第95話 抱きしめて
「そんな……ロメロもジャックもジョナスもナタリーもグリムもオットマンも……皆死んじゃったん……?」
「ああ、そうだ」
わなわなと震えるジェニにブジンさんは力なく答えた。
「アニマ、宝の山であるこのクリーチャーズマンションを何故軍隊が攻略しないか分かるか?」
「……さぁ?」
「こんな話を聞いたことがある。古い話だ。俺が生まれるよりも前、先王ムゲンリーロード様はクリーチャーズマンションのお宝を独占しようと、千人以上の軍隊を送り出した。この話がなぜ一般に知られていないと思う?」
「うーん?何か凄い物を発見したから?」
「違う。全滅だ。その後何回かに渡って千人、二千人と数を増やしながら大軍勢を派遣したそうだが、それでも誰一人として帰ってこなかった。
それで当時最高と言われていた冒険者パーティーが王命で調査に行ってな。そいつらの報告によると、第5層まではほとんど兵士の死体は無かったそうだ。そりゃそうだろ?
いくら
そいつらは屍の山と、その上で心地よさそうないびきをかいて寝ている
それ以来軍がクリーチャーズマンションを攻略することは無くなったというわけだ」
ブジンさんは語り終えると、はぁぁとため息をつき、
「俺はこの話を知っていたのに、自分たちならいけるだろうと過信した。正面から戦わず、策を弄せば決して勝てない相手ではないと……人々から最強と言われ、いつしか自分の力に
遠い目をして何を見ているのか。
「……悪魔は誰にも止められないわ」
そこにエルエルが割り込んできた。
「……あぁ……君は?」
「天使よ!エルエル・レリークヴィエ!」
「天使だと……!?……いや待て!!エルエル・レリークヴィエと言ったか!!?」
「?、えぇ」
「……信じられない……ちょっとこれを見てくれ!!研究施設のような場所で拾ったメモだ!!」
驚きに目を見開いたブジンさんは、ガサゴソと自分のリュックを漁りだすと、その中から薄いガラスのようなマジックアイテムを取り出した。
ブジンさんがそれの表面を指で軽く二回タップすると、なんとっ鮮麗な文字が浮かび上がってきた。
食獣化計画は大成功であり、大失敗でもあった。
エルエル・レリークヴィエは未知の高エネルギー生命体へと変異した。
その変異は前例に無く、隅々まで研究する価値がある。
当初の計画を破棄してでも、すぐさま捕獲すべきだった。
しかしもう一人、完全にノーマークだった男が未知の高エネルギー生命体へと変化した。
まさかあの方がと驚いたが、あの方ならと納得も出来た。
悪魔のようにとても
そして困ったことに暴れ回っている。
武器を捨てた我々では抗う手段がない。
奴は止まらぬ殺戮マシーンだ。
全く可笑しな話だ。
どこまで行っても私達は好奇心に殺されるのだな。
「
「ああ、エルエル・レリークヴィエ。確かに君の名前が書いてある!悪魔のこともだ!」
「どういうことだエルエル!?何か知っているのか!?」
僕とブジンさんと怪物は同時にエルエルを見つめる。
「それは…………うっ……うぅっ……」
何かを言おうとしたエルエルだったけど、突如苦しそうに頭を抱えだした。
「大丈夫エルエル!?」
「やめて……やめて……やめて!!お願い!!
がくがくと体が震えだし、その場にへたり込んだエルエルは、金切り声で悲痛に叫んだ。
「落ち着いて!!誰もエルエルを殺さないよ!!」
「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて――――――」
「エルエル!!」
頭を抱えて蹲り、激しく震えながらぶつぶつと「やめて」を繰り返すエルエル。
どう見ても正気を無くしている。何かに酷く怯えているようだ。僕は辛い時に抱きしめて貰ったらほっとしたことを思い出して、力強く抱きしめた。
暫く震えていたエルエルだったけど、やがてふっと力が抜けて気を失った。
「一体彼女はどうしてしまったんだ……?」
「前に僕がエルエルの過去について聞いた時に、思い出したくないことがあるって言ってた……多分これが……」
「そうか……悪いことをしてしまったな……それにしても彼女は一体何者で過去に何があったと言うのか……?」
ブジンさんは再びメモを見つめて考え込んでいる。
「エルエルのことはそっとしておいてやろう。ジェニも剣鬼も今は休息が必要だ。今日はここらで休んでいこう」
「そう……だね」
僕たちは近くの小部屋に入り、その日は休むことにした。
エルエルは僕の膝を枕にして寝ている。
気を失っているはずなのに離れようとすると「うぅ……」と悲しそうな声を漏らすから離れられないのだ。
暫くそうしていると、独りでめそめそ泣いていたジェニがふらふらと僕の所にきて、後ろから力なく抱き着いてきた。
ぽろぽろと流れる涙が僕の肩を濡らしていく。
自分が辛い時に寄りかかれる人。それは信頼の証だ。その気持ちはめちゃくちゃ嬉しい。僕もとうとうジェニにここまで信頼されるようになったんだと誇りに思うことが出来る。
できる事なら今すぐに振り向いて抱き返したい。抱きしめて、抱きしめて、ジェニの安心できる場所になりたい!
『距離を置け』でも、そうだよな。頼り頼ってばかりじゃダメなんだよな……依存するような関係じゃダメなんだよな……
「ジェニ。せっかくブジンさんに会えたんだ。泣くならブジンさんに慰めて貰っておいでよ」
「え……?」
ジェニの心底想定外だったという微かな声が、裏切られたような声が心に刺さる。
「でも……ジェニはアニマが、」
「
「え?」
「でも、
ああ情けない……僕としたことが声を張り上げてしまった……僕はもうお父さんには会えない……そのことを僕は……未だに引きずってたんだなぁ……
「……うん」
ジェニは静かに離れるとまたふらふら歩いて行き、ブジンさんにどさっと抱き着いた。
「……うぐっ……うぅ……うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁんんん…………!!」
涙を堪えようとしていたジェニは、しかし、激しく泣き出してしまった。ブジンさんはただ無言でその頭を撫でる。
「アニマ」
怪物がこっちを見ている。
「うん……分かってるよ……ちゃんと分かってる」
「そうか」
それ以上怪物は何も言わなかった。
後から気付いたけど、僕の手のひらには爪の跡が深々とついていた。
【余談】
エルエルは着の身着のままに飛び出してきたので探索道具やリュックなどは一切持っていない。
仰向けで寝ると背中の羽がクッションになって寝やすそうだなとアニマは密かに思っている。
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