第82話 怪物と呼ばれた男④
「私のお陰です!」
翌日、痛む頭を押さえながら今日も今日とてギルドへ向かうと、ウガチの前にやって来たアイシャが控えめな胸を張っていた。
「優勝おめでとうございます!昨日の武術大会見ましたよ!あんなに強いなんて思ってもみませんでした!でも考えてもみて下さい!ふらふらだったあなたが最後まで戦えたのは誰のお陰ですか?……そう、私です!」
まくしたてるように早口で言いながらも、控えめに身振り手振りを加えて話しているところに、彼女らしさが出ている。
「だから賞金をよこせと?」
ウガチはまた
でも彼女には恩がある。よこせと言われたら強く断ることは難しい。
「そんなこと言いませんよ!私のどこをどう見たらそんながめつい女に見えるんですか!?全く失礼な方ですね……ランチを奢って下さい!一食の貸しは一食です!それで手を打ってあげます!」
アイシャは大仰に驚くと、人差し指をピンと立てながら言った。
「……それくらい訳ないが……君は俺が怖くないのか?」
昨日のアイシャは間違いなく怯えていた。ウガチは不思議に思ってアイシャに尋ねる。
「
「じゃあ―――」
「
「……」
「だから一緒にご飯を食べましょう!ウガチさんは私が思うほど怖い人じゃないかもしれません!」
アイシャは少し怖がりながらも、そう言ってぎこちなく微笑んだ。
「ああ」
ウガチは自分の胸に沸いたほっこりとした謎の気持ちを疑問に思いつつも、アイシャの案内について行った。
「美味しいです!私一度ここのランチを食べてみたかったんですよ!」
アイシャに連れてこられたのは立派な造りをしたお洒落な食事処。どうやらレストランというらしい。
アイシャは呪文のような名前の料理を次々と注文していき、テーブルの上には色とりどりの料理が並んだ。
その一つを口に運び入れると、アイシャはほっぺたを抑えてとろけた顔をする。
「ウガチさんの口には合いませんでしたか?」
黙ってもぐもぐと味わっていたウガチに、アイシャは心配げに聞いた。
「いや、そうではない。俺の故郷では調味料は高価だったから、これほど複雑な味をした料理というものを食べたことが無かった」
「じゃあ―――」
「ああ、美味しいな」
ウガチの顔にはぎこちないながらも自然と笑顔が浮かんでいた。アイシャは嬉しそうにそれを見る。
「じゃあ冒険者になる為にそんな遠くからランジグへ?東は山が多くて大変だったでしょう?」
「いや、俺は狩人だ。山は慣れている」
「そうなんですね!だからあんなに強かったんだ……」
アイシャは納得納得と頷いている。
「私も田舎から出てきたんですよ!北の山を越えたところの百姓の生まれなんですけどね。2年前に親の反対を押し切って飛び出してきちゃいました……とっちゃもかっちゃも元気してるかなぁ……」
懐かしそうに、心配そうに、そう語るアイシャに、
「帰りたいか?」
「いえ、冒険者として一旗揚げるまで帰るわけにはいきません!それに後数か月程で活動資金が溜まりそうなんです!」
「そうか」
アイシャにもアイシャなりの覚悟があるのだろう。
「そうだ!ウガチさんも私たちのパーティーに入りませんか!?姿無きフェニックスって言うんですけど、皆仲がいいんですよ!私も含めて4人しかいない弱小パーティーですけど!」
パチンと手を合わせると、身を乗り出して言うアイシャ。仲間の事を嬉しそうに話す。
「あ、でももっと大手の所の方がいいですよね?ウガチさんの実力なら引く手数多でしょうし……ごめんなさい。迷惑でしたよね……?」
アイシャは申し訳なさそうに謝りながら、不安そうに上目遣いでウガチを見上げた。
「……いいのか?俺なんかで……?」
「えっいいんですか……?」
二人は互いを見つめ合って……
「俺はこの町で凄く恐れられている。君の仲間も迷惑に思うんじゃないか?」
「君じゃありません!アイシャです!」
アイシャは少しだけ怒っているようだ。
「だが……」
「こうして同じ食卓を囲んだからには、私たちはもう友達です!友達を仲間に紹介するのは普通の事です!むしろ当然のことです!そうですよね、
「友達……」
アイシャはこんな自分を当たり前のように友達と呼んでくれた。
それが、たったその一言が……孤独によりカサカサに乾いた心に沁み込んでいく……
「……アイシャ」
「なんですかウガチくん?」
「ありがとう」
アイシャは、奢れとたかったのは自分なのになんで礼を言われたのだろう?と頭の上にハテナマークを浮かべると、まぁいっかとそれを受け入れ、
「どういたしまして!」
と言ったのだった。
「友達のウガチくんです!彼も仲間に入れてくれませんか?」
アイシャに連れられて再びギルドへ。そこで端の方で仲良く話し込んでいた3人の男に紹介された。
派手に笑い転げていた彼らは、愉快に振り向いた姿勢のまま驚愕に停止していた。
「おいおいアイシャ……仲間に入れるってたってこいつ、血染まりの巨人だろ!?今まで何人も殺してきたって言う今一番話題のやべー奴じゃん!!なんで一緒に居んだよ!!大丈夫なのかよ!?」
サイドを刈り上げて、短い金の前髪を後ろに撫でつけたそこそこ男前だが気性の荒そうな男は、ウガチを見て驚きと共にそう言って立ち上がった。
両耳にはピアス。目つきは鋭く、鼻も高い。整えられた顎髭が良く似合っている。
「アンドリュー、お前は昨日来なかったから知らないんだろうけどよ……こいつあのブジン・シャルマンとほぼ互角に戦ってたぜ……?」
その男をアンドリューと呼んだのは、身長の低いチンピラのような男だ。
細いがそれなりに筋肉質で、茶色い髪をスポーツ刈りにしている。目つきも悪く、小者臭が漂う男だ。
「お前の冗談は面白くねぇよピーター。そんなこと有り得る訳ねぇだろ?」
アンドリューはその男をピーターと呼んだ。
「いや、マジだぜアンドリュー……目の前にいるのは……正真正銘の怪物だ……」
「おいおいマジかよ……ジョナサンが言うってことは本当じゃねぇか……」
ジョナサンと呼ばれたその男は、身長はピーターとそう変わらない。だが、ピーターほど目つきは悪くなく、髪の毛も黒かった。
「俺への信用はゼロかよ!」
ディスられたピーターがアンドリューに食ってかかった。
「うるせぇ!日頃の行いだバーカ!」
アンドリューも言い返す。
「な!言ったなこの女たらしのスケベ野郎!」
「あん?やんのかこらぁ!?」
睨みを利かすアンドリューにでこをつけるような勢いで、ピーターも睨み返す。
「上等だぜ、ちょうどお前だけやたらモテるのが気に食わなかったところだ!」
アンドリューとピーターはそのまま喧嘩を始めた。
「ちょっとちょっと喧嘩しないで下さいよ!ああもう!すぐこれなんだから!ジョナサン!二人を止めて下さい!」
「しょうがねぇなぁ。おらっお二人さん!怖い客の前だぜ!」
「おっとそうだった……」
「わりーわりー」
ジョナサンがそう言うと、ピーターとアンドリューは互いにつかみ合っていた胸倉から手を離した。
「ウガチくんは怖くなんかないですよ!凄く優しい人です!この私が保証します!」
そこにアイシャがムッとして口を挟む。
「え?そうなの?あの噂は?」
アンドリューはきょとんとしてアイシャに尋ねる。
「あれは誰かが流したデマだそうです!ウガチくんはそんなひどいことしません!」
「本当か?」
そのままウガチにも直接尋ねてきた。
「本当だ」
「そっか!なら俺たちの勘違いだな!すまなかった!非礼は詫びるぜ!」
ウガチの言葉を聞くと、アンドリューは頭を下げた。
「怖がりのアイシャが言うってことは間違いないな…………俺も疑ってすまなかったよ」
「俺もだ」
ピーターとジョナサンも頭を下げた。
「俺はアンドリューだ!こっちはピーターとジョナサン!4人しかいない弱小パーティーだが、一応俺がリーダーをしてる!こいつらとはガキの頃からの付き合いで、アイシャは少し前にうちに入ったんだ!」
アンドリューの紹介に、ピーターとジョナサンも軽く自己紹介をする。
「それよりマジであのブジン・シャルマンと戦ったのか!?」
「ああ。強かったぞ剣鬼は」
「スゲー!!そんなスゲー奴がホントにうちに入ってくれんのかよ!?」
「俺も丁度仲間を探していたところだ。こんな俺で良ければよろしく頼む」
「いや、むしろ大助かりだ!ほらっ俺以外背が低いだろ!?だからパワーがある奴を探してたんだよ!いやーマジでたすかったぜ!よろしくな!!ウガチ!!」
アンドリューは気持ちのいい笑顔で右手を差し出した。
「ああ!」
「ようこそ!姿無きフェニックスへ!!」
アイシャに出会ってから色んなことが劇的に変わっていく。そんな感覚を覚えながらウガチもその手を力強く握り返した。
【余談】
アンドリューは21歳。
昔から女性に良くモテてしょっちゅうとっかえひっかえしている。
だがなぜか特定の相手は作らない。
彼曰く「俺はモテる男だから、遊べる内に遊んでおかないとな」とのこと。
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