第5層 天使

第78話 古代都市アウレアイラ


「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 長々と続いた螺旋階段らせんかいだんを登り切り。ようやく開けた視界には、これまでとはまた一風変わった景色が映りこんだ。


 びっしりと聳え立つのは、天をも貫く巨大建築の数々。レンガとはまた違った不思議な素材で、所々崩れてしまっているものの、その大きさと数に驚かされる。


 傾きかけてきた太陽の光が高い建物の間から差し込み、ロマンチックでノスタルジックな景色を作り上げている。


 真っ直ぐに区画整備された道路には、至る所に瓦礫がれきの山が積み上がっていた。


「おおおおおおおおおおお!!おっほおおおおおおおおおお!!」


 ジェニは目をキラキラと輝かせて、興奮のままに叫んでいる。


 さっきまでムスッとしていたのに、そんなこともうどうでもいいらしい。


「すごおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 僕もさっきまでは体や精神の疲労も相まって力なく階段を登っていたのに、全部どっかに飛んで行ってしまったようだ。


 興奮のままに歩き回ると、靴底からはコツコツと音が鳴る。


「ジェニこれ石じゃないよ!レンガでもない!でも道路には亀裂の一つもない!凄い!意味わかんない!」


「そやろ!?建物とも違う素材やね!オトンもわけわからんって言っとったもん!」


 道路を蹴り、壁を手のひらでぺちぺち叩いて、僕たちは互いの感想を言い合う。


「状況を整理しよう。騒ぐのは安全を確保してからだ」


 浮かれる僕たちに、怪物が冷静に言う。


「見ての通り第5層古代都市アウレアイラにはほとんど生き物がおらん!鳥も動物も、そもそも植物がほとんどないから小さな虫すらほぼおらん!水だけで生きれるって言われる千足百足せんぞくむかでくらいしかおらんからキメラモンキーもここにはこやんと思うで!」


 いつものように身振り手振りを交えて話すジェニに相槌を打つ。


「それに今はそれどころじゃないしね」


 第4層での逃げ方や騒ぎの大きさから見るに、子供たちはまだまだ全員捕まってはいないだろう。


 猿の楽園は大混乱になっているはずだ。わざわざ僕たちを追いかけてくるとは思えない。


「ただ数は少ないけど千足百足せんぞくむかでには気を付けること!まぁアニマおるで足音の小さい奴らにも気づけるでそんな怖ないな!」


「そうか」


「怖いんは不意打ち喰らう事やから!千足百足せんぞくむかで自体は1メートル位あるでかいだけのムカデやでキメラモンキーに比べたらそこまで怖ないで!」


「警戒はしておこう」


 怪物は冷静だ。どんな時も頼りになる。






「よっしゃー!探索やーーー!!」


「イェーイ!!」


 クリーチャーズマンションの遺物はほぼほぼこの層で取れると言われている。朽ちている建物の中から、使える遺物を探し出すのだ。


 魔物クリーチャーもほとんどいない。正にお宝探しだ!


 3人で近くの巨大建築の中に入る。長く使われていないのもあってか、独特の空気を感じる。


「うぇ、ほこりっぽ……これ入ってくの?」


「その必要はない。他を当たろう」


 ん?と視線を向けると、顔で指しながら「よく見ろ」と続ける。


「右と左で僅かに埃の厚みが違う。上にあった瓦礫か何かをどかした証拠だ。他にも通路は部屋の奥と比べて埃の層にガタつきがあるだろう、既に目ぼしい物は残っていないさ」


 言われてみれば確かに。凄いな、パッと見ただけなのに。






「うぇ。これが雪だったら良かったのに……」


 辺り一面埃まるけ。粉雪ふかふかの新雪じゃなくて古い古い粉埃。


 とは言ってみたものの、辺りをいっぱい歩き回ってやっと見つけた好条件の廃墟だ。足を踏み出す度に舞い上がるそれが、ガラスを失くした窓枠からの斜光で輝くダイヤモンドダストに思えるくらいにワクワクが止まらない。


「ジェニ見て!この銀の取っ手、捻ると水が出てくるよ!」


 どこからともなく綺麗な水が湧き出てくる。井戸なんてどこにも無かったのにどうなってるんだろう?


「アニマ!ここの部屋めっちゃ明るい!」


「これは……テーブルか?」


 三者三葉。目に付く色んなものに興味を示しては、それぞれ見入っている。


「わっ!これスイッチみたいなの押したら光ったよ!光の精霊のランタンの一種なのかな?」


 手に持った小さなおもちゃのようなものが光ったので、誰かに言おうと顔を上げる。


 そこには興味深そうにソファーを眺める怪物がポツンといるだけで、ジェニの姿はどこにも無かった。


「あれ?ジェニ?」


 呼んでみても返事がない……


 ガタゴトガタゴト


 どこかから不思議な音が聞こえる……


「か、怪物……あれ、動いてない?」


 音の正体は大きな箱だった。


 というよりよく見たらそれは棺桶だった。見たこともない模様で彩られているその棺桶が、ガタゴトと動いていた。


「……」


 怪物は何も言わないが、残念ながら僕にはオーラでジェニが隠れているとわかる。


「開けるよ?」


 ドッキリのつもりだろうけど、中を確かめないわけにもいかないので、意を決して蓋に手をかける。


 カパッ


 中にはツタンカーメンっぽいお面を付けた、見慣れた冒険服に身を包んだ女の子が入っていた。


「死者蘇生〜〜〜!」


 お面をつけたままガバッと起き上がる。


「いや古代エジプト人と吸血鬼以外が棺桶で遊ぶな!」


 「罰が当たっても知らないよ!?」と続けて言う。


「ここはどこじゃ……私は何年眠っていたのじゃ……」


 ツタンカーメンに成り切っているのかな?いや口調とかなんにも知らないけど。どちらかと言えばクレオパトラだろう。


 ジェニは怪物を見ると、


「おお、おおお……犬のような容姿に、その大槍……こんな場所にいたのか、アヌビスよ……」


「あはははは!!」


 不意打ちだ!


 思わぬボケに、不謹慎とか罰当たりだとかはすっかり忘れて、僕は爆笑してしまった。






 この建物は荒廃こうはいが酷くそれ以上進めなかったので、今は違う建物を探索している。


「アニマ見て!鉄の糸!意味わからんやろ!?なんで鉄が糸になるんやろな!」


「ホントだ……でもこれって……ざるの目とかに通せばできるかも……いや、ここまで細くすることは出来ないかな……」


「……!!」


 ジェニは驚きに口をぱかーんと開けたまま無言で「なんでわかったの?凄い凄い!」と言わんばかりに見つめてくる。


「なんでわかったん!?凄いすご―――」


「アニマ、ジェニ、これを見てみろ」


 そこに怪物がボロボロの鞄を持ってきた。


「あ、これジェニの家にあった奴だ!旧人類の使ってたお金だよ」


 中には大量の紙が入っていた。綺麗な長方形の手のひらサイズのそれには、それぞれ1000、5000、10000と恐ろしく綺麗な字で数字が書かれていて、種類ごとに異なった人が書かれている。


「確か……病気の研究をした人と、本を書いたお偉いさん!この女の人は……知らないや」


「良く知ってるな」


「うん。でもそれあんまり価値ないらしいけどね」


「そうなのか?」


「そやに!所詮紙切れやからそんに高くは売れやんよ。いっぱい見つかるで歴史的価値もしょぼいしな!」


 そう言うとジェニは10000と書かれたお金をひらひらとさせて、


「当時はこの紙切れで金貨と交換できたらしいで!」


「マジで!?」


 ジェニにそう言われた途端に何やら凄い物なんじゃないかと思い、ジロジロと観察する。


「んー……こんな紙切れのどこにそんな価値があったんだろう?破れたり燃えたりしたら終わりじゃん……」


 やっぱりそんな凄い物だとは思えない。金貨や銀貨と違ってこの紙自体には価値がないから、どうにもそこまでの価値があったのか疑わしい。


「お土産にはええんちゃう?」


「そうだな。かさばる物でもないしな」


 ジェニの提案に怪物が乗っかり、僕もそれに頷いた。


「鞄の横に何か入ってるよ?」


 見つけたそれを取り出すと、


「いー……てぃー……しー……?」


 隣からジェニが覗き込んできて、書かれている文字を読み上げる。


 ETCと書かれているだけの何の変哲もないカードだ。


「なんだろこれ?まぁいっか!お金と一緒に持ち帰ろう!」






 その後、ジェニがどこからか双眼鏡なる物を持ってきた。


「望遠鏡を二つくっつけてるんだ……」


 手に持ってくるくると回転させながらその造りを観察する。


「おお!おおおお!!あははっははははは!!ジェニの鼻でっかぁああ!!あははっははははは!!」


 覗き込んでみると、余りにも物が大きくそして鮮明に見えた。そのままジェニを見るとその異様な光景に思わず笑いがこみ上げてきた。


「ちょっアニマばっかずるい!!貸して!!――――――あはははははははははは!!アニマの顔!!あははははははははは!!」


 ジェニは半ば強引に僕から取り上げると、僕を見て大爆笑しだした。


「むぅー……」






 そこでの探索は一通り終えて外に出た。


 太陽は更に傾き、夕日となって第5層全体を赤く照らす。この階層は建物が多い。必然的に影が長く伸び、赤と黒のコントラストが目を楽しませた。


「!!!」


 他の良さような建物を探して彷徨さまよっていると、突如怪物が何かを見つけて走っていった。


 急いでジェニと後を追いかけると、怪物は地面に膝をついて震えていた。


「ピーター……アンドリュー……ジョナサン……」


「どうしたの怪物……?これはっ!」


 心配で声をかけながらよく見ると、怪物の前にはボロボロに朽ちた冒険者の服を着た白骨死体が3体転がっていた。


 周りに散乱しているリュックサックや探索道具や武器などはこの死体たちのものだろう。


「ここで……誰にも見られずに死んでしまったのか……」


 怪物はその白骨死体の手を優しく持ち上げてつぶやいた。


 すっと、服に隠れた腕がなんの抵抗もなく抜ける。それを見た怪物は信じたくないものを見たかのように「ああ……ああ……」と、震えた声を漏らした。


「か……怪物……?」


 悲壮感漂ひそうかんただようその背中に、なんと声を掛ければいいのか分からないながらも心配で声をかける。


「この人たちは……怪物の知り合いかなんかなん?」


 ジェニの言葉に、


「友だ……こんなところで死ぬようなやつらじゃなかった……」


 そう言った怪物は、両手で顔を抑えて、


「俺のせいだ……!俺のせいで……!俺がっ……追いかけていれば!!」


 それ以上はもう、言葉にはなっていなかった。


 悔しそうに、悲しそうに、怪物は涙を流す。


 顔を覆う包帯をずぶずぶに濡らして、それでも零れ落ちてしまうほどに。


 硬い地面を何度も叩いた。


 剛腕の怪物とは思えない程弱々しい音が響く。






 やがて落ち着いた怪物は、白骨死体の首から冒険者の証である錆びた鉄のネームタグを外して自分のリュックにしまうと、遺品やらも一緒に一か所に集めて、ジェニから受け取った無限の火打石で火をつけた。


 既に骨になってしまっているが、ちゃんと火葬を行いたかったのだろう。


 僕たちは沈みゆく夕日の中、焚火のようにそれを囲み、徐々に大きく燃え盛っていく炎を眺めていた。


「なんで泣いとったん?」


 悲しそうな怪物を心配してジェニが声をかけた。それがド直球なのがジェニらしい。


「……お前たちは知らなくていい」


 怪物は出会ってから頑なに自分の事を話そうとしない。そして今日もまた僕らには何も話さないつもりだ。


「良くない!!仲間が泣いとんのに、慰めの一つも言えやんなんて嫌や!!」


 その怪物の態度に、若干切れ気味にジェニが叫んだ。


「…………」


 怪物はハッとジェニの方を見ると、今度は下を向いて押し黙ってしまった。


「僕たち、怪物のこと全然知らないよ。名前も年齢も、どこで生まれたのかも何も知らない。だから怪物の苦しみも悲しみも分かってあげられない」


 そう言いながら僕は過去の自分を思い出していた。



 かつて僕はジェニに悩みを吹き飛ばしてもらった。あの時僕がどれだけ救われたか……とても言葉では言い表せない。


「……楽しい話じゃないぞ?」


 僕とジェニの想いが伝わったのか、怪物の態度が変わった。


「いい!もっとよく知りたいんだ!仲間だもん!!」


 大きく手を広げて更に気持ちをぶつける。


「話せば長くなる……それでも――」


「「聞く!!」」


 渋り気味の怪物の言葉を遮るようにジェニと声を揃えて言う。


 怪物はそんな僕らを見て「はぁ……」と一つ溜息をつくと、


「名は俺が語り継ごう……」


 小さくそう呟いてから、顔を上げて語り始めた。


「あれは昔、俺がまだ血染ちぞまりの巨人と言われていた頃の話だ……」






【余談】

古代都市アウレアイラという名前は、ラテン語のアウレア・イッラという黄金郷を指す言葉から来ている。

遥か昔の冒険者たちは、数多くのお宝が眠っているこの都市を黄金郷のようだと思い、そういう名前を付けたのだろう。

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