第96話 悪夢とパーティーリーダー


 ――ジジ――


 ゆっさゆっさと歩いている。足の感覚が変だ。いつもより体も重いし視点も高い。でもなぜかしっくりくる。


 まるで長い年月をこの体で過ごしてきたみたいだ。いや、過ごしてきただろう?いや、何を言っているんだ?いや、何を言っている?


 建物の上から見下ろした所には十人ばかりの冒険者たちが歩いていた。男たちは屈強で、女もいい筋肉がついている。それに知性も高そうだ。


 あれはブジンさんたちだ!チームトウシンのメンバーと学者達だ!やっと会えた!探し続けてきたブジンさんに!


 おーーーい!僕だよーーー!ブジンさーーーん!


 僕は高い建物から躊躇なく飛び降りた。体が落下する感覚。でも不思議と嫌な感じはしない。


 ドォーン……


 足に着地の衝撃が伝わってくる。僕は曲げた膝を伸ばすついでに近くにいた二人の男に向かって腕を振るった。


 ブシャアアァァァ


 僕の腕は易々と二人の腹を切り裂き、臓物と血が遅れて飛び出してくる。


 え……???僕は何をしてるんだ……???目の前で、人が……人が死んだ……???


 何かを叫んでいた女に向かい、五本の爪を一つに纏めて鳩尾を貫く。肉を抉る感覚。女はそのままがくがくと震えてから動かなくなった。


 ああああアああああああアアアあああぁぁぁぁぁあああああああ゛あああ!!!なんで人を殺してるんだよおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!?


 女が死んだことに激昂した二人の男が斬りかかって来た。


 ダメだ!!来ちゃダメだ!!逃げてくれ!!


 その剣を虫でも払うかのように払い飛ばし、武器を失った二人の男をズタズタに鋭い爪で斬り裂いていく。その度に周りで見ている人たちから悲鳴が上がる。


 嫌だぁぁぁあああああああああ!!もうやめてくれえええええええぇぇぇ!!止まってくれえええええええええぇぇぇぇぇ!!


 腰を抜かして震えているだけの人たちを蟻のように踏みつぶしていく。


 嫌だ嫌だやめてくれもう殺さないでくれ止まってくれ……


 ブジンさんが剣を抜いて斬りかかろうとしてきた。


 逃げてくれブジンさん!早く!早く!!……いやいっそそのまま殺してくれ!!


 その時ブジンさんを後ろに下がらせて一人の男が出てきた。何やら話したかと思うと、ブジンさんを逃がして斬りかかって来た。


 この人にも見覚えがある。ジェニと仲良さそうに話していた人だ。僕と戦ってはいけない!ブジンさんと一緒にあなたも逃げるんだ!

 

 僕の腕は僕の意志とは関係なくその男に振るわれる。


 目を瞑りたい!でもギンギンに冴えわたっている。瞬きすることも出来そうにない。


 ガキンッ!


 だがその男は鋭い爪をなんとかうまく弾いている。


 強い!これなら僕を殺してくれる!それが出来なくても逃げてくれるかもしれない!


 僕の頬が釣り上がった。歯を剥き出しにして……嗤っているのか?


 グサッ


 その時にはもう僕の爪は男の胸に刺さり……


 そんな……気持ち悪い……嫌だ……嫌だ……嫌だ……


 心臓を爪先で掻き出し……


 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ……


 体から引き抜いて摘み潰した。


 ああアっあああ゛あ゛あぁアアアアァァあああっつつあアァああ!!!うう゛アああァアああああああぁぁぁぁっあああッッああぁぁアアアアアあああああああ!!!






「アニマ!おい!大丈夫かアニマ!?」


「う……」


 頭を押さえて起き上がると、ブジンさんががっしりと僕を掴んで揺さぶっていた。


「酷くうなされていたぞ!?何があった!?」


 ブジンさんは心配した顔で覗き込んでくる。


「…………殺した……殺したんだ…………」


「アニマ、何を言ってるんだ!?」


「ごめん…………ごめん…………」


「どうした!?気をしっかりもて!」


「ああ……あああぁぁ…………あああアっあああ゛ああぁぁぁアアごめんなざい!!!ごめんなざい!!!ごめんなざいぃぃ!!!僕を殺してください!!!殺して殺、殺し、ころうわぁぁぁぁあああああああああ!!!」


「アニマ!!……クソッダメだ!!おいウガチ、どうなってる!!?」


「分からない!だがこのままでは危険だ!一度大人しくさせよう!」


「ああ!」


「アニマ…………」


「王子…………」


 ジェニとエルエルは何もできずにただそれを見ていた。






「うっ……」


「王子!」


 目を覚ますと、エルエルに強く抱きしめられた。首に少しの痛みを感じる。どうやらかなり強引に意識を絶ったらしい。


「何があったの王子?聞かせて……ゆっくりでいいから……」


 エルエルに後ろから抱きかかえられながら座っている僕に皆の視線が集まっていた。


「…………気が付くと僕は大きな体になっていたんだ――――――」


 僕はゆっくりと、そして静かにそれを語った。


「なんでかは分からないけど…………でも……チームトウシンを襲ったのは僕だった……今もこの手に感覚が残ってる……僕が……殺したんだ……僕が……!」


 語っているうちに段々と黒い感情が溢れ出してきた。それはオーラとなって次第に僕の体全体を覆っていく。


「アニマ…………!」


 ブジンさんの側で話を聞いていたジェニが立ち上がって僕の方へ来ようとして、


「大丈夫。王子はそんなことしないわ。私は知っているもの」


 ぎゅっとエルエルが背中の翼も使って僕を温かく包み込んだ。


「でも確かにあれは僕だった!」


「ただの悪い夢よ。きっと……」


「違う……夢なんかじゃ……」


「そうだぞアニマ!お前はその時第3層にいたんだろう!?どう考えても有り得ない話だ!……夢に見てしまうとは、余程俺の話がショックだったんだろう……悪いことをした。子供に聞かせる話ではなかったな……」


 ブジンさんも申し訳なさそうに謝った。


「…………そう……なのかな……」


 釈然としない……モヤモヤが晴れない……本当にただの悪夢で片付けてしまってもいいのだろうか……?


「もう大丈夫よ王子……大丈夫……王子には私が付いているからね……」


 温かい……エルエルは優しく包み込んだまま頭を撫でてくれる……黒いオーラも気が付けばどこかへと霧散していた。


「あっ……」


 ジェニは伸ばそうとした腕を引っ込めてそのまま座り込んだ。






「そう言えば王子が寝ている間に悪魔を見つけたわよ!ねっ、ジェニちゃん!」


 一段落ついた後、思い出したようにエルエルが言った。


「え?」


「そ、そうやで!アニマ起きるまで近くの見回りしようと思って双眼鏡片手にオトンと歩いとったら偶然見つけたんや!」


 突然話を振られたジェニは、だがハイテンションで説明を開始する。


「ええ!?大丈夫なの!?襲われなかった!?」


「大丈夫大丈夫!めっちゃ遠くにおったから!」


 大袈裟なまでのジェスチャーが、僕にはどこか空元気のように見えた。


「ど、どこに居たの……?」


「管理棟よ王子!」


「そう!最初に見た転移紋のある建物!そん中でぐーすか寝とったで!なんか寝とんのにめっちゃヤバかった……」


「そうなんだ……」


「奴は恐ろしく狡猾だ。あそこからは広い一本道が続いていて見晴らしがいいし、俺たちは必ずあの建物に入らなければならない。入り口に居座られたんじゃどうしようもない」


「なるほど……敵ながら無駄のない行動だね……一体どうすれば……?」


!」


 考え込む僕にエルエルがドヤ顔で言い放った。周りのみんなは驚いていない。恐らくもう話し合った後なのだろう。


「実は管理棟には誰も知らない隠し通路があるのよ!そこを通って行けば一階を通らずに二階まで行けるわ!転移紋があるのは二階の大扉の中!悪魔は気付かずにネズミを捕り逃すでしょうね!」


「確かにそれなら大丈夫そうだね……」


「でも気を付けて!一階と二階は吹き抜けになっているの!そして大扉は大階段を登ったすぐ側!もし悪魔に気付かれてしまったら逃げ場はないわ!」


「一か八かか……でも成功率は決して低くないね……少なくとも悪魔がそこから移動することを願うよりかは現実的だと思う」


 エルエルの話では悪魔は数か月寝続けることもあるらしい。持っている食料も後数日分しかないし、とても待ってはいられない。


「ここまで話した所で王子が起きるのを待っていたの!王子の意見を聞きたくて!」


「……僕の?」


「だって私たちのパーティーリーダーは王子だもん!」


「僕がパーティーリーダー!?」


「ええ!」


「い、いつ決まったの!?」


「知らないわ!でも皆王子の事を認めているのよ!」


「そうだアニマ。もっと自信を持て。お前はこの中の誰よりも状況判断能力に優れている」


「そやで!アニマは頭ええんやから!ブレインやから!」


 怪物もジェニも温かい言葉をくれる。特にジェニは元気いっぱいのジェスチャーもりもりだ。


「でもブジンさんの方が僕より適任なんじゃ!?」


「チームトウシンのパーティーリーダーとしてのブジン・シャルマンはもう死んだ。ここはアニマのチームだ。俺はチームの一員としてその考えを聞きたい」


 僕のチーム……僕の考えか…………なんだろうこの気持ち……


「取り敢えず情報を共有しよう」


 僕は第6層を知るエルエルと、悪魔の発見者であるジェニと、悪魔と対峙したことのあるブジンさんと、第3層でサバイバルをしてきた怪物、皆と話し合って深く考証した。


「……ダクトを通って行く……問題はダクト出口から二階の通路までの足場の悪さ……加えて出口は丁度悪魔の真上に当たると……」


 より詳しく、正確に。お互いの知識や経験を混ぜることで更に緻密に計画を練っていく。


「道は見えた……」


「うん!」


「ええ!」


「ああ!」


「うむ!」


 僕の呟きに、皆それぞれの言葉で短く答える。その顔は決意とやる気に満ちている。


「良し!行こう!!」


「「「「おおおおおおおおお!!!」」」」


 拳を天に振り上げると、皆も一様に振り上げる。五つの拳が小さな部屋の中で並んでいた。


 絶対に起こしてはならない隠密作戦、ここに開幕だ!!






【余談】

悪魔は不老である。

悪魔は狡猾である。

悪魔は残忍である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る