第84話 怪物と呼ばれた男⑥


 アイシャと共にギルド裏の修練場に来た。


 ちなみに他のメンバーは三人仲良く朝から肉体労働に出かけている。必要な装備を買いそろえる為に金がいるのだ。


 アイシャは女性という事もあり、クリーチャーズマンションの情報を集めるために日中はこうして自由に行動している。


 ウガチは武術大会の賞金があるので、今のところ金銭面にはそこそこ余裕があった。


 なので手の空いている者同士、昼間は稽古をすることになったのだ。


「遠慮はしなくていい。どこからでも斬り込んで来い」


 右手に訓練用の木製片手剣を持ち、左手に淵を鉄で補強した木の盾をもったアイシャは、気合を入れて斬りかかった。


 結果は言うまでもなく、手も足も出なかった。


「攻撃を受ける時、無意識に体が固まる癖があるな?」


 何回か戦った後、ウガチはそう言った。


「その、怖いんです……攻撃が来ると思うと、どうしても固まってしまって……」


 アイシャは下を向く。


「なら、どうして剣と盾で戦ってるんだ?」


「それはその……昔は剣だけだったんですけど……アンドリューに憧れて……」


 アイシャは照れて盾で頭をかきながら言った。


「そうか……確かにアンドリューは強い剣士だが、アイシャにその戦い方は向いてない。槍を使ってみたらどうだ?リーチが長い分、恐怖も薄れるだろう」


 ウガチはそう言って訓練用の槍をアイシャに渡す。


「はい!やってみます!」


 その後何回か戦い。


「う~ん……怖くて固まることは無くなりましたが、今まで槍なんて持ったこともなかったから勝手が良く分からないです……やっぱり今まで通り剣の方がいいのかな……?」


「何事も慣れるまでは大変だ。いきなり槍で戦うのが難しいなら、これからは剣と槍の両方を練習していこう」


 不安そうなアイシャにウガチは的確なアドバイスを出す。


「そう、ですね……よろしくお願いします!」


 アイシャもやる気は十分にあるので気合の籠った返事をした。


「そう言えば気になってたんですけど、ウガチくんの夢はクリーチャーズマンションを攻略することだけですか?私にはなんだかそれだけには見えなかったので」


 ふと、アイシャがそんなことを聞いてきた。


「勿論クリーチャーズマンション攻略は大きな夢だが、そうだな……故郷の父と母の元へ離れていても俺の活躍が分かるように名声を轟かせたい。それが俺の一番芯にある想いだ」


「名声ですか……となるともし不老不死を見つけたら歴史的快挙ですよ!ウガチくんの名声は東どころか海の果てまで轟いちゃいますね!」


 アイシャはその時の事を想像して「ふふふ」と可愛く笑う。


「そうだな。それが最高だ。だがもっと現実的な手段も考えておかなければならない」


「現実的ですか……なら必殺技しかありませんね!」


 ぴこんと人差し指を立てて言う。


「必殺技?本当に必要か?ああいうのは子供がごっこ遊びでやるものだろう?」


「いえ、絶対に必要です!武術において達人の名は忘れられようと技の名は残り続けるでしょう?ウガチと言えば○○と多くの人が連想できるようにすることが大事なんです!」


「確かに一理あるな」


「それに大声で必殺技を叫んだほうがカッコいいです!」


「おい」


「確かウガチくんには腰を深く落とした猛烈な突き技がありましたよね?ほらっ、決勝戦やブジンさんとの戦いで見せた―――」


「ああ。父から教わったものを自分なりにアレンジした技だ」


「名前はまだ決まってないんですね?」


「ああ」


「必殺技……必殺……必ず殺す……突き……命を奪う……命を突く……違うな……突く、突く……穿つ……命を穿つ技……命……魂…………あっ!」


 あれも違う……これも違う……と悩んだ末、あっ!と手を叩き、


魂穿たまうがちなんてどうですか!?魂を穿つ!正に必殺技です!しかも自分の名前が入ってます!自己紹介にもなって更に良しです!」


「自分の名前が入っているというのは必殺技としてはどうなんだ?」


「植物学者も天文学者も自分が発見したものには自分の名前を付けますよ!星にすら自分の名前を付けちゃうんですから、技の一つくらいなんてことないでしょう!」


「そ、そういうものか……」


「決まりです!今度からは絶対叫んでくださいね!」


 そう言うとアイシャはいい笑顔で笑った。


「ありがとう」


「どういたしまして!」






 昼はアイシャと共に稽古に励み、夜はアンドリューたちと色んなことを語り合う。そんな日々はあっという間に過ぎていった。


「俺、実はアイシャのことが気になってるんだ」


 ある夜。アンドリューと二人で遅くまで飲んでいると、突然そんなことを言い出した。


「あいつさ、普段はあまり自信がない感じだけどよ?ふと見せる笑顔とか、何気ない気遣いとか、なんかそういうさ、なんか……ああ、なんて言うんだ?まぁその、すっげーありきたりだけどよ……いつの間にかそう言う所を探すようになってたんだよ……」


 グラスを静かに揺らしながら語り終えると、僅かに残っていたワインを一気に呷った。


「散々女遊びをしてきた俺だけどよ……なんかこう胸が締め付けられるような……こんな恋は初めてだぜ。多分本気で惚れちまったんだと思う……あいつらには絶対言うなよ!?100パーセントからかってきやがるからな!いいか!?ウガチだから話したんだぜ!?」


 耳を赤くしたアンドリューは照れ臭そうに言った。


 親友の赤裸々なその話を聞いて、ウガチはいつの間にか抱いていた感情の答えを知った。


 このランジグに来て初めてできた友達。田舎娘感が抜けずに、それを気にして敬語で話している不器用で健気な友達。


 お洒落しようと市場で買ってくる服がいつもどこか古くてダサい、そんな可愛げのある友達。


 怖がりな癖に、その控えめな胸に大いなる勇気を秘めた、尊敬すべき友達。


 アンドリューがその友達の事を好きだと言った時、取られたくないと思った。


 あの笑顔を独り占めにしたいと……あの優しさをもっと感じたいと……


「今気が付いた……俺も好きだったんだ……多分出会った時から……」


 酒の勢いもあったのだろうが、ウガチの口は正直な気持ちを言葉にした。


「マジかよ!?ははっ!じゃあ俺たちゃライバルだな!!」


 そんなウガチに驚いたアンドリューだったが、拳を突き出しいたずらに笑った。


「ライバルか……こんなに負けたくないと思ったのは初めてだ」


 ウガチも拳を突き出し、コツッとぶつける。


「おいおい、ブジンさんと戦った時よりもか!?」


「言うまでもない事だ」


 二人暫く見つめ合うと、盛大に吹き出したのだった。






「私今年で22歳になったんですが……まだ一度も男性とお付き合いしたことがありません……」


 翌日、いつものようにアイシャと稽古をしていると、アイシャは悩ましそうに話し出した。


「知り合いは皆とっくに結婚してますし、友達と会っても子供や旦那の話ばかりです……その度に話についていけなくて、ただの愛想笑い人形になります……そんな私に友達は言うんです……そんなんじゃあんた一生結婚できないよ?って……」


 頭を抱えて、のたうち回る。


「ああああああああ!!そんなこと一々言われなくたってヤバいのは分かってるんです!!でも異性に対してどうやってアプローチしていいか分からないんです!!そうやってうだうだしてたらもうこんな歳ですぅ!!」


「落ち着けアイシャ」


「ウガチくん……そんなに魅力ないですか?そんなにダメな子ですか?私……」


 涙目になって不安げにウガチに縋る。


「アイシャは……伝わりにくいだけで、魅力がないわけじゃない。もっと自信を持っていい。気づいている者は気づいているはずだ」


 それが自分だとはなかなか言い出せないウガチ。


「もっと自信を……そうですね!私もっと自信を持って頑張ってみます!」


 励ましがきいたのか、胸に手を当て上を向く。


「ああ。アイシャならできる」


 ウガチも言い出せない自分にモヤモヤしながらも、アイシャを応援する。


「実は私、前からアンドリューの事ちょっといいなって思ってたんです!」


「え?」


 ウガチの心に砂嵐が吹きすさぶ。あまりのショックに聞き間違いすらも疑いだす。


「ウガチくんのお陰で勇気が出ました!私頑張ります!」


 だがアイシャが余りにも真っ直ぐな視線で見つめてくるので、


「え?あ、お……応援する、よ……」


 普段の冷静さはどこかへ行き、思春期の子供のようにきょどりながら答えた。


「応援してくれるんですか!?ありがとうございます!!」


 そんなウガチの気も知らず、アイシャはガシッとウガチの大きな手を両手で包み込んでブンブンと振り回す。


「はは……男に二言はない……」


 ウガチは涙を堪えて強がるので精一杯だった。






【余談】

アイシャには田舎娘特有の、世間のセンスとは少しずれた中二病的なセンスがあった。

ウガチはそんな所すらも好きになっていたのだろう。

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