第87話 天使①
辺りはすっかり夜になり、雲の切れ間から月明かりが覗いている。
松明と光の精霊のランタンで光源はあるものの、闇はそう簡単に払拭できるものではなかった。
ぐぅ~
ゆらゆらと松明の明かりに照らされた三人の顔。
そのうちの二つは僕を見ていた。
かぁ~
ちょっといい雰囲気だったのに、それをぶち壊したのは僕のお腹だった。
そう言えば、第4層から何も食べてなかった。それは怪物もジェニも同じことで、二人は小さく笑うと、
「そういや腹減ったなぁ~」
「日も落ちてしまった。今日はどこか寝られる場所を探そう」
「……うん」
なんだかやけにこっぱずかしくて、二人から視線を外して服の裾を掴む。
その時、逃げ場として選んだ虚空の先に僅かな違和感を感じた。
「ジェニ!怪物!何か来る!」
僕の言葉に、二人は直ぐに警戒態勢に移行する。自分で言うのもなんだけど、二人にはこれまで何度も危機を知らせてきた。
だからこそ二人も何も疑わずに行動に移してくれる。
(……じぃ~……お……じぃ~……)
「なんか言っとんな……」
それは暗闇の中を真っ直ぐにこちらへかけてくる。何かを大声で言いながら、とたとたと走ってくる。
「お~じぃ~~~!!」
おーじー?なんだそれ?
ふと疑問に思った瞬間にジェニが光の精霊のランタンを向けた。
サラサラと揺れる長い金の髪が、その光に照らされて綺麗に輝く。ゆったりとした白いローブの上からでも分かる程の巨乳が、走るたびにばいんばいんと揺れている。
映し出された顔は、パッと見ただけで誰もが釘付けになってしまうほどの美貌で、目にかからない長さで綺麗に整えられている前髪もあっちゃこっちゃに戯れていた。
「きゃぶし!」と空の青を思い出させる味わい深い碧眼をぎゅっとしかめて、それでも手を大きくこちらに振りながら走ってくる。
その瞳を縁取る金色のまつげは美しいカールを描き、頬はうら若き乙女らしく薄っすらと朱に染まっている。
「おうじ~!!」
「女の子や!」
その姿を認めてジェニは解きかけていた警戒を完全に解いた。
「ジェニ!!人間じゃない!!」
その女の子は見た目は人間だ。声も鈴のように美しい。
だがオーラがおかしい。純白だ。一切混ざり気のない、完全なる白。それに大きさが規格外だ。その魂にどれほどのエネルギーを秘めているか分かったもんじゃない。
それも白過ぎるせいで輪郭がぼやけて上手く全体像が掴めない。
極めつけは背中に生えたふさふさとした大きな白翼だ。肩のあたりから膝まで伸びている。
敵意は感じられないけど、全く得体が知れない……
なんだよあれ……?
「王子!!」
どさっ
その女の子はあっけにとられる僕にいきなり飛びついてきた。
「やっと会えたぁ!!」
「ワァァッッツ!!?」
どういうこと!?
「こやつは
「
動揺してわけわからない喋り方になるジェニに怪物がツッコミを入れる。
「ずっと会いたかったわ!!ずっと!!」
嬉しそうに抱き着いて頬をすりすりしてくる。有り得ないほどいい香りがする。金木犀のような香りのするジェニと違って色んな果実を贅沢に詰め込んだような甘い香りだ。
「いやマジで誰!?」
頭には光を反射して黄金に輝く輪っかがある。
「私よ王子!!エルエル!!エルエル・レリークヴィエ!!」
目の端には涙を浮かべ、至近距離から僕の顔を愛おしそうに見つめてくる。
「驚いたよね!?
えへっと笑いながらもどこか複雑な顔をするエルエル。
「どういう事だアニマ……知り合いなのか……?」
怪物が驚きを隠せないとばかりに聞いてくる。
「天使の知り合いなんていないよ!!」
なんでこの子はこんなに嬉しそうなの?
にしても可愛いな……どっちかって言うと綺麗系か……?いや、可愛いと綺麗の良いとこどりの綺麗系だ……
歳は見た感じ15歳前後ってところかな……
ジェニも驚いているのか、さっきから大口を開けてこっちをがん見している。
「私ね、あれからずっと王子の事ばかり考えてたのよ!!」
エルエルは本当に嬉しそうに涙を浮かべる。
「そもそも僕王子じゃないし、しがない一般市民だし、平々凡々庶々民々さ」
だが王子というのが引っ掛かる。僕は庶民だよ?
「いいえ、王子は王子よ!!
だがエルエルはきっぱりと言い切った。とても嘘をついているようには見えないし、天使が嘘をつくわけないしな……もしかしたら本当の事を言っているのかもしれない……
「そっか……僕って王子だったんだ……天使が会いに来たってことは、僕そろそろ天国へ連れていかれちゃうのかな……?」
「アニマ!?この子の言う事信じるん!?」
悟りを開いた僕にジェニがびっくりして、
「信じるも何も天国になんか連れてかないし連れてけないわよ!!死んだら私が許さないわ!!」
大事な人形を離さないとばかりに僕をギュッと抱きしめて、そこに更にエルエルが言葉を被せた。
おかしい……
記憶のどこを探っても、エルエルと名乗るこの美しい天使に会った覚えなどこれっぽっちもない、かすりもしない……
なのにエルエルは僕のことを昔から知っているように見える……
一体どういうことだ?
!!
その時、視界の端の建物の裏に、
「静かに!!話は後だ!!あの建物の裏に複数の
少し声を抑えて、
「分かった!」
「了解だ」
ジェニと怪物は瞬時に頷き、僕の指示を待つと同時に、周囲を警戒しつつ状況を整理する。
「問題はこの暗闇の中どこに逃げるかだよ……」
闇雲に逃げても更なる危険を呼び込むだけだ。
僕がそう言うと、
「なら私の隠れ家に案内するわ!クリーチャーは滅多に近づいてこないから丁度いいわよ」
エルエルがまるで友達を家に招待するかのようなテンションでそう言った。
「どうするんだアニマ?」
怪物が僕に判断を委ねてくる。ジェニも同様にこちらを見ている。
二人はこの天使を信用していいのか?と言外に言っている。
「行こう!悪い存在には見えないよ!」
「エルエル!案内よろしく!」
僕の言葉に頷くと、ジェニはエルエルに手を差し出した。そして硬い握手と同時に走り出す。
(ごにょごにょごにょ……)
その時小さく耳打ちしていたようだが、何を言っていたのかまでは聞き取れなかった。
怪物と僕もエルエルの案内に従って、夜の廃都市を走り回った。
「ここよ!ようこそわが家へ!」
比較的状態の良かった建物の階段を登っていくと、エルエルは両手を広げて嬉しそうに微笑んだ。
扉を開けて中に入ると、外からは分からなかったが光が充満していた。
「すごーい!きれーい!」
ジェニは無邪気にその光景に心を躍らせている。
「わぁ……女の子の部屋だ……」
部屋の中はありとあらゆる小物で彩られていて、煌びやかな印象を受ける。
センスのいいインテリアの数々は恐らく全てが遺物だろう。
薄っすらと残っている甘い匂いも、ここがクリーチャーズマンションの中だという事を忘れさせる。
「……」
怪物は女の子の部屋というものに入ったことがないのだろう。自らの恵体がインテリアと調和を壊してしまわないように、身を縮こませ恐る恐るといった感じに静かに色んなものを観察している。
確かに怪物の隠れ家は質素な造りだった。怪物からしたら、この部屋は驚きで溢れているのだろう。
「どう?凄い?
目に付くもの全てが新鮮で片っ端から見入っていると、エルエルが話しかけてきた。
「僕に見せるために?」
なんで?エルエルはいったい僕の何を知っているというのだろうか?
「そうよ!気に入ったものがあればなんでも持って行っていいわよ!」
だが謎に満ちたエルエルからは、純粋な善意というか好意みたいなものしか感じ取れない。
「マジで!?」
そこに食いついてきたのはジェニだ。
「ええ。本当に見せたかったものはほとんど朽ちてしまって、残っているのは私には必要のない物ばかりだから」
そういって微笑んだエルエルだったが、その笑顔の裏にはどこか陰りのようなものが感じられた。
「やっふーーー!!お宝探しやーーー!!」
ジェニは全力で喜ぶと「アニマと怪物も探そに!」と僕らを半ば強引に宝探しへと参加させた。
部屋にはありとあらゆる遺物があって、ジェニは目を輝かせながら気に入った物をリュックにしまっていく。
墨もなしに書き続けられる筆。数字が勝手に動いていく時計。無限の火打石。
それらを見ていると、エルエルが色々持ってきては解説をしてくれた。
「これはビデオカメラ!色んな映像を撮れるのよ!レトロだけど、一度も使っていないからまだまだ撮れるはずだわ!」
箱形のからくりを手に持ってそう言った。
「これは裁縫セットね!残念ながら糸はもう残ってないけれど」
恐ろしく精密な針やハサミが内包された箱だ。僕の知る裁縫道具とは格が違う。
「これは電池よ!これがないと電化製品は動かないわね。充電設備は崩れてしまってもうほとんど使えないし――――――」
小さな四角い箱を手に持って説明してくれるが、電化製品?充電設備?分からない単語がいっぱいだ。
「良く分からないけど凄いよ!ありがとうエルエル!」
それらをジェニのリュックにしまいながらエルエルにお礼を言う。
「王子、本当に見たことない?これらが何か分からない?」
だがエルエルは何かに焦っているようにそう聞いてきた。
「いや?僕は知らないよ?遺物とかはジェニの方が詳しいけど」
「ジェニもそのでんち?とかは知らんかったなぁ」
僕は知らないのでジェニに話を振るが、ジェニも知らないそうだ。逆に興味津々でそれらを見ている。
「そっか……
疑問を浮かべる僕に、エルエルはどこか悲しそうな悟ったような声でそう言った。
【余談】
女性キャラの容姿指標。
サッキュン……地元のアイドルレベル。
ジェニ……世界的に有名な女優レベル。
エルエル……人類の枠を超えたファンタジーなレベル。
あくまで客観的な指標なので、アニマ目線ではジェニが一番魅力的に見えている。
だがアニマにとって女性の容姿は本人の魅力を語る上で第一に優先されるものではない。
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