第89話 クリーチャーズマンション
「待ってくれエルエル!魂を操ると言ったな……その力があれば死んだ人間を生き返らせることが出来るんじゃないのか!?」
僕たちが
「ごめんなさい……
エルエルは力になれない事を心底残念そうにしている。怪物の一言から大切な人を亡くしたと察したのだろう。
「でもその癒しの力は本物だ!加えて老いることなく数千年を生きている!頼む!俺に不老不死の秘法を教えてくれ!!」
だが怪物は本気だ。ようやく見えた希望の尻尾を必死に掴もうとしている。
「ダメよ……教えられない……」
「なぜだ!?エルエルは手にしているじゃないか!?」
「言えない……言いたくない……
エルエルは下を向き、もの悲し気にそう言った。
その言葉にはいったいどれほどの想いが込められているのだろうか?数千年の想いなど、僕には分かりそうにない。
「かつての仲間たちとの約束なんだ!頼む!」
「ダメよ。人類は滅びたの。一人もいないのよ……あっ一人だけいるんだったわ!」
なおも食らいつこうする怪物に、それでもダメというエルエルだったが、最後に僕の方を見た。
「やっぱり王子は特別なのね!」
「詳しい理由は分からないけど」と続けながら、エルエルは僕の顔をまじまじと見つめてくる。
「そうか……
僕は自分の事に精一杯で、怪物がぼそりと呟いた言葉を理解しようとせずにすぐさま脳の片隅に追いやった。
「純粋な人間……」
ジェニも必死に頭を働かせているようだ。
「エルエルはずっとここに住んどるっていっとったよな?このダンジョンに」
「どうしてあなたたち冒険者はここをダンジョンって言うの?ここはそんなファンタジーな所じゃないわよ?」
「えダンジョンちゃうん?」
え?ダンジョンじゃない?
「ここは人類最後の希望の砦―――」
疑問を浮かべるジェニにエルエルは身振り手振りを加えて話す。
「1層には地中の生物が、2層には海の生物が、3層には森の生物が、4層には平原の生物が、5層には人間が暮す……
「「生物の集合住宅地……?」」
僕とジェニは二人そろって小首を傾げる。
「ちょっと待って!?ここがダンジョンじゃないってんなら、ここで使われている魔法の数々はなんだって言うんだよ!?ファンタジーそのものじゃないか!?」
「いいえ、これは科学よ!」
「科学!?それこそ有り得ないよ!だってここには閉鎖空間なのに空気がある!空がある!朝も夜も
「そうよ!昔、こんな格言を聞いたわ!
「そんな……ジェニたちはずっと魔法やって信じてきて……マジックアイテムだって!」
「それも全て人が科学によって作り出したものよ。魔法なんてファンタジーなものは存在しないわ」
エルエルの言葉に項垂れるジェニ。
「ははははははははははははは!!凄いよジェニ!!」
「うわっびっくりした!!何急に!?何が凄いん!?」
突然笑い出した僕に、ジェニが驚いて後ろに飛びのく。だがすぐに何が何がと聞いてきた。
「これが科学ならいつか僕らにも再現できるってことだよ!!夢が広がるね!!ははははははは!!」
「そ……そうや……そうや!!ならいつかお月様に行くことだって!!」
「うん!!出来るよ!!少なくとも不可能ではないことは分かったんだ!!」
テンションが上がった僕たちはやったやったと飛び跳ねる。
ジェニの夢が荒唐無稽なものから実現可能なものへと変わったんだ!これは凄いことだ!
なら僕たちの夢が叶う日だっていつかきっと――――――
「エルエル!もっと色々教えてよ!僕たち、もっともっと知りたいんだ!」
「いいわよ!王子の役に立てるならいくらでも答えるわ!何でも聞いてね!」
テンションの上がった僕がその勢いのままに言うと、エルエルも嬉しそうにそう言ってくれた。
「じゃあエルエルのこと、もっと聞かせてよ!」
本当は今すぐにでも自分の事を聞きたい。だが、せっかく好意で説明してくれているのに自分の事ばかり聞いていては嫌な奴と思われるかもしれない。
なんだかんだ言っても人っていう生き物は自分の事を他人に話すのが好きだ。承認欲求のようなものだろうか?少なくとも自己中よりかは聞き上手の方が好まれる。
まぁエルエルは人間じゃないんだけど……
「いきなり私のこと!?」
驚いたエルエルは「そ、そうね……王子と私の仲だものね……いやそれはまだ違うんだった……でも私のことが気になるってことは……運命レベルで繋がってる……!?」独り言をぶつぶつと言っていたかと思うと、頬に手を当ててくねくねしだした。そして、
「私はここで生まれ育ったのよ!両親は教会の神父をしていたわ!当時はこの町いっぱいに人が暮していたのよ!とても賑やかだったわ――――――」
嬉しそうに語りだした。更に「これは……今話すべきじゃなさそうね……」と前置きしてから、
「
それからはクリーチャーズマンションを出ていくわけにもいかないし、この町で隠れ住みながらたまに4層に食べ物を採りに行ったりして静かに暮らしてきたわ」
「その事件って言うのは……?」
「聞かないで……思い出したくない事なの……」
しまった。触れてはいけない所に触れてしまったようだ。
少し気まずい空気になってしまい、ジェニがどうしたものかと視線をキョロキョロさせる。
「あっ」
何かを発見したのかジェニはテテテと走っていき、
「見てこれ!酒やで!酒!」
その手に一本のワインボトルを抱えて帰って来た。それはかなり古いが丁寧に包装されていた。
「エルエル!これ飲んでええ!?ええ!?」
「え!?でもジェニちゃんどう見たって未成年……」
「ええええええ~!!ええやろ~!?そんなケチな事言わんとさぁ~!!ジェニ一回も飲んだことないもん!!一回くらいええやろ~!?アニマも飲みたいよなぁ!?」
ジェニはエルエルのローブを掴んでゆさゆさと揺さぶり、「ちょっと、服が伸びちゃうわ」とエルエルがジェニに困った顔を向ける。
「飲んでみたい……」
そうだよ!いつも大人たちばかり楽しそうにお酒を飲んでさ!僕達子供には飲むな飲むなって説得力の欠片もない!
いけない事だって言われても目の前でそんなに楽しそうに飲まれちゃ、僕達だって飲みたくなるってもんさ!
「そうね!王子がそう言うんだったらいいわよ!ずっと残しておいても私ひとりじゃ飲まないし、確かに飲むなら今ね!」
「ええんかい!なんかアニマにだけ甘ない!?」
そんなジェニのツッコミは「早速開けちゃいましょう!」と言うエルエルの元気な声にかき消される。
「驚いた……数千年もののワインか……美味そうだな……」
あっ!そう言えばここには怪物がいるんだった!真面目な怪物の事だ、きっと止めてくるに違いない!
「ねぇねぇ怪物……飲んでもいいよね……?」
僕はおねだりするように怪物を下から見上げる。
「ああ、いいぞ」
「え?マジで?」
「
「やったぁぁぁぁああああああああ!!」
喜び飛び跳ねる僕の頭を、怪物が愛おしそうに優しく撫でる。物々しい包帯を取って不気味さが無くなった怪物からは、ただひたすらに優しさしか感じない。
「少しだけな」
そう言って幸せそうに微笑むのだ。
そうこうしている間にエルエルが奥からグラスを人数分取り出してきた。綺麗な布できゅきゅっと拭いてからそれをテーブルの上に置く。
ポンッ!
そんな気持ちのいい音と共にコルクが抜ける。コココと音を立てながら、一人用の小さなテーブルの上に置かれたグラスの中に赤い液体が注がれていく。
ブドウの匂いと共に、居酒屋で嗅ぎなれたアルコールの匂いが漂ってきた。
「それじゃあ皆持ったわね!?」
「うん!」
「持ったで!」
「ああ」
なれないワイングラスの形にすらも興奮して、ソワソワとエルエルの言葉の続きを待つ。
「私たちの出会いを祝して!かんぱーい!!」
「「かんぱーい!!!」」
「乾杯!」
チンッ
勢いよくエルエルが掲げたグラスに、元気よく自分のグラスを合わせた。
天に掲げた4つのグラスが、光に照らされて揺れる。
楽しい!楽しい!まだ一口も飲んでいないのに、皆の心が一つになったみたいでテンションが上がる!
この時僕は、僕が旧人類の生き残りかも知れないという事をすっかり忘れていた。
【余談】
時代や文化の変化と共にルールもまた変化する。
昔の日本では15歳で飲酒可能だった。
だが現在日本では20歳未満の飲酒は禁止されているので、今を生きる人間としてルールはしっかりと守るべきだろう。
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