第77話 キメラモンキー③


 武官を全て倒し、残るは弟将ていしょうただ一匹。


 その弟将ていしょうも、隙だらけの背中をさらしている。


「これで終わりだぁぁああ!!」


 気合を入れ、力のままに頭上に掲げたショートソードを振り下ろした。


 キンッ!


 だが弟将ていしょうは、僕の攻撃を視線も無しに弾いてみせた。


「その巨体。力。体力。お前は本当に人間か?加えて冷静で注意深く、決して戦況を読み違えない。これほど強い敵と戦ったことは無い」


 弟将ていしょうは怪物を敬意を込めながら睨む。


「俺は怪物だ」


 短く答えた怪物の言葉に、弟将ていしょうは小さく復唱し、


「怪物か…………!!」


 決して逃げず、無傷で勝利することを宣言した。


 その顔は怒りと共にあり、だがその中には仲間や家族を想う表情もあった。


 大きく足を開いて腰を落とし、薙刀なぎなたを腰の位置に構えて怪物に向かい開いた手をかざす。


 怒りや何やらが全て凪いで行き、可視化される程の集中が全身を覆っていく。


「オーラが……燃えている……」


 弟将ていしょうの常軌を逸したその姿に、思わず口から言葉が漏れた。


ざん!!」


 そう言うや否や、弟将ていしょうは切れ長の目をカッと見開き、鋭く一歩踏み込むと、その足を軸に回転する。


 更にもう一歩踏み出し、回転の勢いを強め、目にも止まらぬ速さの横薙ぎを振るった。


 横薙ぎは怪物の横っ腹目掛けて凄まじい勢いで迫る。


 反応すら出来ないような速さのそれを、だが怪物は大槍で受ける。


 ガギンッ!!


 金属がぶつかり合っただけとは思えない轟音が響き、あまりの風圧に草花がブワッと宙に舞う。


「はっ!!」


 気合の掛け声と共に、弟将ていしょうは怪物を大槍もろとも吹き飛ばした。怪物はゴロゴロと草の上を転がっていく。


 信じられない!怪物は最低でも300キログラムはあるんだぞ!?


「消えろ……厄災やくさい権化ごんげども!!」


 次の瞬間にはもう薙刀を振りかぶった弟将ていしょうが僕の前まで迫っていた。


 しまった!出遅れた!


 斜め上から迫りくる攻撃は、死神の鎌のように鋭く僕の首に向かう。


 避けれない!正面から受けても怪物のように吹き飛ばされる!ならば!


 僕はショートソードを攻撃に対して添わせるように構えて、少しだけ軌道をずらした。


 僕の頭上を髪の毛を数本散らしながら、致死の攻撃が通り過ぎていく。


 なんとか逸らせたけど、体勢は崩せてない!直ぐに追撃が、


 そう思考した時にはもう、グルッと勢いのままに一回転した弟将ていしょうの薙刀が眼前に迫っていた。


「あ……」


 死。


 それはいつも唐突で、挨拶もなしにやってくる。


 死を意識した瞬間、僕は情けなくもそれしか言えなかった。






 キンッ!!


 そんな金属音が僕を走馬灯の世界から引き戻し、わずかに逸れた薙刀が顔の横を通り過ぎていく。


「アニマのミスはジェニがカバーするんや!!」


 続く弟将ていしょうの追撃を、更にもう一度弾きながらジェニが叫んだ。強引に弾いたためにジェニの剣は吹き飛ばされて、背後の草むらに落ちた。


 そうだ!一人で勝てないなら皆で勝つんだ!


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」


 ジェニが弾いた僅かな隙に、僕は弟将ていしょうの懐へ潜り込むと、その勢いのまますれ違いざまに、怪物が斬り裂いた当世具足とうせいぐそくの脇腹の穴から、気合の声に乗せてショートソードの横薙ぎ叩き込んだ。


 ザシュンと手には確かな肉を斬る感触があり、振り向くと弟将ていしょうの脇腹からはドクドクと大量の血が流れ出していた。


 見るからに致命傷だ。放っておいてもじきに死ぬだろう。


「ぐはっ………………!!」


 確かに致命傷のはずだ!それなのに、一切ふらつかずに薙刀を振りかぶった!


 まずい!ジェニは剣を持ってない!攻撃を受けれない!


 地面を全力で蹴る。


 弟将ていしょうは脇腹から血をまき散らしながらも薙刀を振るった。


 くそっ間に合わない!!


 ジェニは不意を突かれはしたものの、流石の反応速度で後ろに跳んで躱した。


 不運は最も望まぬ時にこそ訪れる。


「きゃっ!」


 ジェニが着地した場所には、ジェニの剣が落ちていたのだ。それを運悪く踏んでしまい、地面にお尻を打ちつける。


 弟将ていしょうはもう次の攻撃態勢に入っている。腹から血をふんだんに零しながら薙刀を振るうその姿には鬼気迫るものがあった。


 想定外の出来事にジェニは短く悲鳴を上げつつも、流石と言うべきか次の瞬間には剣を拾い上げた。


 怪物もこっちに向かって有り得ない速度で走ってきている。


 だが二人とも遅い!とても次の攻撃に間に合わない!


 冒険を続ける為には怪我することは許されない……ってそんなこと!!言ってられるかぁ!!!


「ジェニ!!!」


 そう思った時にはもう体が勝手に動いていて、ジェニと弟将ていしょうの間に入って、剣を構える事すら間に合わないと手を広げていた。


「くっ……」


 傷の痛みかなんなのか。そんな僕を見て弟将ていしょうは一瞬だけ動きを止めた。時間にして1秒にも満たない僅かな隙。


 だがその隙は、命綱を繋ぎなおすには十分な時間だった。


 僕の頭目掛けて放たれた弟将ていしょうの薙刀による鋭い突きを、正中線に構え直した剣で弾く。


 ギリリリと音を立てながら薙刀は僕の額を掠め、切れた額からは血が噴き出す。ほんの少ししか軌道を逸らすことは出来なかったが、致命傷は避けられた。


 見える。命の糸が。


 この剣をどう動かせば、弟将ていしょうを殺せるのかがわかる。


 今ここで殺さなければ殺される。そしたら今度はジェニが。その次は怪物が。怪物が負けるとは思えないけど、追い詰められた者は驚異的な力を発揮する。


 瀕死でも鬼のように強いこいつの牙は、怪物にすら届き得る。


 そうはさせないぞ!!僕がさせない!!


!!!」


 右手を突き出し、大きく体勢を崩した弟将ていしょうの首に、正中線に構えた位置からショートソードを薙いだ。


 激戦により酷く刃こぼれしたこのショートソードは、多少突っかかりながらもその役目をこなした。


 ぼとっと落ちた首は、光を失った瞳に濁った空を映している。


 取り残された体は、命の支えを失い倒れ行く。その時に、薙刀がジェニの首に触れて、つぅぅと僅かに血が漏れた。






「ジェニ、」


「アニマ、」


「お前たち、」


「「「大丈夫!!?」」か!?」


 戦いが終わり、一拍。僕たちの声は自然と被さった。


 無傷とは言い難いが、今後の冒険に支障をきたすような怪我は奇跡的に負わなかった。


 皆自分の体を確かめると、


「「「大丈夫」」」


 と、また声が揃った。


「「「ぷぷっ」」」


 それがなんだか可笑しくて、僕たちは笑い合った。


「アニマホンマに大丈夫なん!?おでこめっちゃ血出て来とんで!?ほっぺも!肩も!……膝もや!」


 ジェニは自身も傷だらけだと言うのに、自分よりも僕の方を心配する。


 額から流れ出た血は目には入らなかったので、そこまでひどい出血だと思ってなかった。


「女みたいに長いまつげってバカにされてきたけれど、傘になっていいね。……それよりジェニも体中切り傷だらけだよ!?本当に大丈夫!?」


 見たところ切り傷は浅く、血も溢れ出す程ではないけど心配だ。


「ジェニは浅い傷ばっかやで大丈夫!てか、怪物なんて吹っ飛ばされとったけど大丈夫なん!?」


 ジェニは土と草まみれの怪物をみてそう言った。


「俺はこう見えて体が柔らかい。受け身は得意だ」


 僕たちを心配しながらもどこか自慢げな怪物に、


「あ、そうなんだ……」


 意外だった。怪物って柔らかいんだ。確かに今思うと怪物の多彩な攻撃は、体の柔らかさあってのものだったんだろう。


「アニマ、額の傷は直ぐに何かで塞いだ方がいい」


 怪物の言葉を聞いたジェニが、落ちていたリュックから包帯を取り出して丁寧に巻いてくれた。


「ありがと」


「うん!」


 素直に礼を言うと、ジェニは嬉しそうに笑った。


「皆ボロボロだ!」


 体も服も、心も体力的にもボロボロになった皆を見て僕は自嘲気味に笑った。


 二人も同じように笑う。


 高度な連携をしたことにより、僕たちの絆はもう一段深く繋がったようだった。






「大事がないのなら早くここを離れるぞ」


「「うん!」」


 怪物に返事をすると、戦闘が始まると同時に投げ出したリュックを拾い、軽く穴などがないか点検をしてから背負った。


 地面に転がる死体たちに、パンッと手を合わせる。


「何してるアニマ!時間がないぞ?」


 階段に向かって歩き出した怪物が振り向いて僕を呼ぶ。


 頼もしいその背中に一直線に駆け寄った。


 この階段を登り切れば、いよいよ次は第5層。


 ここまで来れる冒険者は1割にも満たないと言われる。


 ブジンさんたちがいる可能性も高くなってくる。


 第4層では思わぬ足止めを食らったけど、なんとか僕たちはここまで来たんだ。


 この冒険は想像よりずっと過酷で残酷だった。


 それでもまだ見ぬ第5層へ期待を膨らませているこの胸は、僕よりもずっと正直者だ。

 

「なぁアニマ」


 階段を登りながら、ジェニが声をかけてきた。


「猿の楽園おる時に気になったんやけどさ……」


「うん」


「アニマって、ジェニのおっぱいに興奮しとった?」


 なんでもない事のようにサラッと聞いてきたジェニに、


「でゅえっ!!?」


 思わず変な言葉が出てしまった。


 なんでばれた!?なんで!?


 温泉やら修行中やら買い物中やら海やらパジャマやら、一瞬でジェニのおっぱいの記憶が脳裏を駆け巡り、


「ぜんっぜん興奮してないよ!もうぜんっぜん!これっぽちも!だってほら!僕たち親友でしょ!?僕が親友のおっぱいに興奮する変態に見える!?」


 思い出したおっぱいの記憶に鼻息を荒くして、目をぐるぐるさせながらあたふたと言い訳する僕は、間違いなく変態に見えるだろう。


 ジェニは僕の胸に手を当てて、


「心臓バクバクゆっとるし……アニマ嘘ばっかり!」


 ああああああああ!!


 このバカ!バカ胸!お前が正直すぎるからバレちゃったじゃんか!


 くっそぉぉおお!


 バレてしまっては仕方がない。大人しく罪を認めよう。


「正直めっちゃ興奮してた……」


「ふーん」


 ………………………


 え?終わり?そんだけ?何々!?なんなの!?


 少しの沈黙の後、ジェニは頬を赤らめて言った。


「…………アニマなら、触ってもええで……?」


 緊急事態発生!緊急事態発生!


 どうもおかしなことが起こってるぞ!?天変地異の前触れか!?世界滅亡の前兆か!?


 いやいや不吉な方に考えるのはよそう。


 これはあれだ……


 ついにデレたんだ!


 難攻不落のジェニがついにデレたんだ!!


 ……


 な~んてその手には騙されるもんか!


 あの時の第二層での伏線か……とんでもないこと言って来たな。


 僕が驚いて真っ赤になるのを見るが為にわざわざ手の込んだ芝居を打ってきたんだろ?


 僕が誘いに乗ったら、うっそぴょ~ん!引っかかったな変態アニマってバカにするんだ!


 へへっ!残念ながらそんなのお見通しだもんね!


 まぁでもせっかくここまで大掛かりな事をしてきたんだ。しょうがないから乗っかってやるか。


「じゃあ遠慮なく」


 僕が手を伸ばしてもジェニは全く動く気配がない。


 まさか本当に触ってもいいの!?触っちゃうよ!?速くネタばらししないと本当に触っちゃうよ!?


 ジェニはただ、心なしか赤くなった頬でじーっと僕を見つめている。


 ドクンドクンドクンドクン……


「なーんてね!!ぼきゅ、僕は紳士だからおっぱいに興奮なんかしないもんね~!!」


 さっと手を引くと、勢いよくまくしたてた。そのせいでちょっと噛んだ。いてぇ~。


「あははははははっはははははは!!」


 僕は大きな声で笑ってごまかして、怪物の隣まで階段を駆け昇ったのだった。






【余談】

弟将には可愛い妻と幼い娘がいる。

ラブラブ夫婦として有名なほどで、強く賢く仲間想いな彼は、家族からも仲間からも深く慕われていた。

兄将と弟将は白老の息子に当たる。

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