第3層 森の怪物

第42話 大いなる密林


「ここが第3層、大いなる密林……」


「でか……」


 ジェニが大いなる密林と呼んだこの階層は、とにかくデカかった。


 木々はその一本一本が有り得ない程太く、樹高は100メートルをゆうに超えている。


 草花も生い茂り、全く奥が見通せない。森の中は薄暗く鬱蒼うっそうとしている。太陽の光さえも大半を遮ってしまっているのか。


 ボアァァァアアアア!!キシャアアアア!!


 森の奥からは様々な生物の声が聞こえてきて、地鳴りのようなものも時折微かに聞こえ、暗い森特有のなんとも言えない匂いが鼻につく。


 正に人外魔境……暫くその異様な雰囲気に呑まれて思考が停止していた。






「作戦を立てよう」


 巨大樹の近くに行って登れるか試しているジェニに声をかける。


「第3層はとにかく危険や!大型の獰猛どうもう魔物クリーチャーたちがおって、そいつらに気を取られとると毒持ちに足元すくわれる!クリーチャーズマンションで一番危険って言われる階層や!」


 こちらへ駆け寄ってきたジェニは、一息つくと真剣な表情でそう言った。


「前情報でも危険と言われる魔物クリーチャーが多いのはこの階層だったね。冒険者の半数以上はこの階層で命を散らすらしいし」


「それに木が大きくて見通し悪いで一回迷ったら終わりや!ルート通りに進まんとあかんで!」


「もしルートを逸れる時は、目印か何かを残しながらじゃないとダメそうだね。木にナイフで矢印でも刻んでいこうか」


「小枝折るとかな!あと、ルートは2つ。森の真ん中突っ切ってくルートと、この階層の壁沿いに進んでくルートやな」


「うん」


「後者は比較的安全にこの階層クリア出来るで!道に迷う心配もほとんどないしな!でも、前者に比べて道のり長なって時間かかるし、水場無いからなんとかせなあかん」


 ジェニは懇切丁寧に説明してくれる。探索前の情報の擦り合わせが凄く大事だという事を理解しているからだ。


「逆に前者は、水場も豊富にあって時間的にも早よクリアできるで!でも、どんな魔物クリーチャーに遭遇するか分からんで、気は抜けやんな!」


「どっちで行くのが正解か……」


「ちなみに怪物の目撃情報あったんは外周ルートの方!」


「ちなむねぇ、うーん……悩ましいねぇ」


 速く危険な直線ルートと、時間がかかるが安全で、でも怪物という不確定要素がある外周ルート……


 じぃーーー


 水問題も無視はできない。外周ルートを選んでも、結局は水を調達する為に森に入らなければならない……


 じぃーーー


「……どうしたのジェニ?」


「……アニマならどんな答え出すんかなぁって。だってアニマはジェニが知っとる中で一番頭ええから!」


「あ、ありがとう……」


 なんだか胸がポカポカする……!


「そうだね、直線ルートで行こう!」


 ジェニの期待に応えるように僕はそう言い、それを聞いたジェニもなんでだろうと考えているようだ。


「まずブジンさんがルートを選ぶならこっちのルートである可能性が高い。事前に怪物の情報を仕入れていたブジンさんがなんの対策も取ってないわけがないからね」


「あっ……そっか。オトンたちが見つかるかもやし、そうやなくても痕跡くらいは見つかるかもしれやんな……」


「そう。そして、直線ルートの最大のデメリットである魔物クリーチャーたちは、僕の気配感知とジェニの情報量を持ってすれば最低限に遭遇を抑えていけるはずだ」


「デメリットがデメリットになってない……?」


「うん。それに更に上の階層にブジンさんたちがいるなら、なるべく早く攻略した方がいい。第1層で痛感したけど、水場問題もあるしね」


「おお!さっすがアニマ!スマートクレバーブレインウォッシュ!」


「ウォッシュ!?洗脳!?スマートでクレバーに洗脳?激ヤバの独裁者!?」


「水場問題とかけてみた!」


 ドヤッ


「いや洗っちゃダメでしょ!洗っていいのは心までだよ!脳まで洗っちゃダメ!」


「さすがアニマ!キレるね!堪忍袋くらいよく切れるね!」


「堪忍袋がよく切れたらただのヤバい人なんだよなぁ」


「間違えた!頭の線が1本切れてるね!」


「僕って頭おかしいの!?頭が切れるは誉め言葉だけど、そっちはもう純粋な悪口だよ!」


「まぁまぁ落ち着いてアニマ、怒りと憎しみは飲み込むもんやで!水だけに!」


 ドヤッ


「その水飲んだら胸焼けしそうだけどね……はぁ、しょうがないから水に流してあげるよ」


 ドヤッ


「オチついたな!」


 ドヤッ!






「アニマ見て!人面ナメクジや!きっもーい!」


「うわっ美形だ……」


 森の中は空気が違った。なんというか濃い。空気が濃い。一呼吸ごとに肺が洗われるようだ。肺ウォッシュだ。


 それに凄まじいほどの木と草の匂い。さっきまで海にいたもんだから余計その違いに驚く。


 僕たちは先人たちの残してくれたけもの道と、木につけられた印を頼りに進んでいた。


 といってもジェニは流石の適応力というか、好奇心旺盛というか、既にあらゆるものに興味津々だ。葉の裏に隠れていた人面ナメクジを見つけると、目を輝かせていた。


 人面ナメクジは無害で大人しい魔物クリーチャーだけど、見た目がきもい……しかもこいつは美形ホストみたいな見た目なのでなおきもい……


 きゃっきゃと喜ぶジェニは、ブサカワを見て喜ぶ学生のようだ。いやブサカワというよりかはイケキモなんだけど。


「あぁー喉乾いたなぁー」


 近くにあった小川で水を補給しようとすると、「待って!」とジェニに止められた。


「そこの裏見て」


 ジェニが指さしたところを注意深く見ると、水の中にてかてかとしたカエルの卵があった。「でかっ」その大きさに思わず声が出る。


 長く連なった、人の腕くらいの太さの沢山の卵から逆算すると、成体はかなり大きいことになる。


「ブスガエルの卵やな……近くに群れがおるかもしれやんで、アニマは気配感知に集中して!」


「うん……大丈夫、近くに気配はないよ……」


「そしたらちゃっちゃと水くんで、慎重に退散や!」


「おっけ」






 かさっ


「ん?……あっ見てジェニ、ストロベリスだ……!」


 気づかれないように小声でジェニを呼ぶ。枝の上にはイチゴを手に持った可愛らしいリスがいた。


「じゅるり……」


 ジェニの反応は速かった。草と根っこを上手く躱しながら木に向かって全力で駆けていくと、その勢いのままに駆け登った。


「……は?」


 そして一瞬でストロベリスのいるところまで駆け登ると、空中で肩の剣を抜き放つと同時に一閃。首をスパーンと撥ねて、体の方を掴むと、剣をしまい、するすると木から降りてきた。


 なんだあれ?


 なんだあの動き?


 まず人間って木を走って登れたっけ?それに空中での正確な一閃。そのあと体が落下するまでに行われた一瞬の早業。


 遠い……まだまだ……


 クリーチャーズマンションに入ってからも、本物の戦闘をする度にキレを増すジェニの動き。僕も置いて行かれまいと、寝る前の素振りとイメトレは欠かさず行ってきた。


 遠い……見えてきたと思っていた背中は、まだまだ遥か空の彼方にある……


 100


 


 遠い……けど、


……!」


 ストロベリスに手を合わせながら、静かに闘志を燃やしてジェニを見る。ストロベリスの足をもってぷらぷらと血抜きをしながら戻ってきたジェニは「え、なにが?」ときょとんとしている。


 はるか遠く、雲の上の頂にジェニが行くというのであれば、僕はひたむきにその背中を追いかけるだけだ!


 それが遠ければ遠いほどに、高ければ高いほどに、追いついた時ともに振り返れば、頂の景色は何色に輝いているのだろうか……


 どんな困難な道のりでも、僕なら乗り越えていける。ジェニのことが大好きな僕なら、必ず……


「大好きって何が?ストロベリス?」


 しまった声に出てたみたいだ!


 でも良かった、ストロベリスのことと勘違いしてくれている。


「ジェニのことさ!僕はジェニのことが大好きさ!」


 ぼふっ


「え?っえ?……急になんなん?」


 ジェニは顔を真っ赤にしてやや混乱している。耳が熱い。そりゃジェニから見た僕だってきっと真っ赤になっているんだろう。


 恥ずかしい……以前の僕ならこの恥ずかしさから逃げていた。


 だが、ジェニに振り向いてもらう為ならこんな恥ずかしさなんて気にしちゃいられない!


 ……


「大好きさ、ずっと……でも絶対負けないからね!」


 ジェニの眼を真っ直ぐに見て僕は宣言した。負けない……ジェニの初恋の人がどんなに素敵な人かは分からない。


 ………………!


 ジェニは赤い頬でポーッとなった後、サッと目を逸らしてあわあわときょどると、


「なんかよう分からんけど、ジェニも負けやんから!」


 と笑顔を咲き誇らせた。






【余談】

クリーチャーズマンション内は基本的に植物や動物の育ちが良く、それは魔物クリーチャーも例外ではない。

同じ階層内に気候や季節的に同時に咲いているはずのない花が咲いていたり、外は冬なのに夏の果物がなっていたりする。

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