第40話 希望は抱くもの。
「アニマ大丈夫?」
砂浜の上で目が覚めた時、横たわる僕を覗き込む白銀の女神様がそこには居た。
太陽を味方につけて光り輝く髪と、影でも映える赤紫の瞳。
濡れたシャツは肌にピタリと張り付いて、聖なる双丘の薄いピンクの一本杉が透けて見える。
ああ、見間違いじゃなかった。やっぱりここにいるのは女神様だ。
「大丈夫だよマイヴィーナス!ちょっと海水にびっくりしちゃったみたい」
「ふふん!ジェニはアニマの命の恩人やからな!もっと崇めてくれてもええんやで!」
ジェニはどや顔で胸を張る。
おおっと!今胸を張ると大変なことになってしまう!
ああ眼福眼福……
「最高の女神様だよ!」
「ふーはっはっはっはっはっは!」
ジェニは腰に手を当てて尊大に笑う。
その度にたわわがたゆたゆになって目のやり場が大変なことになる。
おおおお!!眼福すぎるうう!!
七福神が全員目に集まってるううう!!
「さいっ……こう……」
パタン……
「アニマ……?アニマぁー!!」
こうして僕の冒険は幸せに幕を閉じる……
わけはなく、その後はジェニと日が暮れてくるまで泳ぎ続けた。
僕はカナヅチだったけど、ジェニが手取り足取り教えてくれてゆっくりとだけど泳げるようになった。
楽しい時間は一瞬で過ぎていく……
濡れた下着は木に干して、森から葉っぱを集めてきて砂浜の上に簡易な寝床を作り上げると、近くで焚火を焚いて夕飯を作ることに。
食材はもちろんミミーアキャットの肉だが、森でとれた香草をいくつか使ってみたらほっぺたが落ちすぎてブルドッグのようになった。
「ふぉいふぃい……」
頬張りながら幸せそうに話すジェニを、行儀がなってないと叱るものはいない。なぜなら僕も「ふぉいふぃいねぇ」とそれに答えているからだ。
一日中泳ぎ回っていたこともあってか、胃の中にはどんどんと食べ物が入っていく。肉のほかにも少量取れたブドウなどがかき消えていった。
おっと節制を誓ったばかりだ。残りの分は明日に取っておくとしよう。
そうこうしているうちに辺りは完全に暗くなっていて、僕たちは程よく膨れたお腹をさすりながら、焚火のそばにごろんと二人寝転がった。
「綺麗……」
「綺麗やな……」
「不思議だね。ダンジョンの中なのに満天の星空が見えるなんて」
高さ100メートル弱の果てしない夜空を眺めて感動をこぼす僕に、
「こうしとるとあの日を思い出すなぁ~」
とジェニは言う。
「うん。僕にとっては一生忘れられない思い出だよ」
あの日あの時ジェニと出会っていなかったら僕は一体どうなっていただろうか……
体を壊していたかもしれない……
それともこの世を憎んで自ら命を絶っていたかもしれない……
少なくとも今こうしてジェニとクリーチャーズマンションにいるなんてことは確実になかっただろう。
「あの日僕は救われたんだ。先の見えない真っ暗闇の中でジェニは光を見せてくれた。僕にとって一番輝いていた星は間違いなくジェニだった」
「ジェニはそんなたいそうなもんやないで?あの日もただ満天の星空を見逃すなんてもったいないなぁって思っただけやから」
「そんなことないよ。ジェニはどんな時でも輝きを失わない、いわば恒星さ」
「恒星……えへへ……アニマ知っとる?一等星って言われる恒星は、こんだけいっぱいの星の中でも21個しかないんやで」
「へぇ、そんだけしかないんだ」
「シリウス、カノープス、リギル・ケンタウルス、アークトゥルス、ベガ、カペラ、リゲル、プロキオン、ベテルギウス、アケルナル、ハダル、アクルックス、アルタイル、アルデバラン、アンタレス、スピカ、ポルックス、フォーマルハウト、デネブ、ミモザ、レグルス……」
ジェニは見えているものは指をさしながら、一つ一つ名前を言っていく。
「一番明るいのがおおいぬ座のシリウス、んで一番暗いのがしし座のレグルス、その二つの明るさには2.5倍くらい差あるんや」
「そんなに……」
「他にもな、あの天の川は薄くて見えづらいとこもあるけど、輪を描くように地球を一周しとるらしいで!」
「……ジェニは本当に星が好きなんだね」
自分の好きなものを話せることが嬉しいのか、ジェニは凄く楽しそうに語る。焚火に照らされた横顔はどこまでも綺麗で美しく可愛らしい。
「オトンともよーこうやって話しとったんや!…………オトン……大丈夫かな……?」
いつも明るいジェニだけど、やっぱり不安はそう簡単には拭い切れないようだ。ごろんと寝返りを打って僕には背を向けているので、今どんな顔をしているのかは分からない。
どれだけジェニが強くとも、僕と同じくまだまだ12歳の子供だ。大好きな父が帰ってこない……それは少女が抱え込むには大き過ぎる。
待つことを辞めた、希望から手を離した僕には痛いほどに分かる気持ち……だからこそ、僕にしか言えないことがある!
「大丈夫さ!言ったでしょ?ブジンさんが死ぬわけない!」
「……」
「待ち続けるのも、諦めるのも、決して簡単な事じゃない。でも僕たちは探しに来たんだ!助けに来たんだ!」
4年も帰ってこない僕の父さんと違って、ブジンさんはまだ1か月だ。
「
そうだ、希望はあるんだ!
「アニマはいっつも優しいなぁ。アニマとおるとなんかめっちゃ居心地ええ……これからもずっとずっとジェニの親友でおってな!」
ニカッと笑うその眼にはもう不安も陰りも無かった。
ヒューン……
「あっ流れ星!」
「ほんまや!知っとるアニマ?流れ星が流れとる間に心の中で願い事すると願いが叶うんやで!」
「そうなんだ!……でももう消えちゃったよ?」
「一個あったら他にもある可能性は高いで!辛抱強く見とったら見つけれるに!」
「うん!」
二人の間には沈黙が流れる。嫌な沈黙じゃない。心地の良い沈黙だ。
「……あのねジェニ。言い忘れてたんだけど、初めて会ったあの日ね……ジェニの髪を見て天の川みたいに綺麗だなって思ったんだ」
「え……?」
おぼろげに見える天の川に、いつしかそう語りだしていた。
「でもね、違った……そうじゃなかった……」
ジェニは静かに僕を見つめて話を聞いてくれる。
「はじめは確かにそうだったんだ……でも会って話して共に日々を過ごしていくうちにそれはどんどん輝きを増していった……」
思い出すのは忙しく過ぎていった宝物のような僕の思い出。
「いいところも、悪いところも、強いところも、弱いところも、凄いところも、おバカなところも……ジェニは常に周囲を照らす輝きに満ちていた……ジェニを知っていく度に光は強くなっていった……」
人は星と一緒だ。誰かに照らされて輝く人と、自ら光を放つ人がいる。
そしてその光は、相手への理解が深まれば深まる程に、更なる輝きを放つ。
「ただの天の川なんかじゃない……僕にとってジェニは
ジェニは何も言わなかった……ただその眼は、焚火に照らされたアメジストのその瞳は、僕の眼だけをじーっと見つめている。
ヒューン……
「流れ星!!」
あまりに熱心に見つめられるもんだから、気恥ずかしさから空を見上げると丁度流れ星がキラリ。
指をさすと同時に僕はすかさず星に願った。
ジェニと一緒に無事クリーチャーズマンションを攻略できますように……
いやっ違うな……僕たちはクリーチャーズマンションを攻略する。それは誰に願う事でもない!
「ねぇ、ジェニは何を願ったの?」
両手を胸の上に組んで、何やら必死に願うジェニにそう聞くと、
「
なぜか赤くなった頬でそうとだけ言い、自分の寝床へと入っていった。
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