第94話 運命の再開
「誰だ!?」
「皆逃げ!!…………ろ……?」
僕の叫びに被さるように、低い声が響いた。その声は大太鼓のように五臓六腑を打ちつける迫力のある声だ。そして聞き覚えのある声でもあった。
気付いた時にはジェニが剣を抜いて僕の前に飛び出してきていた。全身に殺意を
「…………オトン」
「ジェニか…………?それにアニマ……………………ウガチ…………なぜ生きている…………?」
聞き覚えのある声。白いツンツンとした短髪。鋭くキレのある薄い水色の目。岩のようにごつごつとした筋骨隆々の巨体。頬はこけ、服は汚く汗臭いが見覚えのある姿。
そこに居たのは間違いなくブジン・シャルマン。僕たちが探し求めたブジンさんだった。
「オトン!!!」
その瞬間ジェニは剣を投げ捨てて抱きつ、
パチン!
「っつ!」
「バカ娘が!!なんでこんなとこまで来ちまったんだ!!」
こうとしたその頬を、激昂したブジンさんが思いっきりビンタした。狭い通路なのでジェニはその勢いのままに壁に背中を打ちつける。
「……オトンが……帰ってこやんから……帰ってこやんから……それで……」
ジェニはぶたれた直後だと言うのに、ふらふらとブジンさんに歩み寄っていく。
ブジンさんは一瞬だけ目を見開き、嬉しさを堪え、綻びそうになる頬を必死に抑え、拳を強く握った後、
パン!もう一度ビンタの乾いた音が響いた。だがそれに先ほどの力強さはなく、ジェニは少しよろけただけだった。
「どうしてこんな危険な所に来た!!お前はまだ見習いにもなってない学生だろ!!アニマまで巻き込んで!!」
「ううぅ……」
「12歳の子供がだ!!」
ジェニの瞳からは涙がぽろぽろと流れ落ちる。それでもジェニはドサッとブジンさんの胸に飛び込んだ。
「このバカ娘が!!」
ブジンさんは再び手を振りかざし、
「
「バカ娘が……バカ…………なんで…………来ちまった…………」
振り上げた手をゆっくりと降ろしてジェニの背中を抱きしめた。
強く……ただ強く抱きしめる……ブジンさんの目尻にも涙が滲んでいた。
暫くの間二人は抱き合っていた。やがてワンワンと泣きじゃくっていたジェニが泣き止んだ頃にブジンさんは口を開いた。
「助けに来てくれた事、心より感謝する!ジェニ、アニマ、子供だと思ってたお前たちがこんなに強くなってるなんて思わなかった!それにウガチ!まさかお前にまた会えるなんてな!今日ほど嬉しい日はない!後ろのおかしな格好のお嬢さんもありがとう!」
ブジンさんはジェニを引っ付けたまま胡坐をかくと、両拳を地面につけて深々と頭を下げた。
「ああ、ジェニには負けちゃったか…………」
僕はボソッと呟き、ブジンさんに飛びついた。その瞬間どこか夢のようだったブジンさんがここにいるという事が一気に現実味を増した。
「会いたかったです………………
なんでだろう……僕まで涙が溢れてきてしまった……ジェニが余りにも嬉しそうだったからつられて泣けてきてしまったのかもしれない……
「ブジンさんがちゃんとジェニに教えていたから、ジェニがちゃんと学んでいたから、僕達はここまで来れたんです……ブジンさんのお陰です……ありがとう。本当に……無事でよかったです」
「ああ!ああ……」
ブジンさんは優しく頭を撫でてくれた。
「剣鬼……!」
「ウガチ……!」
二人は固い握手をする。二人の間にそれ以上の言葉はいらないようだ。
「アニマ!もう敬語は使うな!」
色々と落ち着くと、ブジンさんは僕に向き直った。ジェニを引っ付けたまま。
「どうしてですか?」
「敬語ってのは、相手への敬意を示す喋り方だ!だが、敬うという行為は少なからず壁を作る!アニマは俺を命がけで探しに来てくれた!命の恩人だ!俺は敬意よりも親しみを込めて喋って欲しい!」
「……分かった!そうするよ!」
僕は今、
「……カナリアにはなんて言って来た?」
ブジンさんはジェニに語りかける。
「オトン探しに行くって……飛び出してきた」
「……そうか……急いで、帰らなくちゃな」
ブジンさんは複雑な表情で笑い、ジェニの頭をそっと撫でた。
そうか、カナリアさん……きっと心配してるだろうな……
僕の母親も……心配してるだろうか……?
母親……母親……
『
そうか……そうだった……忘れてた……小さい頃母親は僕を気味悪がっている人たちを説得して回っていた……
何度でも何度でも頼み込んでいた……小さな子供にすら頭を下げていた……菓子折りもたくさん配っていた……そうだ……
「なんでこのおやつは食べちゃダメなの?」と、そんなことを聞いていた覚えがある……それはもう沢山の山のような菓子折りだ。今思えばかなりお金もかかっていただろう。
そうだ!そんな母親がお金の為だけに理不尽なことを言うはずがなかった!僕はただ、寂しかったんだ!
自分を見てくれないことが寂しくて寂しくて、目を背けてひねくれた!ちゃんと見ていなかったのは僕の方だったんだ!
冒険に行くなんてカッコつけて勝手に飛び出してバカみたいだ……きっと心配してる……
気付けば拳をギュッと握りこんでいた。
ぐぅ~~~~~~!!
その時盛大にお腹が鳴った。
「すまん!一週間ほど何も食べてないんだ!」
ブジンさんは情けなさそうに笑う。
「じゃあご飯にしよう!詳しい話はその時に」
ここはかなり奥まった場所で見通しは悪く、そうそう見つかる心配はない。僕たちはリュックを下ろすと、グレナドの実やその他の保存食を取り出した。
余程お腹が空いていたのだろう。ブジンさんはバクバクとそれらを食べていく。
「オトンこれあげる!ホンマはな、クリーチャーズマンション攻略祝いなんやけど!お守り!」
ジェニはリュックからアイオライトのブレスレットを取り出し、ブジンさんの腕に着けた。
「ありがとうジェニ!」
ブジンさんは嬉しそうにジェニの頭を撫でまわし、腕についた宝石を見ながらまたバクバクと食べだした。
「で、なんでブジンさんはこんなとこに一人で隠れてたの?他のメンバーは?一体何があったの?」
ブジンさんはごくんと口に含んだ食べ物を水で飲みこむと、ゆっくりと話し出した。
「俺以外は全滅だ……恐ろしい
「全滅……?」
「オトンまさか!?」
「探索は順調に進んでいた。特になんの危なげもなく、第5層ではかなりの収穫もあった。俺たちはほくほく顔で進んでいた。後は可能なら悪魔について調べて直ぐに帰るつもりだった。
だが第6層に入って少し進んだ頃、奴は唐突に現われた。誰も奴の接近に気づけなかった。次の瞬間にはロメロとジャックが死んだ。
二人ともランジグでも上から数えた方がいいほどの
その瞬間、チームは崩壊した。学者は腰が抜けてその場にへたり込んだ。その時には俺に「逃げて」と叫んだナタリーが死んだ。
グリムとオットマンが激昂して悪魔に斬りかかったが、ものの数秒でミンチになった。それを見たジョナスが剣を抜いた俺を後ろへ引っ張った。
ジョナスとは駆け出しの頃からの親友だった。あいつは言ったんだ。
「逃げろ!お前にはべっぴんさんの奥さんと可愛い娘がいるだろ!」って、「いいから行け!」って。俺は「死ぬな!」って最後に叫んで、ひた走った。死に物狂いに。
あいつは「俺は死なねぇよ」って、確かにそう言って俺を送り出した。いつものバカみてぇな笑顔でな。だから俺はあいつを置いて走って走って、身を隠した。ジョナスでは勝てないことは目に見えていた。だからもし悪魔が逃げた俺とジョナスを探すなら見晴らしのいい場所で待ち伏せているだろうと思った。
それから丸一日身を隠して、次の日慎重に現場を確認しに行った。ジョナスは逃げ切れたのか。他にも生き残りは居たのか。確認しないわけには行かなかったからだ。
現場には凄惨な光景が広がっていた。地面は真っ赤っかに染まって、周りの壁まで血が飛び散って、そこにジョナスが立ち尽くしていた。
ジョナスは一度も俺に嘘をついたことは無かった。だから俺はジョナスに近づいて声をかけた。だがいくら待っても返事は帰ってこなかった。
ジョナスは立ったまま心臓を貫かれて死んでいたんだ。
あいつは死んでも約束を守ろうとしたんだ。そう思った。そう思いたかった。だがそれは悪魔の罠だった。奴は狡猾で、まんまと俺はおびき寄せられたんだ。
次の瞬間には悪魔がもうすぐそこまで迫ってきていた。俺は咄嗟に剣を抜いてその猛攻を必死に躱しながら色んな建物の中を逃げ回った。
運のいいことに奴は図体がデカいせいで入り組んだ所を通れなかった。なんとかまいて痕跡を消して、辿り着いたのがこの場所だ。
奴はどこかで見張っているはずだ。俺はここから出ることが出来ずに、食料も一週間前に尽きたというわけだ」
【余談】
チームトウシンはブジンをリーダーとする超少数精鋭のチーム。
メンバーはそれぞれ多分野の専門的な知識を持っている。
ブジンも幅広くクリーチャーズマンション探索の知識を持つ。
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