第75話 キメラモンキー①


「戦うしかない!!俺が壁になる!!」


 怪物は瞬時に立ち上がると、迫りくる薙刀の横なぎを大槍で受ける。


 金属と金属がぶつかり合う耳をつんざくような音と、同時に届いたその切迫した声で、疲労やプレッシャーやその他もろもろによりいつの間にか判断力が鈍っていたことに気づいた。


「ジェニ!!僕たちは怪物の援護と遊撃だ!!」


 その瞬間、思考を切り替えてジェニに叫ぶ。


 ジェニは一瞬の躊躇ちゅうちょの後、頭をブンブン振ると僕と共に飛び出した。


「子供だからと決して侮るな!背中を見せるんじゃないぞ!」


「はい!弟将ていしょう様!」


 怪物と壮絶な戦いを繰り広げながらも、弟将ていしょうは部下に指示を出す。


 冷静で視野が広く強い……厄介だな……あいつをなんとかしなければ!


 ただ、その前にこいつらを倒さないと数の不利で負けてしまう。


 僕は全力で走って回り込みながら、黒い当世具足とうせいぐそくに身を包み、槍を構えたキメラモンキーたちに向かって剣を振り下ろした。


 武官たちはそれをいとも容易くキンッと弾くと、すかさず反撃してくる。


 その穂先が僕の頬を軽く引き裂く。少し遅れて痛みがじわじわとやってくる。


 鋭い!なんて巧みな連携だ!見えてたのに避けきれなかった!


 顔を引き、少しだけ体勢が崩れたその隙を奴らは逃さない。


 直ぐに第二第三の刃が飛んできては、チッチッと服の端をかすめていく。


 ダメだ!攻めることも受けきることも出来ない!一旦退くしか!


 僕が退こうとしたその時、奴らの背後に迫る影に気が付いた。


 ジェニだ!姿勢を低く保つことによって上手く背後に回り込んだんだ!


 ジェニはそのまま音を立てずに飛び上がると、目にもとまらぬ速さの回転斬りを首筋目掛けて放った。


「んぐっ!!」


 がら空きの首に剣がめり込むかと思ったその時、ジェニの腹を槍の石突(長柄武器における刃部と逆側の先端)が突いていた。


 ジェニは痛みと衝撃にうなると同時に地面を蹴って飛びのいた。


 その残像を追撃の槍が斬り裂く。


弟将ていしょう様の言葉を忘れたのか?」


 距離を取り、腹を抑えて痛みに喘ぐジェニに、武官の一人が見下すように言う。


「ジェニ!!」


 ちっ!背後を見せたのはわざとだったのか!!


 強い。魔物クリーチャーの身体能力のままに高度な思考能力を有し、訓練を積んだ個体だ。これまで戦ってきた魔物クリーチャーたちとは格が違う。


 何より厄介なのはその連携だ。三匹がまるで一つの生物になったかのように動く。腕が六本ついているみたいだ。


 だが今、その意識が少しだけジェニに寄っている。見下したことで生じた僅かな隙だ。


 僕は怪物と激しい攻防を繰り広げる弟将ていしょうの背中に向かって飛び出した。


「くっ!」


 ドガッと背中を蹴られて地面を転がる。顔が草で擦れて軽い火傷を負う。襲い来る痛みを無視して振り返ると、


「学習しない奴らだ」


 背中を蹴った武官が、間抜けめと僕を嘲笑っていた。


 僕とジェニが隙を見せたことで、武官たちが弟将ていしょうの援護に回り、優勢だった怪物が押され始めた。


「ジェニ!!速く怪物の援護を!!」


「う、うん!!」


 僕は素早く起き上がると同時に、珍しく動きを止めていたジェニに声をかける。


 三匹の武官がそれぞれ怪物、僕、ジェニと三手に別れてその槍を振るう。


 怪物の規格外の強さに、最低でも一匹は援護に回らないといけないと気づいたのだろう。


 それにすばしっこく走り回る僕たちを自由にはさせまいとの考えか。


 やりにくい!


 戦いの時、剣で槍に勝つには三倍の実力がいると言う。リーチの違いを埋めるのはそれ程至難というわけだ。


 鋭い突きを体を逸らして躱すと同時に、槍の下に潜り込んで足に横薙ぎを振るう。キンッと音を立てたが、剣は甲冑かっちゅうに阻まれて骨身までは届かない。


 くそっ!思ったより硬いなあの防具!


 防具があったとはいえ、攻撃を受けてしまったことに武官は腹を立てる。突き出していた槍を真下に振り下ろした。


 木の部分で殴るつもりだ。


 剣を頭上で斜めに構えることで、柳のように受け流す。体勢を崩した武官に僕は体を捻りつつ下から斬り上げを放った。


 鎧にはその構造上明確な弱点が存在する。


 膝の裏や肘、そして狙うは脇の下!


 ザクッ!!僕の剣は、生々しい音を立てて槍を持つ腕ごとその体と分断した。


 命の支えを失った腕は地面に転がると、ぴくッとしてから動かなくなった。その周りの草を鮮血が濡らしていく。


「グアアアァ!!なぜ俺がこんなクソガキに!!」


 武官は憤りながらも、残ったもう片方の手で肩を抑える。


「血が!血が止まらねぇじゃねぇか俺のぉ!どうしてくれんだよぉァア!!」


 血走った目で唾を飛ばしながら、落ちた腕を拾おうとする。


 その伸ばしたもう片方の腕も、すかさず斬り離す。


「グアアァァアアア!!腕が腕がぁぁああ!!殺すぅ!!絶対に殺してやるぞぉ!!」


 武官は目の端に涙を浮かべながら、激しい怒りに震えている。


 両の腕を失い、怒りに狂うこのキメラモンキーに、


使


 ジェニの腹にダメージを負わせたこのキメラモンキーに、僕は冷たく言い放つ。


「クソガァァアアアア!!」


 それがこの武官の最後の言葉になった。


 くるくると宙を舞った首はポトッと地面に落ちると、怒りの表情のままに動かなくなった。


 こいつは確かに強かった。


 だが強さとは結局速さなのだ。リーチが長ければ同じ動きでも相手の体に到達するのが速くなる。それが槍の強みだ。


 しかし、一度懐に潜り込んでしまえば、小回りの利く剣の方が有利となる。


 剣で槍に勝つには三倍の実力がいると言うが、僕は最初からそれを狙っていただけに過ぎない。


 さて、僕でも勝てたんだ。ジェニはもうとっくに勝てているだろうな。


 あまりの集中に視野を広く保つことが出来なかったので、ジェニの状況が掴めていなかった。


 ふっと目を向けると、


「おらおらおらぁ!逃げるだけで精一杯かぁ!?白老様に斬りかかった程の気概はどうしたぁ!?」


「っつ……」


 ジェニは正に防戦一方と化していた。完全に相手に主導権を取られて、一方的に攻撃されている。


 その体には小さいながらも無数の切り傷が刻まれていて、血の線が小さな体を彩っている。


「!!!」


 驚きと共に地面を蹴り、怒りと共に武官の背中に斬りかかった。


「こんの糞野郎!!!」


 怒りを抑えきれずに叫びながら剣を振るう。それを察知した武官は咄嗟に籠手で身を守った。ガンッという音と共に傷はつけたものの弾かれる。


「なぜお前がこっちに!?っっつ!!クソガキがぁぁああ!!俺の仲間を殺しやがったなぁあ!!」


 武官はその怒りのまま槍を振りかぶり、


「戻れ!!」


 そこに弟将ていしょうの鋭い声が飛んできた。


 武官は瞬時に攻撃態勢から切り替えて、弟将ていしょうともう一匹の武官の元へと僕とジェニの追撃を警戒しながら合流する。


「兄者たちは頭が固い。A5ランクという甘い誘惑に惑わされ、危険分子としての視点が欠けていた」


 弟将ていしょうは噛み締めるように言葉にする。


「大切な仲間を失ってからではもう遅い。やはり、私が猿の楽園の頂点に立たなければならなかったのだ」


 言葉は冷静ながらも、弟将ていしょうの表情は怒りに染まっている。


!!!!」


 弟将ていしょうと武官たちは互いの背中を預け合い、三位一体となって槍を振るう。


 隙が完全に無くなり、そこに残ったのは確かな殺意だけとなった。


 弟将ていしょうの明確に殺意のこもった突きが放たれた。空気を易々と斬り裂いたそれは、一直線に僕の心臓へと迫りくる。


 時間が遅延していく感覚と共に、肉を貫く瞬間を心待ちにしている切っ先が、焦れた猛獣の如き獰猛どうもうさで吠える。


 リンボーダンスのようにして上体を逸らすと、僅かに服を斬り裂きつつ、押し出された空気が僕の肌を打った。


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!


 危機一髪を乗り越えたその時、このどうしようもない体勢の中、僕の視界にはもう一本の迫りくる槍の穂先が映っていた。






【余談】

武官は他の個体よりも体が大きいものが多く、人間の大人と同程度かそれ以上のサイズだ。

中でも高位の武官は更に体が大きく、将軍である二匹はかなりの巨体だ。

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