第41話 勿忘草の想い海
「はわわわわわわわ……」
「ふわぁ~……」
耳元で聞こえる謎の声を目覚ましにして、微睡のなか欠伸した。
いい匂い……
何やら顔と腕に柔らかくも温かい感触がある。
「はわわわわわわわ……」
一体なんの声だ?
眠い目をこすると、欠伸で出た涙がそっと手に着いた。
むにゃむにゃ……この暖かい感触に包まれてもっと眠っていたい……
「はわわわわわわわ……!」
腕に少し力を入れてこの暖かい抱き枕を引き寄せようとしたら、謎の声が大きくなった。
なんだなんだ?心なしかジェニの声に似ているけど……
半覚醒状態だった僕の意識は、やっとのこと夢の世界から水面を目指して浮上した。
目の前に見えるのは昨日ジェニが寝る前に来ていた服だ。
二つの丘がゆっくりと上がったり下がったりしている。
いい匂いの正体は、緩いウェーブのかかった白銀の髪だ。朝日に照らされて赤い光を内包している。
右耳に感じるのは腕の温かみだ。柔らかくていい寝心地だった。
そして腕をまわしているのは……ジェニのお腹……ジェニ!?
「はわわわわわわわ……!」
なんで頭の上から壊れた人形のような声が聞こえてくるのかやっとわかった。
というかジェニだった。
「ごっごめん!!」
慌てて飛び上がり、ジェニに謝った。
どうやら寝ぼけてジェニに抱き着いたままジェニの腕を枕にしていたようだ。
「あわ~あわ~……」
ジェニは顔を真っ赤にしてショートしている。
……あれ?
何か違和感を感じる……なんだろう?
「ジェニ……?」
僕が呼んでもジェニはショートしたままだ。
「ジェニ?おーい!ジェニ?……あれ?」
顔の前で手を振ってみても特に反応は変わらない。
「早く起きないと、ジェニの分の朝ご飯も食べちゃうよ?」
ならばと耳元で囁いてみた。
ぼふっ
するとジェニは更に顔を真っ赤にしながらも「食べる……」と言って起き上がった。
朝食を食べながら、僕はさっきのジェニの
普段のジェニならスキンシップは当たり前、抱き着いてくるなんてことも普通にある。
逆にその度にドキドキして寿命を縮めまくっている僕だ。
寝ぼけて抱き着いていた僕が言うのもなんだけど、さっきの反応は何かおかしい。
なんせ僕よりもジェニのほうが真っ赤になっていたからだ。
どういうことだ?さっぱり分からない。まさか恋愛感情なんてあるわけないしな……その辺はしっかりと学んだ僕である。二の鉄は踏まない。
とするとなんだ?他に理由は?
あ……分かった!寝起き顔が見られて恥ずかしかったんだ!
そうだ!確かに寝癖が付いていたし、起きたらすぐに顔を洗いに行ったからきっとそうだ!
ははーん……その辺はあまり気にしないのかと思っていたけど、意外と女の子らしい可愛いところもあったもんだ。
可愛い可愛い。
独り思考を終えて満足気にもっちゃもっちゃと
「にしても美味しいねこのリンゴ!実は小ぶりだけど」
「そんに気にいったんならジェニのもあげる!」
「ん?ああ、ありがと」
僕が礼を言うと、ジェニは僕の口に少し強引にリンゴを押し入れた。
んー?
また違和感だ。
今度はなんだ?
ジェニが僕に食べ物をくれた……ジェニが僕に食べ物をくれた!?
待て待て!雪でも降ってるのか!?
食欲モンスターのジェニが食べ物をくれた!?あのハイエナが!?
有り得ない!いやでも、うだうだ考えていても仕方がない。直接聞いてみよう。
「いやなんのドッキリ?」
マジでなんなんだろう……実はわさびが入ってます的な?
「いや、その……アニマが美味しいって、言うで……やったらジェニのやつもあげたら、喜んでもらえるかなって……」
ジェニはもじもじと、そしてちらちらと僕を見ながら言った。
「ジェ……ジェニ……!」
ドサッ
「う、うぇっ!?」
感動だ!感動した!!まさかホントに僕のことを想って食べ物を分け与えてくれるなんて、あのジェニが!
くぅ~!思わず嬉しすぎて抱き着いてしまった。
が、また違和感だ。ジェニの反応がいつもと違ってしおらしい。
いつも通りなら力一杯抱き返してくるか、ドヤ顔で胸を張って一言二言調子のいいことを言うのに、今日のジェニは顔を赤くしながらも何も言わずにそっと僕の背中に手をまわしている。
やっぱり何かおかしい……変なキノコでも食べたのかな?
うーん気になる……
あっ分かった!
さては新しいボケの伏線だな!朝っぱらから前振りをしてくるなんて、これだから天才少女には困ったものだ。
一体どんな盛大なボケを思いついたんだろうか?まぁでもここは気づいていないフリをしてあげるのも優しさかな。
仕掛けてきたら、やりすぎなくらい大袈裟にリアクションしてやろう。
そうと決まれば出発の準備だ。
「ジェニ、そろそろ準備しよっか」
「うん」
ジェニは名残惜しそうに頷くと、僕から離れた。
おぉ~やってるやってる。にしても何系のお笑いなんだろうか?
ジェニのボケは変則的過ぎて読めない。まぁ気にしすぎてもあれか……
「いざ、しゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ!」
服を着替えて、干しといた下着をしまって、荷物を纏めて、リュックを背負うと、僕は意気揚々と号令をかけ、ジェニもテンション高くそれに乗っかった。
もうわりと普段の調子に戻っている。時折僕の方をジーッと見てくるので見つめ返すと、すぐに目を逸らされるのだけが気になるが、目の前の光景に比べたらそれは些細な事だ。
「すっっっごいすごい……」
「うわー……!」
聞く人がいればバカになったんじゃないかと思われるだろう。だがそれ程に凄い!
第2層の孤島から第3層へと続く階段へいく為には、今僕たちがいる場所を通っていくのがメジャーだ。
それは約4キロメートルにも及ぶ、海の中を真っ直ぐに突っ切る海中トンネル……
360度を海と煌めく陽光のカーテンと無数の魚に覆われた、正に青の世界!
「こんな世界見たことないや……!」
「アニマ見て!クラゲがおる!絶滅してなかったんや!!」
「おおおお!凄い!透明だぁ!ふわふわしてるー!」
「魚も皆デカいな!凄い綺麗!」
「まさか海の中を生きたまま見る日が来るなんて、想像したことも無かったよ!」
「さいっこうやな!!」
有り得ない透明度のガラスにへばりついて、目に映る全てにテンションが上がる。
最高に幻想的な景色だ。
これがまだあと数キロもあるってんだから恐ろしい。
テンションが上がりすぎて、脳の血管が切れてしまうかもしれない。
「ん?ジェニあれ見て……」
そんなバカなことを考えながら進んでいると、視界の端に黒い影が見えたような気がした。
「なんやあれ?」
ジェニと共に見ていると、次第にその影は大きくなっていき、
「「……ぁぁぁぁああああああああ!!」」
ドゴーーーン!!
大口を開け、ガラスのトンネルに体当たりしてきた。
「め、メガロドンやー!!!」
ジェニが叫ぶ。そりゃ誰だって叫ぶ。目の前に僕たちの10倍以上はある巨大サメが、ギザギザの凶器のような歯を見せながら突進してきたのだ。
「に、逃げろー!!!」
僕たちは悲鳴を上げながらも必死に走った。
ドゴーーーン!!
「きゃああああああああ!!」
メガロドンは僕たちめがけて何回も体当たりしてくる。
「やばいやばいやばいやばい!!」
今あのガラスが割れたりしたら、二人仲良くあいつの餌だ!
全ての力を足にそそいで、一心不乱に駆け抜ける。
ドゴーーーン!!
「いやぁぁぁあああ!!」
「はぁ……はぁ……死ぬかと、思ったね……」
「もう、二度と、通らんわ、こんな、トンネル……」
海中トンネルを全力長距離走してきた僕たちは、第3層へと続く階段前の砂浜に出ると、その場に倒れ込み、肺がはち切れそうになりながらもそうぼやいた。
「ぷっ……」
「ぷふっ……」
「「あははははははははははははははははははは!!」」
ドクドクと音を立てる心臓。はち切れそうになった肺。吹き出した汗。
あのなんとも言えない恐怖から抜け出したことに、二人してパニックになって脇目も振らずに駆け抜けたことに、なぜだか凄く可笑しくなって顔を突き合わせて大爆笑した。
「ん?」
「アニマ?」
突如違和感を感じ振り向いた僕に、ジェニが不思議そうな顔を浮かべる。
「なんか
「ガオー!!!」
「わああああああ!!ちょやめてよジェニ!!マジで!!」
「メガロドンやでー!!」
「絶対違うでしょ鳴き声!あーこわっ!」
悪戯成功と笑うジェニに、僕は腕を擦りながら、
「ほんともう、二度と来るか!こんなとこ!」
そう言った僕にジェニが吹き出し、また二人笑い合う声が大海原に呑まれていく。
ここは第2層、清き大海……
いかなる声も、いかなる想いも、海はその全てを飲み込む。
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