第85話 怪物と呼ばれた男⑦


「ウガチくんウガチくん!ウガチくんのお陰で二人きりで会話することが出来ました!一歩前進です!」


 昼はアイシャに興奮交じりに報告され、


「ウガチ!今日はなんかアイシャといい感じにいい感じだったんだぜ!」


 夜はアンドリューに自慢され、


「ウガチくんウガチくん!今日はなんと彼女がいるか聞いちゃいました!今はお付き合いしている女性は居ないそうです!」


 次の日またアイシャに進捗を報告され、


「ウガチ!アイシャに彼女がいないか聞かれたぜ!?絶対俺に気があるだろ!?」


 更にその夜アンドリューに惚気られる。


 好きな人と親友の間で板挟みにされたウガチは、なんとも言えない複雑な心境を味わっていた。






「出来た……出来ちまった……とうとう出来ちまったぞ準備が!!遂に明後日からクリーチャーズマンション攻略だ!!」


「「おおおおおおおお!!」」


「前々夜祭だ!!今日はしこたま飲むぞ!!」


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 リーダーであるアンドリューの音頭で宴は始まった。


「あいつら遂にクリーチャーズマンションに挑むらしいぜ?」


「一時血染まりの巨人と恐れられたウガチさんまでいるんだ!案外簡単に攻略しちまうかもな!」


「ちげぇねぇ」


「あの3バカも頭はあれだが実力はかなりのもんだしな」


「こりゃまじであるかもな!」


「俺たち全員からの前祝いだ!!今日の酒代は気にするな!!命知らずのバカ共に、乾杯!!」


 周りで飲んでいた冒険者たちの一人が立ち上がってそう言うと、


「「「乾杯!!」」」


「頑張れよ!!」


「俺は信じてるぜ!!」


「期待してるからな!!」


「帰ってきたら中のこと教えてくれよ!!」


 皆一斉にジョッキを空にして、口々に激励を飛ばす。


「これが冒険者流か……」


「楽しいだろ!?今日ばっかりは、はめ外して暴れようぜ!!」


 田舎では決して見られない光景を見て心を躍らすウガチに、アンドリューがいたずらに笑う。


「ああ!」


 荒々しい冒険者なりの心からの送り出し。生還率は2パーセント未満。それが分かっているからこそ、最後は楽しく送り出すのだ。


「乾杯!!」


 有望で慕われるパーティーである程、宴の規模は増すという。


 テンションの天元突破した面々は碌に親交が無くとも肩を組んで踊り歌う。テーブルは一発芸の舞台と化し、湯水の如く酒が消費されていく。


 笑い声の絶えないそれは朝まで行われた。






「く、苦しい……ここがクリーチャーズマンションか……!」


 準備は万端。士気も高い。


 パーティー全員が20歳を超えているだけあって、パニックにもなりにくい。


「始まった」


 姿無きフェニックスはこうして順風満帆なスタートを切った。


 ウガチは年甲斐もなくワクワクと身を躍らせていた。


 第1層は複雑に入り組んでいて、それなりに時間はかかったものの、特に何のトラブルもなく切り抜けた。美味と噂のミミーアキャットに遭遇出来なかったのは残念だったが、諦めるしかないだろう。


 第2層では美しい海に驚きつつも、トラブルなど起こらなかった。というかリゾート気分になる程に穏やかで、動植物や魚を目を輝かせながら観察した。


 水着姿のアイシャには心臓を鷲掴みにされる思いだった。海の輝きがアイシャの魅力を100万倍に引き立てていたのかもしれない。


 だが、第3層は流石にそうはいかなかった……






「きついな……クリーチャーズマンション最難関と言われるだけあって魔物クリーチャーの数が尋常じゃない。いくら戦っても切りねぇぜ!」


 第3層も中盤。直進ルートを選んだウガチたちは、真ん中を流れる川を渡り切り、一息ついていた。


「文句言っても何にもなんねぇよ!しっかりしてくれよリーダー!」


 疲れを見せるアンドリューに、ピーターが檄を飛ばす。


「気配とか察知出来たらもっと楽かも知んねぇけどな……」


 そこにジョナサンが助け舟を出す。これがいつもの流れだった。


「ない物ねだりしても仕方ねぇ。それにウガチのお陰でかなり助かってる。俺たちだけならもう4回は全滅してるぜ」


「助け合いは仲間なら当然だ。俺は山育ちで体力があるからお前たちは休んでいるといい」


「本当ウガチくん様様ですね!私なんて足を引っ張ってばかりです……やっぱり槍を持ってこればよかったかも……」


 あれから、アンドリューに惹かれていたアイシャは、かなり槍の腕も上達していたが、やはり慣れた方の剣で戦いたいと言って、片手剣と盾のスタイルで攻略していた。


 だが本物の命を賭けた戦闘は、彼女が思っていたよりも過酷で、殺意の籠った攻撃にすくんでまともに戦えないでいた。






「第3層ももう半分以下だ!気合入れていくぞ!」


 十分に休憩を取った後、一行は再び歩を進める。


 その後も魔物クリーチャーたちの脅威は続き、皆の顔には疲労と危機感が色濃く出ていた。


「この森にはうんざりだぜ!木はでけぇし!魔物クリーチャーはつえぇし!草は邪魔だし!根っこで転ぶし!早く日の光を浴びてぇよ!」


「泣き言言ってもなんも変わんねぇよ!あれからかなり歩いたからな……もうあと少しのはずだ!」


 愚痴を垂れるピーターにアンドリューが喝を入れる。


「ウガチくん。私ね……多分焦っていただけだったんです……」


「なんだ急に?」


 急に何かを語りだしたアイシャに、疲れが溜まって来ているのかとウガチは心配する。


「アンドリューの事です……私……自分が思っているほど彼のことが好きではありませんでした……彼と距離を縮めていく内に友達以上の感情ではないと気づきました……」


「そうか!」


 その独白に、ウガチは内心でまだ自分にチャンスがあるのではと歓喜した。


「……そうか」


 それと同時に、些細なことで一喜一憂していた親友の恋が砕け散ったことを喜んでしまっている自分に嫌気がさして、ぶっきらぼうに言った。


「でもランジグで過ごしたあの日々に、胸のトキメキを感じていたのは本当です……本当バカですね私……今になってやっと気づいたんです…………私は多分……ずっと……ずっと……!」


 自嘲気味に笑ったアイシャは、覚悟を決めたようにウガチの方を向く。


「おっ、開けてきたぞ!」


 それをピーターの言葉が遮った。


 鬱蒼とした木々から解放され、乾いた地面を踏みしめる。


「階段だ!!」


「ああ、最悪だぜまったくよぉぉおおおお!!」


 第4層に続く階段が見える。


 だが運悪くその前にはブスガエルの群れなどの大量の魔物クリーチャーがいて、


「「ゲコォ!!」」


 こちらをロックオンしていた。


「あの数は無理だ!一度森の奥へ逃げるぞ!」


 その凶悪さに、ウガチは皆に撤退を指示する。


「ダメですウガチくん……仲間を呼ばれました……もう囲まれてます……」


 パーティーの一番後ろにいたアイシャはいち早くその絶望的なピンチに気が付いてしまった。


「固まれ!!奴らに背を向けるな!!多少の怪我はこの際仕方ない!!死なないことを最優先にしてウガチを軸に陣形を組むぞ!!」


 アンドリューの指示に、瞬時に皆が動く。


「これくらいのピンチがなんだってんだ!!行くぞお前ら!!姿無きフェニックスはこんなところで終わるようなパーティーじゃねぇってのを見せてやろうぜ!!」


「「おう!!」」


 アンドリューの合図を皮切りに、戦闘が始まった。


 ウガチのデカい図体とリーチを生かした攻撃に、アンドリュー、ピーター、ジョナサンが攻撃を合わせていく。


「時間をかけるな!!直ぐに次の目標へと攻撃しろ!!」


 三人の連携は上手く、次々と魔物クリーチャーを屠っていく。


「ちっ切りがねぇ!!奴らまだまだ増えてやがる!!」


 森の奥から次々と現れる魔物クリーチャーたちに、ピーターが悪態をつく。


「ジョナサンが腕をやられた!!アイシャ!!援護してくれ!!」


 その時、ジョナサンが狼に腕をかまれ負傷した。


 アンドリューが叫ぶ。


「無理です……もうダメです……こんなのに勝てるわけありません……」


 だがアイシャは絶望と恐怖に支配されてしまっていた。


「アイシャ!?くそっなんだってこんな時に!!」


 ジョナサンが負傷してしまったことで戦力は大幅にダウン。


 なんとかジョナサンを庇いながら戦うも、雪崩のような魔物クリーチャーたちの攻撃になすすべなく、時間の経過とともに負傷箇所が増えていく。


「このままじゃまずい!!一か八か階段に向かって突撃する!!」


 ウガチは傷ついていく仲間たちを見て、決死の作戦に出ることにした。


「ああ、ジリ貧だな!!やるしかねぇ!!」


 残った力を振り絞って捨て身の特攻をする。


 血管が切れてしまうほどに、我武者羅に大槍を振り回した。


「あっ……」


 その時、アイシャに向かってブスガエルが毒の粘液を口から飛ばした。


 アイシャは怯えてしまって上手く避けれそうにない。


「くそ!!」


 考える間もなく、ウガチは咄嗟に前に飛び出していた。


 ビチャ!


「くっ!!」


 毒がアイシャにかからないように我武者羅に飛び込んだせいで、顔面に直撃した。


 ジュゥゥゥゥと強烈な毒が皮膚を溶かしていく。


 その焼けるような激痛にウガチは身動きが取れなくなる。


 それを好機と捉えたのか、階段前に残っていたブスガエルたちが一斉にウガチの元に寄り、毒の粘液を吐きかけた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 全身を溶かしていく激痛に、ウガチは生まれて初めての悲鳴を上げる。


「ウ、ウガチくん……?」


 苦痛に喘ぐウガチに、アイシャが背後から心配の声をかけた。


 ああ、激痛だが命に別状は無さそうだ。


 皆を安心させる為に答えないと。


 だが惚れた女にこんな情けない顔を見せるわけにはいかない。


 強がりだと思われてもいい。


 でも――――――


 ウガチは激痛にもだえながらも、必死にぎこちない笑顔を作って振り返った。


 まぶたは腐り、全身の皮膚はドロドロに焼けただれて、鼻の骨が見えてしまっている。唇は半分以上失われ、眉毛も髪の毛も溶けた皮膚に巻き込まれていた。


 その思わず顔を背けずにはいられない程の醜悪しゅうあくな顔で、だが口だけは笑っていた。


「いやーーー!!!!!!」


 その顔を見たアイシャは半狂乱に泣き叫ぶと、パニックのままに階段に向かって駆け出した。


「待てアイシャ!!」


 アンドリューが静止を呼びかけるも、アイシャには届かない。


 幸い階段の前から魔物クリーチャーは居なくなっている。


 だが、後ろには激痛に苦しむウガチと、満身創痍のジョナサンと、そのジョナサンを必死に庇うピーターの姿がある。


 超加速する思考の中、アンドリューは焦る。


 ウガチはもう戦えない!ここで見捨てれば確実に死んでしまうだろう……


 ジョナサンはヤバい!自力で歩けはするが、これ以上の戦闘は無理だ!


 ピーターはそんなジョナサンを守ることに必死で他に手が回せる状況じゃない!


 階段を登っていくアイシャの後を魔物クリーチャーたちが追いかけていく。


 放っておけばいずれ追いつかれて死んでしまう!


 ブスガエルたちはウガチに群がっている!どちらにせよ行動するなら今しかない!!


 親友か!!


 想い人か!!


 どっちを選ぶ!?時間は無い!!


 親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か親友か想い人か――――――


「すまない!!」


 アンドリューは叫ぶと同時に、ピーターとジョナサンの手を引いて走り出した。


「おい!!見捨てんのかアンドリュー!?」


「あ゛あ゛……!!!」


 吠えるピーターに、どす黒い声で答える。


「っっつ!!畜生!!畜生!!!ここを出たらボコボコにしてやる!!!」


 ピーターは親友のそんな顔を見たことは無かった。


 だからこそ瞬時に理解すると、そんな言葉を吐きながら全力で階段へと駆けた。






 仲間たちが俺を置いて階段を駆け上っていく。


 怪物……怪物……


 アイシャの最後の顔が脳裏にこべり着いて離れない。


 愛する人の恐怖に歪んだ顔が、網膜に焼き付いて取れそうにない。


 怪物……怪物か……


 結局俺は何も変えることなど出来なかったのだろう。


 生まれた時から人に怖がられ、最後の瞬間まで俺を見る人の目には恐怖があった。


 女の子を泣かせたのも一度ではない。


 女の子を泣かせる奴はクズだ。


 どこかの誰かがそう言っていた。


 ならば俺はどうしようもないクズなのだろう。


 無自覚に人を傷つける。存在するだけでダメなクズ。


 結局俺は生まれた時から怪物で、最後の最後まで怪物だったのだ……


 やるせねぇなぁ…………そんなのってなぁ…………


 世界が俺を怪物だと言うのなら―――――いっそ最後は…………怪物らしく死んでやる!!


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」


 心の中を吹きすさぶ黒い嵐の導くままに、血に濡れた大槍を力の限り振り回す。


 その名もなき怪物の咆哮は、魔物クリーチャーたちをも震え上がらせた。






【余談】

ウガチは全身が焼け爛れたせいで包帯を巻き、その上から傷跡を隠すようにボロボロのローブを纏っている。

更に既に死亡していると思われていたこともあって、噂される怪物の正体がウガチだという事に誰も気が付かなかった。

そもそも滝の奥の隠れ家でひっそりと暮らし、目撃されることもあまりなかった為に噂の域を出なかったのだろう。

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