第3話




 昼休みになり姉貴がマンションに戻ってきた。

 手にはコンビニの袋……ある意味予想通りである。

 予想外だったのは、俺達の分まで買ってくれてきたというところだろう。


「なんだ、もう飯くっちまってたか」

「いや、ありがたい。正直なとこカップ麵だけじゃ物足りなかったからな」

「そうか、じゃぁ好きなの選んでくれ。美羽も食べたかったら食べていいぞ。どうせ智也のおごりだしな」

「くっ……」


 どちくしょう!


 いきなり押しかけて居候させてもらってる以上、文句も言えない。 


「なぁ、姉貴、それはそれとしてドライヤーってどこにあるんだ?」

「なんだ、持ってこなかったのか?」

「あぁ、箱開ける時間もほとんどなかったからな」

「まぁ、いい。後で出しておく。それとこれを火傷してるところに塗ってやってくれ」


 そう言って、姉貴は白衣のポケットからチューブに入った薬を差し出して来た。


「言っておくが値段相応の効果が期待できる優れものだぞ」


 にやりと笑った笑みが怖い。

 ホント俺っていくら請求されるんだろう?

 もう、こうなりゃやけだ。

 薬受け取るついでに、「ありがとう姉貴。それとできたら携帯代も貸してほしい」と言ってみた。


「あぁ、いいぞ。どうせ後でどうとでもなるだろうからな」


 もともと金を貸してくれる気があったみたいで、茶封筒を渡された。

 中身はなんと10万円!

 

「いいのか、こんなに⁉」

「あはははは。いいも悪いも手続きには金がかかるし、それ以外にだって金はかかる。携帯代を滞納しているというなら、はっきり言ってかなり厳しい事になると覚えておけ」

「マジか……」

「ミウ?」


 不安そうな顔で俺を見つめる美羽。

 安心させてやるためにも早くバイト始めたいとこだが現状それすら厳しい。 

 そんな俺に対し姉貴の機嫌は良い。

 なにが、そんなに嬉しいのか分からないが上機嫌のまま必要なカロリーが摂れればなんでもいいって感じで食事を終えると。

 ドライヤーを持ってきてくれて、「じゃぁ、私は寝るから倫が来たら入れてやってくれ」と言われ寝室へと行ってしまった。


「じゃあ、美羽、薬塗ろっか」

「ミウ」


 返事すると直ぐに美羽は服を脱いでくれた。

 特に目立つのは頭だが、首筋から背中にかけても結構酷いし。腕や足。それに手も火傷の痕がある。

 それら全てに対して、なるべく優しく。丁寧に薬を塗っていく。


「痛くないか?」

「ミウ」


 大丈夫だと言ってるみたいだが、ときおりビクッっとするところを見るとやはり痛いの我慢してるんだろう。

 でも、これで少しづつでも見た目が改善するというなら頑張ってほしい。


「よし、今日はこれでおわりだ」

「ミウッ!」


 パーカーを着ると笑顔を浮かべて抱き着いてきた。







 姉貴が言ってた通り、来客があり。インターホンの画面には三上さんが映っていた。

 昨晩と同じくリビングで話すことになったのだが――苦笑いを浮かべているところを見ると嫌な話もありそうだ。


「時に、長瀬智也君。良い話と悪い話があるんだがどちらから聞きたい」


 でたよ、どっちから聞いてもろくでもない答えが返ってくるヤツ!


「だったら悪い方からでおねがいします」


 三上さんは、盛大にため息をついた後。


「美羽の引き取り人だったヤツは全ての資産を現金化しただけでなく、借金まで抱えて夜逃げしてやがった」

「げ……まさか、それを美羽に支払えって話じゃないですよね⁉」

「あぁ、それはない。だが私も智実もそれなりに金が手に入ると考えていたからな。正直なところ予定が狂ってしまった感はいなめない」

「そうなんですね。それで、いい話ってのは?」

「美羽を虐待していたヤツは、二度とこの街には戻ってこれんということだ」

「そうか、良かったな美羽。安心して暮らせるってさ」

「ミウ!」

「嬉しそうにしてるところ水を差すようで悪いが、正直に言ってかなり厳しいことになると思う」

「お金の事なら、姉貴から少し聞きましたけど。他にもなにかあるんですか?」


 とても嬉しそうに三上さんは笑った。

 後ろに立っているイケメン君も嬉しそうだ。


「そうかだったら、特別プログラムの手続きも教えてやろう」

「なんですかそれ?」

「虐待を受けたりしていた犬や猫を引き取る場合。補助が出るのさ」

「それで不足分を補えってことなんですか?」

「あぁ、その通りだ。正直なところキミの収入では厳しいかもしれんが私も出来る範囲で協力させてもらおう」

「ありがとうございます」

「あはははは。本当にキミはお人よしだな」

「そう、ですかね」

「あぁ、少なくともこの街に住む住人の大半が美羽の様な子を見かけたら無視する」

「そうなんですか?」

「見た目が良ければ、まだ商品価値もあるだろうが――」

「倫さん! その話はしない方がいいと思います」


 イケメン君からの横やりが入って、三上さんは、はっと我に返ったかのように顔を引き締める。


「悪かった、長瀬君。今の話は忘れてくれるとありがたい」

「いえ、そういう連中が居るってことも姉貴から聞いてますから」


 正確には、疑われたんだけどな!


「そうか、全て分かった上で受け入れられるのか。ただの無知か、器が大きいのか知らんが。改めて言わせてもらおう。どうか美羽を見捨てないでやってくれ」

「わかりました。どこまでできるか分かりませんが頑張ってみます」

「それじゃあ、これからもちょくちょく顔を出すと思うがよろしく頼むよ」


 そう言って三上さんとイケメン君はマンションから出ていった。






 三日間、書類と格闘した結果――なんとか美羽の持ち主になることができた。

 なぜ飼い主ではないのかと言うと、過去に金持ち連中と呼び方でもめたことがあるらしく所有物としての価値を認める判決が出たとかで持ち主という呼び方に落ち着いているのだそうな。

 俺からすれば、どっちも大差ない気がするのだが……きっと金持ってる連中には大きな違いがあるのだろう。

 書類を書く上で特に大変だったのは、俺が無職で無収入という点だった。

 何度となく疑いの眼差しを向けられ、時には姉貴や三上さんにまで同席してもらったりもした。

 大変だった、本当に大変だった。理由が分かってるから引き留められたりはしなかったが、俺が出かけるたびに美羽は泣いていて帰ってくると飛びついてくるの繰り返しだった。

 でも、ようやくそれらが報われる日がやってきたのだ。

 後は、首輪を選んで付けてあげることくらいである。

 姉貴の所でも少なからず扱っていると言われたので美羽と一緒に選ぼうと思って職場の方に来て見たのだが! とにかく広かった!

 まるで高級ホテルのロビーにでも来たみたいな雰囲気で、掃除するだけでもかなり大変そうだ。 


 それに、高かったー!

 ビックリするような値段しか付いてねぇ!


 主に金持ち連中を相手に商売しているとは聞いていたが、一番安くて98000円!

 それも、大特価のシールが付いていてである。

 色は赤。黒い文字で悪霊退散と書かれていた。

 方向性は違うが、美羽にこれ以上悪いことが起きないようにって思うのならありかなっとも思ったが……


「なぁ、美羽どう思う?」

「な……」

「なんでもいいで合ってるか?」

「ミウ」

 

 笑顔で頷いてくれた。

 ここ最近の変化として、美羽は少なからず自分の言いたいことを言おうと努力をしてくれている。

 実に嬉しい。

 姉貴からは相当な根気が必要だと念を押されているが、最初の言葉が分かるだけでもずいぶんと話しやすくなった気がする。

 もはや俺の借金がいくらになったかなんて考えても仕方がないレベルになってるし。


「姉貴。これにするわ」


 大特価品を手にして見せる。


「そうか。ちなみにそれ素性のしっかりしたものだから冗談抜きで良質なものだからな」

「そうなの?」

「ただ、金持ち連中は宝石とかが付いてる方が嬉しいみたいでな……」


 苦笑いを浮かべる姉貴の視線の先にはショーケースに入った50万超えの首輪だった。

 俺は宝石なんて詳しくないが、何となく金色の部分はメッキとかじゃなくて本物の金とか使ってるんだろうなぁって感じは伝わってきたし。

 首輪っていうよりもチョーカーって言った方がしっくりくるようなデザインだ。 


 美羽も女の子だし本当は、こういうのが……って、たぶん付けてたから外されて売られたのか。

 金は重さで取引されるし、宝石だってきっとそれなりの所に持っていけば買い取ってもらえたはずだ。

 でも、俺の手にした物にはそういった要素は全くない。

 

「悪いな、美羽。俺にはこれでも精一杯なんだ」

「こ…れ……」

「これでいいで合ってるか?」

「ミウ!」


 本当に嬉しいのだろう。首輪を付けてやった美羽は静かに泣いていた。


「さてと、ここからは現実的な話をしようじゃないか弟よ」

「わかってるよ! 予定より遅れたけど明日から働けば良いんだろ?」

「そうだ、土曜日とは言え午前中は診療もあるし特に今の季節は忙しいからな」

「なんで?」

「狂犬病と言うのは聞いたことがあるだろ?」

「あぁ、聞いたことくらいはある」

「それと症状は良く似ているんだが。おそらくは遺伝子操作の副作用的なモノなんだろう。発狂病と呼ばれるモノがあってだな。年に一度は必ず予防接種することが義務付けられてるってのは教わっただろ?」

「言われてみれば、あったなそんなの。ってゆーか美羽もしなきゃダメだよな⁉」

「当然だな。そして予防接種にくる連中が最も多いのが今の時期なんだよ」

「でも、俺手伝うって言っても知識も経験もないぞ」

「安心しろ、智也に期待してるのは医療的な事じゃなくてチビ達の面倒を見る事だ」

「は? なにそれ?」

「ようするに、美羽をたらし込んだ実力を発揮してくれればいいってことだ」

「言い方! まるで俺が悪者みたいじゃねぇか!」

「いいや、おそらくお前の持っている才能は悪魔的な何かだよ」

「そうか?」

「まぁ、明日になってみればわかる。ってゆーか、頼むからなんとかしてくれ!」


 姉貴が俺に拝むんだから相当の何かがあるんだろうな……とは思いながらも、しばらくお世話になった姉貴の家を後にしたのだった。

 




 美羽のケガが目立たないように――

 そんなコンセプトで選ばれた服装はパーカーにジーパン。スニーカーと言ったカジュアルな感じだった。

 パンツももズボンもきちんと尻尾を逃がすように工夫されていてなるほどなぁと感心したものだ。

 端的に説明すると、穴が開いてるだけのものもあるが、姉貴の買ってきてくれたのはどれも履いてから後ろのフックやボタンを止めるタイプのものだった。

 ただ、お値段はどれもお高く。今後の成長を考えると少なからず不安もあったがやっていくしかない。

 しかし、それはそれとして。こうして堂々と外を出歩けるようになったのは大きい。

 手をつないで歩くのはまだ怖いみたいなので抱っこなのだが……いずれは手もつながずに歩けるようになるのが目標だ。

 しばらく歩いているとコンビニなんかも見かけなくなってきて、住宅ばかりが目立つようになり。築30年以上経った二階建てのボロアパートが見えてくる。

 姉貴のマンションにお世話になっていたせいか、よけいにボロく見えた。

 そして中に入って愕然とした。


 狭っ! こんなに狭かったっけ⁉


 まぁ、段ボールやら何やらを片付ければ少しは、ましになるか。

 

「じゃぁ、美羽ちょっと片付けちまうから待っててくれな」

「わ…て……」

「手伝ってくれるのか?」

「ミウ!」 

「じゃあとりあえず段ボール開けるから中の物出しちまってくれ」

「ミウ!」


 大きな荷物と言ったら布団があるが、それ以外は衣類くらいのものである。

 漫画とかは電子書籍派だったし。テレビも特に興味はない。

 ソシャゲやってたのだって高校時代の同級生から誘われて何となくって流れだったしな。

 ゲーム止めた理由を話すとかなり驚かれたが、最後には『まぁ、頑張れよ』と言ってもらえてよかった。

 とりあえず片っ端から押し入れに詰め込んで――姉貴が揃えてくれた美羽の物は空いた段ボールに入れて終了。

 金があったら、棚とか衣類を入れる専用のケースとか欲しいけど。それすらもしばらくは無理そうだ。


「さてと、それじゃ食べるもの買って来るか?」

「ミウ!」


 飛びついてきて抱っこの要求。

 これもしばらくするとなくなるのかなって思うと寂しくもあるが、俺が居なくても泣いたりしないようになるのが目標である。

 一番近いコンビニまで歩いて20分くらい。そこで弁当と菓子パン。それに飲み物をいくつか買って来た道を戻る。

 いちおう美羽の好みも聞いてはみているのだが、なんでも良いらしく特にこれが良い。みたいな意思表示は見られない。

 まぁ、本当になんでも文句言わずに食べてくれるから楽っちゃ楽なんだけどさ。 

 身体が小さい分、食が細のが気にはなるが。残った分は俺が食べればいいだけだと割り切ってもいる。

 むしろ、高級なものしか食べて来なかったであろう美羽が本当の意味で満足できてるとはおもえないが……

 アパートに戻って夕食をすますと歯を磨いてお風呂タイム。

 これにも目標はある。トイレは泣きながらでも一人で出来るんだから。お風呂も一人で入れるようになってほしい。

 人間的な目線で今の状況を考えればあまりよろしくないだろうしな。

 姉貴の言うには現実逃避から幼児退行してる可能性もあるらしい。

 まぁ、ある日突然まともになって、色々と拒否られるようになるのも悲しい気がしなくもないが、その時はその時だろう。


「美羽、やっぱりお風呂は一緒の方がいいか?」

「ミウ!」


 ずっと張り付いている美羽が強く頷く。

 まぁ、しばらくはいいか。お風呂から出たら薬塗ってあげなくちゃいけないし。

 自分で塗れるところは自分で出来るようになったけど背中とか無理だろうしな。

 とはいえ姉貴の所と比べると狭いなんてもんじゃない。一緒に入ると言っても交代しなきゃ湯船に浸かれない。

 そんな状況でありながらも、やはり美羽は俺のそばが良いらしくニコニコしていた。

 薬を塗り終わり、ドライヤーで髪を乾かしてあげたら――あとは寝るくらいしかやることがない。

 以前ソシャゲに使っていた時間が無くなっただけでこんなにも時間を持て余すとは思ってもみなかった。

 そこで美羽が一人でも寝れる練習でもしてもらおうと思い布団を敷いてみた。


「なぁ、美羽。一人で寝てみないか?」

「や……」


 いきなり半泣き顔で首を振られてしまった。

 姉貴の所に居た時はテレビがあったおかげで間がもったってのもあったんだよなぁ。


「大丈夫だって、俺は近くにいるし、手だってつないでてもいい」

「や……」

「やっぱり抱っこしながら寝るのじゃないと嫌か?」

「ミウ!」


 目をキラキラさせながら頷いている。

 まぁ、姉貴も相当な根気がいるって言ってたし焦ってもよくないか。

 ずっと張り付いてなくても大丈夫になってきたわけだし、きっとそのうち一人でも寝れるようになるだろ。


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