づいていないようだ。


 機嫌よく笑顔で応対し、貰えるものは片っ端から貰っている。それに気を良くしたバカな男が「今度デートでも」なんて言うと、ブジンさんが鋭い視線で睨みつける。


 成程、ブジンさんが無理を通してまでついてきてくれた理由が分かったよ。


「なぁによそ見してるの?アニマくん」


 かくいう僕はお姉さんたちに囲まれていた。少し前までは尻尾のない僕を怖がったり気味悪がったりしていた人も多かったのに、そんなことは無くなっていた。


 ブジンさんが僕を親しい人物として紹介してくれたお陰だろうか?それとも僕がクリーチャーズマンションを攻略したからだろうか?


「うへへ」


 おっと、つい顔と声に出てしまった。ボインでセクシーなお姉さんに囲まれて嬉しくない訳なんかない。


「王子から離れて」


「えへぇ~?アニマくん王子様なの~?かっこいい~」


 お姉さんは僕を後ろから愛玩動物のように抱きしめる。布面積の少ない水着のような恰好をしてそんなことをするもんだから、豊満な胸が頭の上に乗ってポヨンとした感触が伝わってくる。


「いいから離れて!」


 エルエルはくぐもった声でお姉さんから僕を強引に引きはがした。


 「ええ、いいじゃない~」と言いかけたお姉さんは、エルエルの怪しさ満点の格好を見ると「じゃ、じゃあねぇ~」とぎこちない笑顔で去っていった。


 君子危うきに近寄らずか……ああ……僕のボインが……


「もう!私から離れないでね!」


 若干怒りながらそんなことを言うエルエル。抱き寄せた僕の腕がその超豊満な胸に沈むように埋まっている。


「ひゃっほうっ!!」


「ひゃっほう!?」


「ああいやっ、勿論さ!的な意味だよ!」


 今の言い訳は無理があったか……?エルエルは「外の文化は不思議ねぇ」と呟いている。どうやら無事にごまかせたようだ。エルエルには勘違いさせてしまったけど……






「そそそそそ、総額、金貨19800枚に……なります……」


 そうこうしているうちに鑑定は終わり、いざ査定額を聞きに来たら、受付嬢のトリスさんが挙動不審になりながら金額を口にした。目がトビウオのように泳いでいる。


「ぃぃぃぃぃいいぃぃぃちいち、いちまんきゅうしぇんはっぴゃくまひぃ!!?」


「ひゃ、ひゃい!」


 目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いた!怪物も口を大きく開けている。エルエルは反応に困っている。貨幣価値が分からないのだろう。ブジンさんとジェニは、「おおそんなにいったかぁ凄いなぁ」的なリアクションだ。


 いやなんでやねーーーん!!これだから金持ちは!!金銭感覚がおかしいんだ!!思わずジェニみたいなツッコミが出てしまったじゃないか!!


 金貨19800枚だよ!!約2万枚!!僕の給料が合わせて月金貨1枚と銀貨5枚くらい、平均的な大人の給料が金貨一枚前後くらい!僕の給料の1500年分のお金だよ!??人生30回分だよ!!?


 やべぇよ!!有り得ないよ!!山分けしても凄い数字になるよ!!


 余りのことに精神を取り乱してまくし立てるように語る僕。


「計算はやっ」


 と驚くジェニ。そこに少しは冷静さを取り戻したトリスさんが色々と説明をしてくれた。


「どれもまるで誰かが手入れしていたかのように保存状態がよく、専門家が修理せずとも使えるものが多数ありました。

 そしてこのビデオカメラ!これが今回最高額となりました!一瞬の時を切り取る写真と違い、これはなんと長時間の時をそのままに写し取ることが出来るのです!これは凄いですよ!

 軍が喉から手が出るほど欲するでしょう!そしておめでとうございます!!ブジンさんの金貨10666枚という記録を塗り替えて、最高査定額の更新です!!」


 拍手と共に清々しい笑顔でそう語るお姉さんに僕とジェニは肩を組んで喜び合った。






【余談】

アニマは元より色白で繊細な美少年であり、儚げでどこか現実離れした美しさがあった。線は細く、女の子と間違われることもあった。

だが、剣により程よく筋肉のついたアニマは、子供らしい愛嬌と容姿の美しさの中に男らしい凛々しさを感じさせるようになってきていた。

女性に人気が出るのは当然のことだったのだ。

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