第2話 天の川の輝く夜に②


 歩き始めて数分後、目の前に階段が見えてきた。


 はぁ......僕はこの階段が嫌いだ。


 連日の土木仕事で疲れた足に更に追い打ちをかけてくる。


 一段一段上がる度に足は重さを増す。


 大して疲れるわけではないが、これからきつい仕事が待っているという絶望感ぜつぼうかんから、この程度の負荷でも気が重たくなるのだ。


 階段を上り終えた後は、ただひたすら歩く。


 早朝であるためまだ人通りはほとんど無く、精々早起きな人がちらほら目に付く程度だ。


「日の出綺麗だねー」


 早起きな夫婦がそんなことを言っているのが耳に入ってきた。


 振り返ると確かに日が出てきていた。


 濁った朝日を顔に浴び、目を細める。


「少し暖かくなったきたな……」


 桜も散り行き、新緑生い茂る季節。


 行きかう人々の顔にも自然と笑顔が浮かぶ。


……」


 幸せそうなその笑顔を見て僕はそうひとちた。


 ふと道路の端の方に鳥が倒れているのに気が付いた。


 見たことのないあざやかな青い羽を持つ鳥だ。くちばしが曲がっているし、見た感じミツオシエの仲間だろう。


 よく見ると怪我をしていて、それで飛べずにこんなところで倒れていたことが分かった。


 


 すぐに助けてあげなくちゃ。


 僕は鞄から布を取り出すと小さく千切って傷口に巻き付けた。


「あんまり動かずにしばらくはじっとしているんだよ」


 立ち去ろうとすると急に鳴き出した。


「なんだよ、まだ痛いのか?それとも寂しいの?…………腹減ってるだけか。しょうがないなぁ」


 鞄から弁当を取り出し、小さなおかずを一つ鳥の目の前に置く。


 すると、相当お腹がすいていたのか美味しそうに食べだした。


 もう大丈夫そうだね。


「……あっ!ヤバい、仕事に遅れちゃう」


 僕は職場までの残りの道のりを少し駆け足で行くことになった。






 職場に着くとすぐに仕事を始めた。


 僕たちの仕事は所謂いわゆる土木仕事だ。


 体を動かす度に筋肉痛が駆け巡る。


 それでも手を止めるわけにはいかない。


 ただでさえ僕はまだ子供だからと舐められているんだ。


 さぼっているなんて思われたら後でなんて言われることか……






 ふぅぅぅぅぅ……やっと昼休憩だ。


 午前中の仕事を終えた僕は、適当なところに腰を下ろすと鞄から弁当を取り出した。


 はしを持つ手が震える。どうやら疲労も限界に達しているようだ。


 昼休憩は1時間しかない。


 とっととご飯を食べて、少しでも仮眠をとらなきゃ。


 そういえばあの青い鳥大丈夫かな……


 大人しくしてたらいいんだけど……


「おい、尾無おなしくん!こんなところでボッチ飯か?尻尾のない奴は一緒に飯を食う奴もいないんだな。そんなかわいそうな尾無しくんの為に、この俺様が一緒に飯食ってやるよ!」


 無駄にでかい声でそう話しかけてきたのは、くすんだ金髪のオールバックで耳には複数のピアス。いかにもな格好をしたガキ大将気取りのジャンと、その取り巻き2人だ。


 ジャンは確か今年で17歳。とっくに成人しているくせにいつもクソガキみたいなからみ方をしてくるムカつくやつだ。


 このランジグの街はラーテルの血を引く獣人たちが暮らす町で、町の人々は大きさや形に多少の違いはあれど皆尻尾が生えている。


 男は尻尾の大きさを、女は尻尾の綺麗さを誇る。


 一種のステータスのようなものだ。


 でも僕には生まれつき尻尾が生えてなかった。


 医者曰くラーテルの血が人よりも薄いそうだ。


 幼いころは周りもそんなに気にしていなかったが、この歳になると流石に尻尾がないというのは嘲笑ちょうしょうの対象になるようだ。


「いや、いいよ。大丈夫。一人で静かに食べたい気分なんだ」


「おいおいつれねぇなぁ!尾無しくん、そんなんだからガールフレンドの1人もいねぇんだろ?いや、わりぃわりぃ。そもそもフレンド自体1人もいなかったな。かわいそうに。かわいそう……

 そう、お前はかわいそうなんだよ。まったくかわいそうな奴だ。そんなかわいそうなお前の為に、心を痛めた俺様が一緒に飯食ってやろうって言ってるんだ。

 なぁお前らも尾無しくんと飯食いてぇよなぁ!?」


 かわいそうだなどと泣きまねまでして言っておきながら、ジャンは僕をおもちゃにする気しかないだろう。


 攻撃的なオーラが滲み出ている。


 きっとこいつはこれまでもこうして弱者をおもちゃにして生きてきたんだろう。


 味方のふりをしながら、精神的に追い詰めていくんだ。


 この場合僕が断ったとしても「心配して声をかけたのにひどい奴だ」などと周りに言いふらすのだろう。


 全く気は乗らないがここは一緒に飯を食べるしかなさそうだ。


「分かっ――」


「そうと決まったらとっとと飯食うべ!」


 僕が返事をする前に勝手に取り巻きと話を進めていたジャンは、ドカッと座りパンをかじり始めた。


 ホントに身勝手な奴だ。僕は早く仮眠がとりたいんだけどなぁ……


「前から気になってたんだけどよぉ。なんでお前みたいなガキがここで働いてるんだ?親の手伝いってわけでもなさそうだしよ。お前みたいな非力なガキは家でママのおっぱいしゃぶってるほうがお似合いだと思うぜ?」


 僕の事情を聴いてるようで、その実ただ馬鹿にしているだけだ。実際取り巻き達も笑っている。


「別に……金のためだよ」


 僕の言葉が意外だったのか、ジャンたちは大笑いした。


「尾無しくんが金って――。酒も飲めねぇ。娼館にもいけねぇようなガキが金って……何に使うんだよ!ダメだ、おもろすぎるわ!ホントかわいそう!」


 本とか買いそう?


 そんなことを言われたって僕にも何に使われているかなんてわからない。母親とはほとんど口をきいていないから。


 それにしても金の使い道が酒と女しかないのかこいつらは。きっと貯金なんてしたこともないんだろう。


「尾無しくん。俺様はなこう見えて、あの聖ダン・ザ・ヨン学院を卒業してんだ!将来クリーチャーズマンションを攻略してお宝を持ち帰ってきてやるぜ。そしたらきっと世の女どもは俺様にメロメロだ!

 どうだこのビジョン、スゲーだろ?しかも俺様は頭もいいからな。卒業と同時にクリーチャーズマンションに挑んだ奴らは誰も帰ってこなかった。

 それを見た頭のいい俺様は上等な装備をそろえるためにこうして日々働いてるってわけだ。おっとお子様には難しい話だったなぁ」


 すんまそすんまそとジャンは適当に謝っている。


 まて、言ってることは凄く馬鹿っぽいけどこいつ貯金ができそうだぞ?


 嫌な奴に変わりはないけど、ジャンの評価を少し上げるか。


「おいジャン、お前そう言って昨日の酒場でかわいこちゃんに酒飲ませすぎて帰るころには、やっべ金欠だっつって俺とこいつから金借りてんじゃねぇかよ!」


 「ジャンが酔いつぶれた後、女の子たちも帰っちゃったし」と取り巻き達がツッコミを入れる。


 ジャンは「そうだったか?酒のせいで記憶がねぇんだわ!すまんな、覚えてないものは返しようがねぇ」と取り巻き達に言って取り巻き達も「そりゃないぜ」なんて言いながら笑ってる。


 どうやら日頃からこういうことを繰り返しているようだ。


 しかも貯金出来てないじゃないか!


 やっぱりジャンの評価を大きく下げよう。


 取り巻き達を黙らせたジャンは、「結局何が言いたいかっていうとだ」と前置きを置いてから話し始めた。


「尾無しくん。お前にビジョンはあるのか?ってことだ。この天下のダンジョン都市で男に生まれたからには、普通は冒険者になってダンジョン攻略したいって思うだろぉ?

 それとも尾無しくんは、尻尾だけじゃなくてちんこもついてないのかなぁ?まぁ女々しい顔してるし、変態たちにケツ振って生きてく方がお似合いかもなぁ!」


 こいつ、言わせておけば……!!


「……僕は…………僕だって!!!」


 しまったつい大きな声を出してしまった。


 ここで怒りに任せて反抗したら手を出されるかもしれない。


「……なんでもない」


「はははっ暗い奴だ!もういーや、邪魔したな!いこうぜお前ら!」


 ジャンは飯を食い終わると、もう飽きたとばかりに取り巻きを連れて立ち去って行った。


 結局何がしたかったんだか……


 それとジャン、僕は気づいてしまったよ。


 お前は臆病おくびょうな奴だ。


 真っ先にダンジョンに挑んだ勇敢ゆうかんな奴らが帰ってこなくて、自分が挑むのが怖くなったんだろ?怖くなって逃げたんだ。


 いつか攻略する為の準備をしていると、自分と周りに言い訳してる。


 その証拠にお前は口ではクリーチャーズマンションを攻略すると言いながら、決して金が貯まらないようにしているんだ。


 多分本人は自覚なしに無意識的にやってることだとは思うけど。


 そうこうしているうちに昼休憩は終わり、午後の仕事が始まった。


「おーいアニマ!ここ代わりにやっといてくれ!」


「はーい!」


「アニマ!レンガ持ってきてくれ!」


「はーい!」


「アニマー!」


「今行きます!」


 …………


 ……






 結局仮眠をとることはできなかったため、疲れからか何度もミスしそうになった。


 くっそ、ジャンの奴め!


 ジャンへの怒りを燃料にして午後も何とか乗り越え、帰り支度をしているとここの雇い主に呼ばれた。

 

「アニマ、お前が来てもう4年になる。よく働いてくれてるよ。それでお前の頑張りを認めて昇給することにした。おめでとう。この調子で仕事にはげんでくれよ。ほら、これが今月分の給料だ」


 礼を言い、硬貨の入った袋を受け取る。中身を確認すると確かに先月よりも給料は多くなっていた。


 先月までが銀貨34枚と銅貨67枚。


 そして今月が銀貨35枚。


 銅貨13枚と石貨13枚分だけ……


 ふざけるな!何が昇給だ!何が認めているだ!こんなの2回外食も出来ないくらいの額じゃないか!


 これっぽっちで何がおめでとうだ!舐めやがって!


「おいおいアニマ。なんだその眼は、何か言いたいことでもあるのか?言っておくが、お前は俺に恩があるはずだ。もし俺が博愛主義者でなかったら、いったい誰がひょろい尾無しのお前を雇うというのか。

 しかも未成年のお前の頑張りを俺自ら評価してしてやったんだ。礼を言えどもそんな目をするのは筋違いってもんじゃないか?」


「……すみません。ありがとうございます」


 ……


 それ以上何も言う気になれず、僕はさっさと職場を後にした。






【余談】

・貨幣の価値

大判金貨 3000000円

金貨 300000円

銀貨 6000円

銅貨 75円

石貨 1.5~2円


日本、戦国時代〜江戸時代辺りの貨幣価値を参考。目安程度。

「1両(金貨)=50匁(銀貨)=4,000文(銭=銅貨)」


土木…日当約7000円×30日=210000円=銀貨35枚。

酒場…時給約500円×8時間×30日=120000円=銀貨20枚。

合計330000円=金貨1枚と銀貨5枚分。

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