第80話 怪物と呼ばれた男②


「ウガチはこれまでずっと人の為に生きてきたわ……そろそろ自分の道を歩んでもいいのよ?」


 バーバラは気づいていた。ウガチがその心の内に、ある思いを秘めていることに。


 そして自分たちが息子の足枷になっていることに。


「父さん。母さん。俺、ランジグに行こうと思う。皆に認めてもらえた今だからこそ、昔からの夢だった冒険者を自信をもって目指せると思うんだ」


 やがてウガチは、密かに憧れていた夢を語った。


「ああ……行ってこい!ウガチならきっと成れるさ!お前に不可能なんてないのだ!母さんのことは俺に任せておけよ!これでも村で二番目に凄い狩人だからな!いやこれからは俺が一番か!はっはっは!」


「私たちのことは気にしないでいいから、思いっきり生きてきなさい。ウガチの名声がここまで轟いてくるのを心待ちにしてるわ…………でも、どうしても辛くなったらいつでも帰ってきてもいいのよ。ここは貴方の家なんだから」


 両親に背中を押され、旅の支度を整えると、最後にギュッと抱擁を交わし、ウガチは家を出た。


 山をいくつも越えなきゃいけないランジグまでの道のりは、決して短くも楽でもない。


 けれども、期待に胸を膨らませる足取りは軽々としていた。






 ランジグに着いた時、ウガチは現実の厳しさを知った。


 花梨のウガチの評判は、遠く離れたこの地にはこれっぽっちも轟いてなかった。


 そればかりか道行く人々はウガチの巨体を恐れ、ついには兵士に囲まれる騒ぎにまで発展した。


 なんとか事情を説明して事なきを得るも、「ああ、またここからか……」とウガチは暗い気持ちに包まれた。


 だが村の皆に総出で送り出して貰った手前、とんぼ返りしては顔向けできない。


 再び気合を入れ直し、冒険者組合、別名ギルドと呼ばれる酒場の扉を開いた。


 ギルドには沢山の冒険者が集い、様々な情報を酒のつまみに交換し合っている。だが、ここにいるほとんどのものがクリーチャーズマンション攻略未経験者だ。


 一度でも攻略したことのある者の側には人だかりができ、少しでもいい情報を得ようと皆躍起になっている。


 酒をおごったり、女を紹介したり、取り入る為に必死のようだ。攻略者はここに来るだけでただ酒と、一夜の女を得られるのだ。


「いいよなぁ~攻略者は~」


 若者はそんな姿を見て、今日も羨望と嫉妬の入り混じった酒を呷る。


 浅ましいと感じるかもしれない。けれど時に自らの命すらも欲の為に投げ打つ異常者の集まり、それこそが冒険者の生態だった。


 その異様な雰囲気に、田舎育ちのウガチは感動を覚えた。


 清濁で言えば濁。欲望渦巻く大都会。想像よりも100倍ごちゃごちゃした場所に、若い心を奮わせた。


「な、なんだあいつ……!」


「でけぇ……!」


 気性の荒い冒険者たちでも、流石にウガチの巨体には驚きを隠せないようだ。


 ウガチからしたら小さい木の椅子に座ると、発泡酒を一杯注文した。


 貯金はそこまで無いけれど、憧れていた冒険者の姿だ。一杯くらい問題ないだろうと期待からウキウキと身を揺らした。


 発泡酒を持ってきた店員は酷く怯えた顔をして、恐る恐るテーブルの端に酒を置いた。目も合わせやしない。


 期待していた感じとは違ったが、ウガチは発泡酒を一気に飲み干した。冒険者がこぞって飲むこの酒は、思っていたほど美味しくは無かったし、酔いが回るわけでもなかった。


 誰か話しかけてくるかもしれないと思っていたが、冒険者たちはウガチの巨体にビビって全く話しかけてこなかった。


「はぁ……」


 ウガチはため息をつくと席を立ち、受付で冒険者登録を済ませて、鉄のネームプレートを受け取ると、冒険者の合同修練場へと足を運んだ。


 そこで旅立ちの前に父のマルメロから譲り受けた大槍を振るって体を鍛えることにした。


 一振りごとに空気を斬り裂くブンッという音が有り得ない音量で鳴り響く。周りの冒険者たちは、口をぽかんと開けてその光景を見ていた。


 ウガチは何もないような安宿に泊まると、次の日もまたギルドへと足を運んだ。


「俺とパーティーを組んでくれないか?」


「ひぇっ、すすまないほっ他を当たってくれないか……?」


 そう言われてしまえば口下手なウガチは引き下がるしかない。朝から昼まで酒場で仲間を探し、昼からは修練場で大槍を振るった。


 そんな日々を繰り返し……






 気付けば金が底をついていた。宿に泊まることも出来ず、雨風をしのげそうな場所を転々としながらギルドにかよう日々。


 食糧を買う金もなく、この都会では獲物を狩ってくることも出来ず、ウガチは途方に暮れていた。


 そんなある日、ギルドの張り紙で喧嘩大会なるものが開催されることを知った。優勝者にはかなりの額の賞金が与えられると聞き、ウガチはそれに参加した。


 結果は言うまでもなくウガチの圧勝だった。相手は皆軽く小突いただけで転がっていった。


 優勝賞金こそ手に入ったが、次からは出禁だと言われてしまった。


 その金で冒険に足りない道具を買いそろえたら、残りはもう僅かになっていた。


 次の日も、朝からギルドで仲間を探す。


「あれが全員医者送りにしたって言う?」


「ああ、血染まりの巨人だ。ワンパンで全員ぶっ飛ばしたんだとよ。あの赤い毛は今まで殺してきた奴の返り血がこべり着いたかららしいぜ」


 喧嘩大会のことが噂になっていて、更に輪をかけたように皆がウガチを怖がるようになった。


 噂は更なる噂を呼び、いつの間にか殺人鬼とまで言われるように。人々の視線はより厳しいものとなった。


 慣れない都会での生活。思わぬところから一つ二つと金が羽ばたいていく。そんな日々を送るうち、またしても底をついた。覚束ない足取りでふらふらと歩きながら、ギルドへと向かう。


 張り紙には「武術大会近日開催」の文字が。これ以上悪目立ちするのは避けたかったが、もう何日も何も食べていない。


 地獄の飢えに耐えながら公園の地面を掘って蚯蚓みみずを探す生活にも辟易へきえきとしていた。


 あまりの空腹にろくに働くなった頭で、ボーッとウガチが悩ましそうに張り紙を見ていると、ひとりの女性が話しかけてきた。


「あの……大丈夫ですか?」


 焦げ茶色のへそまで伸びた長いストレートの髪。おっとりとした眉毛と、くりっとした黒い瞳。鼻や口は小ぶりで胸も控えめ。


 パーツパーツは整っているが、どこかおぼこい印象が拭えない女性だ。ウガチと同い年くらいだろう。


「君は?」


「わ、私はアイシャです!」


 アイシャと名乗ったその女性は若干きょどりながら答えた。


「俺が怖くないのか?」


「怖いです!でっでも、お腹空いてるんですよね?さっきからずっとお腹がなってます!」


 ウガチは自分は怖がられて当然の存在だと思い込んでいた。それに罪悪感すら覚えていた頃だ。


「余計なお世話だ」


 女性に怖い思いなどしてほしくはない。ましてや、わざわざ声をかけてくれた女性に。


 ぐぅ~


 その時、ウガチのお腹が盛大になった。


「ぷふっ……あっすいません笑っちゃって!怒らないでください!あの……これあげます!」


 アイシャは持っていたパンをウガチに渡し、そのままどこかへ行ってしまった。






【余談】

冒険者は基本的に冒険者としては収入がない。

ギルドはそんな冒険者たちの憩いの場であると同時に、仕事の斡旋や、銀行としての役割などを担っている。

遺物やクリーチャーズマンション産の食べ物や素材の買い取りなども行い、その儲けや銀行として預かった金を利用して土地を転がすことで莫大な富を築いている。

その権力のお陰で、冒険者から遺物をほぼ独占的に買い占め、軍にも高く売りつけることが出来ている。

遺物の価値はギルドが守っているという意見もある程だ。

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