第76話 キメラモンキー②


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!!


 どう足掻あがいても動けない状況に、無慈悲を体現したような突きが迫りくる。


 僅かな逡巡しゅんじゅんの後、脳裏に一筋の光明が差した。


 直感のまま地面に背中を預けると、踏ん張らなくてよくなった足で槍の腹をドカッと蹴り上げてなんとか軌道を逸らす。


 だが、これ以上はもう動けない。次に攻撃が迫ってきたらもう避けられない。どうしよう!


 そこに追撃を仕掛ける暇を与えないようにと怪物が攻撃を仕掛けたことで、僕は起き上がり一度距離を取った。


 今のは本当に危なかった……死ぬかと思ったよ……


 グローブの中が手汗で蒸れる。


 三位一体となった奴らの相対的な強さは今まで戦ってきたどの魔物クリーチャーよりも強く、三つの槍が飛び交う圧倒的なリーチと手数の差に、僕は手も足も出せないでいた。


 このままじゃダメだ。なんとか動き回って隙を見つけなければ!


 ジェニはさっきから攻撃を避け続けている。


 剣で弾けば反撃できるような隙があっても、かたくなに弾こうとはせずに敢えて避けているように見える。


 なぜだ?戦いが始まってからずっと動きが悪い。


 普段のジェニなら僅かでも戦況を読み違えることはなく、超高精度の攻撃を仕掛け続けるのに、そのチャンスを逃しまくっている。


 キレもない。


 疲労か!?長距離に及ぶ匍匐前進ほふくぜんしんで、体に限界が来ているのか!?だとしたらこれ以上戦わせるわけにはいかない!


「ジェニ!!限界ならもう無理しないで!!一旦下がって!!」


 バクつく心臓を放置して、ジェニに声をかける。


「嫌や!!ジェニなしじゃ勝てやんやろ!?アニマと怪物が怪我するとこなんか見たない!!」


 槍による怒涛どとうの突きをふらふらと躱しながらジェニは叫ぶ。


 一度意地を張りだしたジェニは頑なだ。そう簡単に意見を変えない事をこれまでの付き合いで知っている。


「だったら……!!だったら!!本気で戦ってよ!!使!!」


「そっ、それは……!だって……」


 言いよどむジェニ。


「は!?なに!?」


「だって……!!!!!!……!!」


 泣き出しそうなほどに悲痛なジェニの叫びに、きゅっと心を締め付けられる。


「っっつ……!」


 ジェニがそこまで思い詰めていたとは……ジェニが腕の痺れに悩むのは、元はと言えば僕のせいだ。僕を庇って大怪我を負ったせいだ。


 そんな僕から、ジェニに一体なんて言えばいい?


 逃げろ?それは冒涜ぼうとくになるんじゃないか?ジェニの想いもプライドもへし折ることになるんじゃないか?


 気にするな?一体どの口が言っているんだ?そんな言葉がジェニの心に届くわけがない。


 どうすれば……?


「逃げるな!!」


 その時、怪物の大音声が大きく鼓膜こまくを揺らした。骨まで揺らすような低くも衝撃のある声だ。


「可能性に蓋をして、現実から目を逸らすな!!使!!」


 怪物の怒気をすらはらんだ声は、確かな説得力を持って響き渡る。


「戦え!!」


 あまりにも真剣な怪物の叫びに、僕まで心を揺らされる。


「でも……!!もしまたミスしたら……」


 なおも渋るジェニに、


……!?!!」


 迫りくる攻撃を躱しながら叫ぶ。


「で、でも……」


 自信がないのか、僅かだがジェニはうつむく。


「長々とお喋りか!?舐めやがって!!」


 そこへ、激昂げきこうした武官の突きが迫りくる。


 隙を晒してしまったジェニは「しまった」という顔で、対応の遅れた突きを悔しそうに見る。


 僕は一足飛びにジェニの前まで跳んでいき、その槍を横に弾くと同時に、想いのたけを言葉にした。


!!!!!!!?」


「っっつ!!うん!!」


 ハっとしたジェニは力強く頷いた。


 先ほどまでと違い、剣を持つ手には十分すぎるほどに力が込められている。


 三匹のキメラモンキーたちは代わる代わる位置を変えながら縦横無尽じゅうおうむじんに攻撃を仕掛けてくる。


 とても僕一人じゃさばききれないそれをジェニが代わりに弾いてくれる。ジェニが弾き損ねた攻撃を僕が弾いていく。


 この一月半、ずっと互いの動きを見てきたんだ。小さな癖も得意の攻撃も全部知ってる。


「小賢しい!」


 二匹の武官たちを囮に使う事で、最大限にまで力を溜めた弟将ていしょうの轟音をともなう横薙ぎが僕たちを襲う。


 一時的に怪物を無視するという思い切った動きに、僅かに対応が遅れてしまった。


 まともに受けてはダメだ。


 瞬時にそう悟ると、インパクトの寸前に小さく後ろへ飛び、左手を剣の上部へ添えることで重い衝撃をなんとか受け流した。


 だが厚い皮のグローブには少し切れ目ができる。


 ジェニは素早い動きで地面に大の字で伏せることで避けている。


 はっ!


 その姿と自分の状況を見て、ある事に気が付いた。


 ジェニの売りは、そのしなやかで柔らかい体を活用したアクロバティックな動きだ。


 逆に僕の売りはなんだ?


 なぜ今まで忘れていた!僕の売りはジェニと怪物との修行で磨き上げた、剣を正中線に構えた正統派剣術じゃないか!!


 なぜ今まで蛇のような暗殺や遊撃や撹乱かくらんばかりに気を取られていたんだ!?


 逃げていたのは僕だ!


 僕にはもう、一対一なら正面から捌ききれるだけの力量が備わっていたのに!!


「正面からの攻撃は怪物が、反対側からの攻撃は僕が弾く!!ジェニは自由に攻撃に専念して!!」


 僕の言葉に、すぐさま作戦を理解した二人が返事をする。


 三位一体となったキメラモンキーたちの正面には最強の怪物が、裏には僕が、挟み撃ちで攻撃を無効化しつつ、意識を拡散させる。


 こうすることで3匹揃うと厄介な猿たちの攻撃を、表1、裏2。もしくは表2、裏1と分けることが出来る。


 常に表と裏への対応を迫ることで僅かでも隙が生じれば、そこへジェニが空間を無視した動きで攻撃を叩き込む。


 じわじわと奴らに傷が増えていく。


 なるほど、確かに奴らは個々の能力では怪物やジェニに劣っていても連携することで、強大な敵足りえた。


 その連携がまるで一つの生き物のように巧みなら、こちらもそれ以上の連携をすればよかったのだ。


…………!!」


「最強のキメラか」


 ふふっと小さく笑う怪物に、


「おもろいやん!!バケモンに勝つために!!こっちもバケモンになったろか!!」


 地面に両手をつけて何度も縦に回転し、大きく跳躍したジェニは、犬歯を見せて笑いながら、ギラついた眼で武官の一人を見据える。


 ジェニは空中でコマのように爆速縦回転し、そのエネルギーを余すことなく使って武官に迫った。


 ビュンビュンビュンビュンと空気を切り裂く音と共に、白銀のコマは武官の一匹を縦に腹まで裂いて、ズザァァと地面に着地した。


 なすすべもなく別たれた武官の死体に、キメラモンキーたちは絶句する。


 その隙に怪物は腰を深く落とし、最強の一撃をかます準備を整えていた。


 手のひらをかざし、足を引いて、大槍を親指と人差し指の間にのせて、狙いを定める。


 槍の根本を持ったもう片方の手には凄まじい力が込められ、足は地面に凹みを作り、ぎゅるりと腰が回転する。


 かざした手を引くと同時に、その力は一切狂う事なく大槍を伝い、凄まじい回転を加えられ、先端が見えないほどに加速する。


魂穿たまうがち!!」


 豪速の一撃は弟将ていしょうへと迫る。


「!!!」


 ドパァァアアン!!空気を叩きつけたような破裂音が鳴る。


 だが流石と言うべきか、弟将ていしょうは横に跳んで躱し、硬い当世具足とうせいぐそくを斬り裂いた穂先が僅かに脇腹をかすめただけにとどまった。


「っ……」


 その異様な音に、咄嗟に背後へ視線を向けた弟将ていしょうが驚愕に息を漏らした。


 弟将ていしょうを狙ったかと思われた怪物の大槍は、その後ろ、武官の心臓を消し飛ばしていた。


 武官は口から血を滴らせて瞳からは光が失われつつある。ゴポッと血を吐き出し、そのまま地面に倒れ動かなくなった。


 隙を見せたな!


「これで終わりだぁぁああ!!」


 突然の仲間の死に呆然となる弟将ていしょうの隙だらけの背中に、僕は大上段の一撃を振り下ろした。






【余談】

アニマは膂力がしょぼいので斬撃に力強さはあまりない。

だが幾多の反復練習で磨かれた大上段の振り下ろしは、アニマの中では一番威力の出る攻撃だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る