第31話 ハンカチ王子


 そろそろハンカチを買いに行こうと思い、ババさんとリリに別れを告げる。


「リリずっとおにいちゃんにくっついてる!」


 するとリリは駄々をこねるように僕の背中に回した腕に力を込めた。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕たちもう行かなくちゃ」


 嬉しいんだけどこのまま連れ帰るわけには行かないしなぁ。


 僕が悩んでいるとリリは更に駄々をこねだした。それはもうこねこねだ。こねすぎて小麦粉がパン生地になるくらいこねだした。


「いやだいやだ!はなれたくない!あるきたくない!たちたくない!うごきたくない!」


「ナマケモノ!?」


 リリはなんとなく動物成分多めの女の子って感じだ。


 ジェニに通じるものがあるように思う。






 そんな駄々っ子とも別れて、僕たちはハンカチ探しを再開した。


 もちろんすんなりとはいかなかったが……


 さて、プレゼント交換なんて初めてだ。どんなものを選んだらいいんだろうか?


 やっぱり女の子が喜びそうなかわいいデザインのものがいいだろうか?


 それともクールでお洒落なデザインのものの方がいいだろうか?


 うーん……悩ましい。


 そもそも普通に買い合っても面白みに欠ける気もする。いや、僕はジェニと買い物に来れているだけで幸せハッピー野郎なんだけど、ジェニにとっては普通に買い物するだけじゃつまらないかもしれない。


 あっそうだ!


「一度二手に別れて自分が一番いいと思ったやつを買おう!そんでそれを交換し合おう!」


 僕はジェニの方を向くと人差し指を立ててそう提案した。


「どっちのハンカチのほうがセンスあるか勝負やな!」


 ジェニも面白そうと乗ってきた。


 こうして僕たちは集合時間と場所を決めると二手に別れて意気揚々と歩き出した。


 ハンカチ専門店などという酔狂すいきょうなお店はこの町には存在しない。


 仕立て屋や布屋や呉服店ごふくてんの端の方に一緒に並べられているケースがほとんどだ。


 多くの場合は仕立てた際に出た切れ端などで事足りるし、そもそも新品で服を買うということ自体そうある事でもない。


 お金をケチって布の切れ端みたいなものを買っても仕方ないので、少し背伸びしたい中流階級向け以上の色んな店を周りながらハンカチを見比べていく。


 ひゃーたっか!ポケット一つ潰すだけの布に中古服なみの値段かよ。汗拭くだけならタオル複数枚買ったほうがよっぽどいいじゃん。ひぇー。


 プレゼントじゃなかったら絶対買わないなと思いながら、まぁでも生活に余裕のある人達にとってはそういうものなんだろうと達観するように納得し、今だけは僕もそうなんだと不慣れな高揚感と緊張感を感じつつ……


 でもなかなかこれだというものは見つからない。


 闇雲やみくもに探し回ってもダメか……いたずらに時間を浪費するだけだな。


 考え方を変えようか。


 ジェニに似合うものじゃなくて、僕が一番好きな物を選ぶとしよう。


 僕が一番好きな物……好きな物……好きな色……


 うん。これしかないな。






「「せーのっ!」」


 待ち合わせ場所にて合流した僕たちは、互いに両手を背中に隠したままニシシと笑いあうと一斉にプレゼントを出し合った。


「これは……」


 僕が渡したのは赤紫の綺麗なハンカチだ。好きな色を思い浮かべた時点でジェニのキラキラとした瞳の色が真っ先に浮かんできた。


 次点で白とも迷ったが、流石にありきたり過ぎるとも思いこっちにした。


「えっ……」


 そして今目の前にあるもの。ジェニから差し出されたハンカチ。それは……


 新緑の瑞々みずみずしい若葉のような鮮やかな黄緑色のハンカチだった。


「「……ぷっ……あははははははははははははは!!」」


 僕たちは顔を突き合わせて大爆笑した。


 まさか二人ともおんなじことを考えているとは思わなかった。


「これは引き分けだね!」


 笑い過ぎて目の端に涙を浮かべながら僕がそういうと、


「そうやな!」


 ジェニも嬉しそうにニコニコと笑ったのだった。






 翌日の早朝。僕は眠い目を擦って家を出た。


 ああ……眠い……


 昨日はジェニから貰った黄緑色のハンカチをずっと眺めていた。


 あの時の笑顔が、あの時の可笑しさが、あの時の嬉しさが、ずっと頭の中で木霊して全然眠たくならなかったのだ。


 だってそうだろう?


 好きな色はと聞かれて相手の目の色と答える。


 それが一方的ではなく、二人とも同じ答えだったんだ。


 ふっ前までの僕ならここでもしかして……と邪推じゃすいしては勘違いをしていたことだろう。


 でも僕は成長したんだ。


 学ばない男というのはもう過去の名前。


 今はただのアニマ。ジェニの親友のアニマ・シナスタジアだから、ジェニは素直に親友に対する友情からこれを選んでくれたんだろうと分かる。


 まぁでも……あの時の笑顔を思い出して……ほんの少しだけなら……両想い気分を味わうのも悪くないだろう。






 そんなこんなで新品のハンカチを見てニマニマしながら歩いていると、いつの間にか職場についていた。


 僕は自分の持ち場にていつものように仕事中でもできる足さばきなどの練習をして、時折ハンカチを眺めてはニマニマ思い出にふけっていた。


「にしてもお前も成長したもんだなぁ。変な踊りみたいだった足さばきがいつの間にか一端にできるようになりやがって」


「ちょっとジャン、邪魔するなら帰ってよ」


 ジャンはいつものように仕事をさぼっては僕の所で油を売っている。


 暇なら取り巻き達の所に行けばいいのになんでいつも僕の所にばかり来るんだろうか。


 そんなに僕ってからかいがいがあるのかなぁ……


「そんで、さっきからニヤニヤと見てるそのハンカチはなんだぁ?誕生日プレゼントかぁ?ハッピーボーイかぁ?めでたい野郎だなぁおめでとう!」


 煽ってるのか、祝ってくれたのかよく分からない。


「いやっ誕生日はとっくの前に過ぎたし、ろくなプレゼントなんて貰ったことないよ」


「おう、そうか……かわいそうなやつだなぁ」


 僕がそういうとジャンはシクシクと同情するような感じで泣きまねをした。


「うっさいよ。これはジェニから貰ったんだ」


「なんだと!?それを先に言えよ!まったく羨ましい野郎だぜ!……なぁ、俺様が貰ってやろうかぁ?」


 僕がそういうとジャンは180度態度を変えて僕からハンカチを強請ねだった。


「やだよ!これは僕の宝物なんだ!まだ一回も使ってないんだぞ!」


 誰がジャンなんかにあげるもんか!僕だって使うのを躊躇ためらっているというのに!


「ちぇっなら俺様は俺様で今度会ったら頼んでみるとするかぁ……じゃあな、仕事に戻るわ!恋のライバル!」


 ジャンはそういうと今日は棟梁に怒られる前に仕事に戻っていった。


 珍しいな。夏場に雪が降るくらい異常だ。


 何か悪いことが起きる前兆じゃなきゃいいけど……






 ガッシャーーーン!!!ガラガラガラ……


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「おい!どうした!?何があった!?」


 ジャンが戻って暫くたった後、けたたましい音と悲痛の叫びが聞こえてきた!


 周りにいた男たちが急いで音のした方へと駆けていく。


 事故か!?とても放ってはおけないような絶叫が聞こえてくる!


 僕は仕事の手を止めると声のする方へ全力で走った。


「誰か!添え木になるようなものと綺麗な布を持ってきてくれ!!」


「ああ……ぁぁぁぁ……いてぇ……」


 人だかりの中をかき分けて進んでいくと、その中心には棟梁と脂汗をにじませながら凄まじい痛みのオーラを纏ったジャンがいた!


 怪我をしたのはジャンだ!周囲を見回すと資材が崩れ落ちた後が散らばり、その傍らで痛みにうずくまるジャン。


 その右手は血だらけになっていて明らかに潰れていた。


 資材の下敷きになったのか!


「分かった!!俺がとってくる!!」


 棟梁の言葉にジャンの取り巻きの一人が返事をして駆けていく。


 幸い命に別状は無さそうだが、潰された右手が相当痛むのか、とてもじゃないが見てられない。


「つってもこんな男くさい職場に綺麗な布なんてないんじゃないか?」


 そんな中、野次馬の一人がそう言った。


 そうだ、確かにそうだ!あるのは汗やほこりまみれの汚いタオルや、道具を拭く用の汚れたウエスだ!


 とても綺麗な布があるとは思えない!


 かといってそんな汚れた布で傷口を覆ってしまったら感染症になってしまうかもしれない!


 傷口がんでしまうかもしれない!


 誰か!!


 誰か持ってないのか!?


 誰か!!


 いや……


「僕のハンカチを使ってくれ!新品だから一番綺麗なはずだ!」


 僕はざわつく周囲を無視して棟梁にハンカチを渡した。棟梁はハンカチと帰ってきた取り巻きから添え木を受け取るとジャンの応急手当を始めた。


「うっ……お前それ……大事なハンカチなんだろ?どうして俺様に……」


 手当てが終わるとジャンは弱々しい声で話しかけてきた。


「痛いんだろ!?今はそんなことどうだっていい!!」


 痛みに歪むその顔に、陰りを見せるそのオーラに、見かねた僕は語気を荒げる。


「いや……お前は俺様のことを……嫌ってた……はずだ、なのになんで……?」


 なおもしつこくジャンは聞いてくる。それほど気にかかる事だということか。


「別に……ジャンのことは嫌いさ」


「じゃぁ……なんで……?」


 ジャンは苦痛と疑問の混じった顔を僕に向ける。


「でもあの時前を向けたのは、ジャンのお陰だから……」


「……」


「あと、とっても大切なハンカチなんだ。その手が綺麗に治ったら必ず返しに来てよね」


「ああ……ありがとぅ……」


 そうだ、曲がりなりにも僕はあの時ジャンの言葉に助けられた。ならばこれは恩返しだ。当たり前の事だ。


 だからジャン……痛みにすら負けなかったのに、そんな男らしくない顔をするもんじゃない。


 嫌な奴でも同じ男だ。人にそれを見られたくない気持ちは理解できる。


 僕はジャンに背中を向けるとその場を後にした。

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