第90話 酒と理性と本心


 うわっにっが!こんなの飲めたもんじゃないよ!


「思ったよりいけるね……超年代物を感じさせる良い風味だよ……」


「うぇぇ……苦いぃぃ」


 それぞれのリュックからテーブルの上に紅熊の肉や消費期限の切れそうな保存食を取り出し、小さな机の上に所狭しと並べられた。


「……美味いな……」


「ほふぅぅぅ」


 初めての酒の味に皆それぞれの反応を示す。


「あはは!タンが赤ちゃんなジェニにはまだ早いかもね!」


「なにをぉぉおお!?こんくらい楽勝やわ!」


 子供舌のジェニをからかってやると、グラスを一気に傾けて中身を全部飲み切ってしまった。


「ちょっとジェニ!そんなに一気に飲んだら―――」


「ひっく!あははははははは!ほれみぃ!ジェニに出来やん事なんかないんやぁ!」


「あらら……」


「はっはっは!アニマ、強がりはよせ!」


 怪物がえらく上機嫌だ。


「つっ強がってなんかないよ!」


「いいんだ。子供に酒の美味さは分からないほうがいい」


「どうして?」


「酒など無くても子供は素直だからだ」


 それになんの関係が?


 怪物は手に持ったワイングラスを回し、更に一口飲む。


「酒自体は決して美味い物ではない。むしろ不味い。正直アニマもそう思っただろう?」


「……うん」


「大人と言うのは素直とは真逆の生き物だ。自分にも他人にも嘘をつき、感情を抑圧し、ストレスの溜まる日々を過ごす。だがストレスを抱えたままじゃ生き苦しいだろう?どこかで発散して気持ちよくなりたいだろう?」


「あっなるほどそれが、」


「そう、それが酒だ。酒を飲むことがストレス発散になる。ストレス発散は気持ちが良い。――酒を飲むと気持ちが良い。脳が勝手に酒は美味いと勘違いするんだ。酒を美味いと感じるという事はそれだけ生き苦しいという事だ」


「……じゃあ怪物も生き苦しいの?」


「ふふっどうだろうな」


 怪物はまた一口ワインを飲んだ。


「けぷっ」


 余程代謝がいいのか、ジェニの頬はもう真っ赤っかに染まっている。というか全身の肌が赤みを帯びている。元が白いから凄いギャップだ。


「アニマぁアニマぁ!これ食べなよぉ!ほらっ、あーんって!」


「むぐっ!」


 ジェニはふらふらとした足取りのまま机の上の肉にフォークを突き刺すと、暗殺者の如く機敏な動きで僕の口の中にそれを突っ込んできた。


「あはははははははははははは!!おいしい?もっと食べたい?ジェニがもっと食べさしたるからな!」


 ごく。


「なになに!?どういうこと!?んむぐっ!」


「ほらほらもっと!」


 ジェニは次々と食べ物を僕の口に無理矢理押し入れる。


「ひょっとはっへ!(ちょっと待って!)」


「ハムスターみたい!あはははははははははははは!!」


 まさかそれをジェニに言われる日が来るとは……


「え~?アニマぁ~上手く飲み込めやんの~?」


 机の上に置いてあるグラスを僕の口まで持ってきて、


「ほらっ水分!あはははははははははははは!」


 口の中に残っていた食べ物と一緒にワインをゴクッと一気に飲み込んだ。


 喉が熱い。芯から体があったまっていく。


「いじめか!」


 あははと笑うジェニにツッコミを入れる。


「いじめちゃうよぉ~。美味いもん食ったら皆ハッピーやろぉ?ほらっあーんして?」


 なるほど。誰よりも食い意地の張っているジェニだ。いくら酔っているとはいえおかしな行動だと思ったけどそういう事だったのか。


 きっとジェニなりの優しさなんだろうな。ちょっと酔っぱらって加減が分からなくなってるだけで。


 そう思ったらジェニのことが途端にかわいく見えてきた。


「あはははははははははははは!アニマ変な顔~!あはははははははははははは!」


「笑い袋か」


「笑い袋笑い袋~あはははははははははははは!ジェニもそれどっかで言ったであはははははははははははは!」


「だめだこれ」


 何がおかしいのか、なんでもない事にすら爆笑する。


 遺物を手にとっては「どやって使うねん!」と一人でツッコミを入れて爆笑している。


「ぷぷっなんだそれ!」


 楽しそうなジェニの姿に僕も次第に可笑しくなって、エルエルも怪物も一緒になって笑っていた。






 スピー……スピー……


「もう寝ちゃったね……眩しくてしょうがないよ」


 よっぽど疲れていたのだろう。ジェニはひとしきり騒いだらあっという間に眠ってしまった。


 幸せそうな寝顔を近くで見ながら静かにワイングラスを傾ける。ぶえぇぇにっがぁ!……でも何でかやめられない……


「王子……私ね、今凄く幸せなの」


 薄っすらと頬を赤く染めたエルエルは、落ち着いた雰囲気で話し始めた。


「ずっと退屈だったわ……来る日も来る日も変わらない毎日。独りぼっちのままいつか寿命で死ぬんだわって思ってたら何年たっても私は歳を取らなかった……」


 そう言いながら僕の隣に腰かける。


「でも王子にまた会えるって思ったらそんな日々は辛くは無かった……いつ会えるんだろう?ってドキドキしながら誰もいなくなった町を歩き回ったわ……

 でもね、やっぱりたまには寂しくなることもあったの……自分の知ってる建物が崩れて行ったりするとどうしてもね……

 冒険者を助けてあげたこともあったわ……皆私を珍しがって捕まえようとしたけどね……心配しないで!背中の翼でひとっ飛びよ!だって私天使だもん!」


「空を飛べるなんて羨ましい」


「ふふっそうね……私も小さい頃はいつもそう思っていたわ……鳥のように大空を飛び回ってみたい!ってね…………」


 エルエルは上を向いた。低い天井に何を見ているのだろうか?


「でも実際翼はあっても碌に飛べないのよこれが!」


「どうして?」


「重いのよ」


「体重が?」


「あっ違う違う!別に私は太ってないわよ!本当よ!」


 僕がじーっと見ていると、「え?太ってないわよね!?」と言いながら自分の体をせわしなく触る。


「どう見ても重そうなものがついてるんだよなぁ」


 あれ?僕も酔ってるのかな?つい思ったことが口からぽろっとこぼれ出てしまった。


 エルエルが動くたびにローブでは隠し切れない程の大きさのスイカがプルンと揺れる。


「お、重くないわよ!ほらっ!」


 慌てたエルエルが僕の手を取って自分のお腹を触らせる。


「おお!」


 ジェニのようにアスリート体系なのではなく、筋肉は感じられない。なんせ凄く柔らかい。でも太っているわけじゃない。


「ね?ね?」


「うん」


「とっ鳥はね、人と違って凄く軽量化されてるの!翼を動かす胸筋以外無駄をそぎ落としてるのよ!だからこの体のままじゃ短時間しか飛べないって事なの!私が重いわけじゃないの!」


 なおもきょどり続けるエルエルを「分かった分かった」と言って落ち着かせる。


「エルエルは可愛いね」


 ぼふっ


「僕よりもずっとずっと年上なのに、なんだかそこまで歳が離れてないみたい。会ったばかりなのに凄く落ち着く。このままずっと一緒に居れたらいいのに――」


 元から赤かった顔を更に赤くするエルエル。


「私も……ずっと一緒に居たい」


「じゃあ仲間になってよ!一緒にクリーチャーズマンションを攻略しよう!」


 「ぁ……」エルエルは何かを言いたそうにこっちをじっと見つめて、「ぅ……」悲しそうな顔で下を向いた。


「私は……外には行けないの……」


「それは……どうして……?」


 「それは……」それでも何かを伝えたいのだろう。「私……」でもエルエルはまた下を向いてしまう。


「王子……ここで一緒に暮らそうよ」


「え?」


「……そうよ!ずっと夢見てきたの!二人一緒に目を覚まして、二人で朝ご飯を食べて、二人で町を散歩して、二人でお昼ご飯を食べて、二人で昼寝して、二人で遊んで、二人で晩御飯を食べて、二人でお話して、二人で眠るの!」


「ごめんエルエル……ここで暮らすことは出来ないよ」


「ずっとずっと夢見てきたのよ!ずっと!ジェニちゃんと怪物もいてくれたらもっと楽しいわね!今日みたいにいつまでも笑って暮らしていけるわ!きっと毎日が幸せになるわよ!」


「僕たちはブジンさんを探す為に来たんだ……そうだエルエル、ブジンさん知らない?背が高くて髪の毛が白くて短髪で、あっジェニのお父さんなんだけど、こう、筋肉モリモリマッチョマンで――」


 僕はブジンさんの特徴をあれこれと話したが「ごめんなさい」とエルエルは申し訳なさそうに謝るだけだった。


「……きっと楽しいわよ!きっと……」


 エルエルはその綺麗な青い目の端に涙を浮かべて身を震わせる。


「うん……でも行かなきゃ」


 ぎゅっ


!!」


 ジェニの眠るベッドの端に腰かける僕に、同じく腰かけながらエルエルが抱き着いてきた。


!!」


 エルエルの話には分からない所がいっぱいある。何千年と前から生きているエルエルに一体いつ出会ったと言うのだろう?


 なんで僕のことをここまで想ってくれるのだろう?


 分からない……頭がぐるぐるする……でも、エルエルの涙が僕の心に刺さる。とても嘘をついているようには見えない……


 なんで外にいけないのだろう……?


「……エルエルの力が皆に知られてしまったら悪い人に狙われるかもしれない」


 またしても考えがぽろっと口に出た。


「……そうね」


 僕に顔を埋めたまま籠った声で返事をする。


 暫しの沈黙の後、エルエルは僕の膝を枕にして寝転がった。腕は僕のことを抱きしめて離さない。


「王子……せめて明日までは……このままでいさせて……」


 エルエルも相当疲れていたのだろう。


 そのまま寝息をたてだした。涙に少しだけ目を腫らしたその寝顔は、ため息が出るくらいに綺麗だった。






【余談】

一週間ほど更新できてませんでしたが、昔初めて書いた短編小説の続きを書いていました。

半分書いた所で止まってたんですが久しぶりに読み返してみたら面白かったので最後まで書きました。

下ネタが苦手な人は注意してください。

以下リンクです!興味がある人はぜひ読んでみて下さい!

『オタクがアイドルに変身魔法で。』

https://ncode.syosetu.com/n2670gj/

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