第81話 怪物と呼ばれた男③


 武術大会の会場には沢山の参加者と観客の姿があった。それは喧嘩大会とは比較にならない規模で、あまりの人の多さにウガチは驚く。


 剣、槍、素手、武術なら何を使ってもよく、相手を気絶もしくは棄権させたら勝ちという大会だ。


 受付に行くと、


「ウガチさんですね……すみませんがあなたの悪名に皆怯えています……大会に出るのはどうかご遠慮ください……」


「俺は何も悪いことはしていない。それに金が無いからこれに出ないと死んでしまう」


「ひぃっ!す、すみません!殴らないでくださいぃ!」


 受付の女の子はすっかりビビりあがって、とうとう泣き出してしまった。


 その姿を見て、ウガチは下を向く。


 この女の子は何も嫌がらせをしようとして言ったのではない。この子が言わなければならない程、血染まりの巨人の名は恐怖と共に広まっていたのだ。


 故郷まで名声を轟かすどころか、純粋な少女を泣かせてしまった。


 その事実にウガチは、


「ごめん……俺はもう……故郷に帰るとするよ……」


 トボトボとその場を去ろうとした。






「お嬢さん、彼を出場させてやってくれ!」


 去り行く背中越しに、五臓六腑ごぞうろっぷに響き渡るような元気のいい声が聞こえてきた。


 暗い顔を上げて振り返ると、白い短髪に筋骨隆々な体のナイスミドルが受付の女の子と話していた。


「は、はい!ブジンさんがそう言うなら!」


「よぉ!君の噂は知っているぞ!俺は優勝者と戦う事になってるんだが、どうにも骨のありそうな奴が少なくて困っていたところだ!強いんだろ!?故郷に帰ってしまう前に一勝負してくれないか?」


 明朗快活なその人は、ウガチの姿を見ても何もビビることは無く、むしろ戦いたいと言ってきた。


「ブジン!?貴方が!?」


「そうだ!俺がブジン・シャルマンだ!強いぞ俺は!はっはっは!」


 豪快に笑うその姿に、ウガチは驚きを隠せなかった。


 ウガチが冒険者に憧れたのは、今目の前にいるこの男の話を聞いたからだ。若くして何度もクリーチャーズマンションに挑み、数々の発見と伝説を打ち立ててきた世紀の大英雄。


 その伝説に憧れたからだ。


「願ったり叶ったりだ。こちらからもお願いする」


「はっはっは!決まりだな!俺の弟子に途中で負けたら承知しねぇからな!」






「その剛腕で全ての対戦相手をワンパンで倒してしまった血染まりの巨人こと、大槍使いのウガチ!!対するは、華麗なる剣技で他の追随を許さなかった爽やか美少年ことエスト・エスニスト!!

 彼はなんと聖ダン・ザ・ヨン学院に歴代最高得点で入学!!最年少でブジン・シャルマン氏の弟子になるなど、将来が期待される天才剣士です!!

 大会史上きってのビッグカードとなった決勝戦!!いざ尋常に……はじめ!!」


 コロッセオと呼ばれるこの場所で、大観衆に囲まれながらウガチは自身の前に飄々ひょうひょうと立つ少年を見ていた。


 美しい顔立ちの少年は黒髪をサラサラと靡かせて、風と共に斬り込んできた。その剣筋は速く鋭く正確で、こちらに正解を強制させるかのように打ち込んでくる。


「いい筋肉ですねウガチさん。残念ながら俺のタイプではありませんが」


 まるで余裕綽々よゆうしゃくしゃくと言わんばかりのエスト少年。だが彼に余裕があったのはそこまでだった。


「無駄話は必要ない。勝たせてもらうぞ」


 ウガチの猛攻が始まったからだ。剛腕と呼ばれるのは伊達ではなく、重い重量を持つ大槍を風よりも速く振り回す。


 長年の狩りで鍛えた槍術は、天才剣士からしても容易に防げる類のものではなかった。


 だがエストもよく食らいついている。華麗なる剣技で上手く対処している。


 ワアアアアアアアアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 その激しい攻防に観客は大いに盛り上がった。


 人々の目には、悪い巨漢に挑む、美しい天才少年という風に映っていただろう。会場はエストを応援する声に包まれる。


 なるほど、確かにエスト少年は天才だ。一発一発が致死の質量をもつウガチの剛槍を、全て躱し受け流し続けていたからだ。


「そこまで!!勝者、大槍使いのウガチ!!」


 審判の宣言に、


「何故です!?俺はまだ一発も食らってませんよ!?」


 なぜ負けたのか分からずに抗議するエスト。


「場外だ」


 ウガチの端的な言葉に自身の立つ足元を見ると、


「っ!……次は俺が勝ちますからね」


 エストは去っていった。






 優勝者となったウガチの名が読み上げられ、観客は戸惑いと共に、熱い戦いに歓声を送った。


「早くやろう!!心がたぎって仕方ない!!」


 舞台にブジンが上がってくると、それだけで溢れんばかりの大歓声が轟いた。


 両手で大剣を構えるブジン。その全身を気が包み込んでいく。


 ブルッとウガチは身震いをした。自分よりも小さな者に緊張感を覚えるのは初めてだ。


 これを武者震いというのだろうか?ウガチはその感覚を噛み締めるように大槍を構える。


「はじめ!!」


 審判の合図とともに、ブジンは光の速さで斬り込んできた。


 豪快な斬り筋だが、線が綺麗過ぎる。無駄な動きが一切なく、エスト少年と比べ、力も速さも技術も全てが洗練されている。


 その絶技に今度はウガチの方が防戦一方となる。このままでは場外まで押し出され、さっきの意趣返しをされてしまう。


「ふん!」


 ウガチは力一杯に大槍を振るい、ブジンを吹き飛ばした。


 速度も技術も遠く及ばないが、力なら勝っている。


 ワァァァァアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 一度仕切り直しとなり、観客が大いに歓声を上げる。


 一進一退の攻防は繰り返され、大会史上最長の試合となった。


「俺の勝ちだ!」


 首元に突き付けられた剣。


「そこまで!!勝者、剣鬼けんきブジン・シャルマン!!」


 ワァァァァアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 両者息を切らし、大量に汗をかきながら、固い握手を交わした。


「…………これが最強か……」


「はっはっは!いい試合だった!!ついてこい!奢ってやる!」


 ブジンは表彰やらなんやらをすっ飛ばし、半ば強引にウガチを連れていく。


 ウガチは急いで賞金だけ受け取ると、直ぐに後を追った。






 入ったのは普通の居酒屋。皆ブジンとウガチを見ると大いに驚いたが、話しかけてくるものは居なかった。ブジンが邪魔はするなよと言ったからだ。


 その代わり、普段ならバカ騒ぎの絶えないこの居酒屋は、異様な緊張感に包まれていた。


「今まで戦ってきた者の中で、ウガチが一番強かった!どこの出身だ?」


 そんな事は梅雨知らずと、豪快に話すブジン。


「剣鬼こそ流石の腕前だった。……己の未熟さが身に染みた……知らず知らずの増長が……俺は東の田舎から出てきたんだ」


 他愛もない話を肴に酒を飲む。


「娘がとっにっかく、かわいくてな!それに才能に溢れてる!いつか俺すらも超えていくだろうな!」


 その後、ウガチはブジンと夜が明けるまで酒を酌み交わした。


 大衆居酒屋の雑な酒と料理は、ランジグに来て初めてのうまい飯だった。


 ブジンはよっぽどウガチとの戦いが楽しかったのだろう。食事を始めるとともにぐびぐびと酒を飲み干していき、あっという間にべろんべろんになっていた。


 別れる頃にはふらふらで、ウガチはその後姿を見ると、戦いとのギャップに小さく笑みを零した。


 伝説の英雄もこうしてみると少し大きいだけの人間だ。


 かくいうウガチもふらふらと宿を目指したのだった。






【余談】

ランジグでは15歳で成人となり、20歳を超えてまだ結婚していないと行き遅れと言われる。

平均寿命は50歳未満だ。

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