第7話 その笑顔をやめなさい

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武闘大会は、王都中心部における魔王の再出現という大ハプニングと、その完全消滅という大ニュースにもって中止するしかなかった。

不満が全くなかったわけでも無かったけど、女王陛下の「ならば貴殿はあの時魔王と戦ったのだな?」という言葉によって沈黙されていた。


魔王の消滅を確認したけれど、被害がゼロだったわけじゃない。

あのアンデッドが現れた時、失神した人たちの中には逃げる人々の踏み台にされて、命を落としてしまった人たちがいた。

幸い、あのアンデッドは再び立ったところで頭がないからなんの驚異にもならなかったけど、混乱した人たちによって聖女たちの魔法詠唱が阻害されたことで一部障壁が消滅。瘴気をモロに浴びて、亡くなる人や後遺症が残った人たちもいた。聖女たちの中にも、犠牲者が出てしまっていた。


それでも、被害者の数はかなり少ないと判断してよかった。魔獣達も凶暴化が収まり、Dランクでも対応できる程度には弱体化した。


大切な人たちを失って、たくさん泣いた人は生まれたけど、もう手紙が届かなくて泣くようなことは、起こらないはずだ。


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あれから5年。

私は、共同墓地の前に立っていた。

亡くなられた人の中には海外から来て身元がよくわからない人たちもいて、そういう人達もここで眠っている。


私はいつか、自分の墓に入れるのだろうか。


「やっぱり今年もいらしたのね。」

そこには喪服を来た女王陛下がいた。そしてその横には、女王陛下をそのまま小さくしたような、女の子が手を握っている。


「…あれから5年ですわね。」

「はい…ここに来ると、あの戦いを思い出すんです。」


あの日、私は魔王と戦った。


今でも昨日のことのように思い出す。


女王の専属護衛が剣を弟子に託したこと。


師匠の教えに従って戦い続けた弟子のこと。


子供を守ろうと必死に戦った剣聖のこと。


父親の元想い人を救おうと治癒の力が枯れるまで当て続けた元聖女のこと。


ほんの数日前に知り合った友達のため命を賭けた剣士のこと。


光を失うほどに力を尽くした勇者のこと。

そして…


『アン……リ……ばか……なんで…起きてくださいまし…!…アンリ……アンリー!!!』


親友のために、鼻水も全開に泣き晴らした女王のこと。


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「ふんっ!!!」

「ぐあっ!!!」

額に凄まじい衝撃と激痛が走った。

「全く…今すぐその笑顔をやめなさい。どうせ私の泣き顔でも思い出したのでしょう。悪趣味な人ですわ。」

あまりの激痛に思わずしゃがみこんでしまった。

な、なんだこの痛さ!?ものすんごく痛いいいい!!


「アネット直伝の額突きですわ。優秀な弟子を持ったことを感謝なさい、親友。」

「へ、へへへ…」


そう、あの日私は、ちゃっかり助かってしまっていた。


お腹に大穴を開けられ、貧血で意識を失いかけたものの、セイラさんは全力で治癒の力を注ぎ続けてくれた。そのおかげでお腹の穴は塞がらなかったけど、心臓だけはぎりぎりまで止まらずに済んだのだ。


多分、アネットも私の心臓が止まらないことに途中で気付いたんだろうな。だから治癒を止めないようにセイラさんに頼んだんだ。

確かによく出来た弟子だ。そこは認めてもいい。だが私にとってはその後が問題だった。

彼らの戦闘中、意識を失いきることなくお腹に穴が空いた激痛を味わい続けたからだ。


『あ…あの…すっごくお腹痛いんで…もう少しやさしく治癒を…』

『黙っててください!痛いほうがきつけになって助かる可能性が高まります!死にたくなければ起きててください!寝たらお腹えぐりますからね!!』


あの時のセイラさんは怖かった。魔王より怖かった。本当に強くて素敵な女性だ。エド、やっぱりあなたには私よりもセイラさんが似合ってるよ。


「ままー」

「あら、ダニエル。もう退屈しちゃったかしら?」

「だってエリーヌってば、かおあかくしてもじもじするだけでぜんぜんあそんでくれないんだもん!」


遅くにできた息子は、夫によく似た美男子だった。あんまりにも美男子だから色んな可愛いところを毎日自慢してたら「…まるで飼い主だな。」と失礼千番なことを言われたことすらある。もちろん、そんな失礼な異物には塩を撒いてご退場願ったが。


「ふふふ…そうなの?エリーヌ。いけませんわね。お友達は大事になさい。」

私の親友は良いお母さんだな。


「……は、はい……ダニエルくん、あっちであそぼう?」

「ほんと!?いこ!」

小さい手足を一所懸命に振り回して二人が駆けていくのを見ると、あの村での生活を少しだけ思い出しそうになる。


あの二人もまた、私のように誰かを愛し、傷付き、強くなっていくのだろうか。




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「ねぇ、あの日のこと、後悔していまして?」

突然の言葉に一瞬返す言葉も無かった。


その後に続いたのは、20年以上前から続く彼女の罪の意識の告白。懺悔だった。


「あなたが直接あの男に手紙を届けようとした時、私は止めましたけど。あなたは冒険者として私に郵便を依頼することもできましたわ。届くまで追いかけてくれって依頼を出せば、少なくとも返送の手紙を受け取ることはありませんでしたわ。でも、私はあなたにそれを提案しなかった。あなたに…あなたと離れ離れになりたくなかったのです。」

それは、初めて聞く言葉だった。


「だからあの日、さもそうするのが当たり前みたいに、あなたが直接届けようとするのを止めましたの。あなたに死んでほしくなかった。私もあなたと離れたくなかった。あなたともっと一緒にいたかった。私は私のわがままで、あなたの気持ちを誘導したのですわ。」

そんなことを20年以上、悔やみ続けてきたのか。

…なんだか無性に腹が立ってきたぞ。

何を今更言うのだ、この親友は。


その無防備な額に、勇者様直伝"渾身のでこぴん"をかましてあげた。あの人たまに変なこと知ってるのよね。侍とか。


「痛ったっ!?」

「ばーか。ばかジュリアの泣き虫。女王になって何年経ったと思ってるのよ。ほら、涙拭きな。」

「え、え!?私、泣いてまして!?」

「はははは!うっそー!泣いてないよ!」

「な、な、な…!?」

ああ、かわいい。私の親友は、きっと、世界で一番かわいいと思う。


「後悔なんて、してないよ。」

「へっ?」

「私はあの時、エドじゃなくて親友を選んだんだよ。私が何年毎日ギルド出張所に通ったと思ってるのさ。配達依頼のことなんて、とっくに私だって気付いてたよ。」


そう、私はエドからの手紙が届かなくなった頃、勇者達を追いかけて絶対に手紙を届けるよう、特別配達依頼を頼もうとした時もあった。


「でも、私も怖かったんだ。」

「怖い…?」

「エドからの手紙の中身が薄くなっていくのを見て、エドの気持ちがだんだん離れていってる気がしてた。絶対に届く手紙を書けば、その気持ちを確かめることが出来たと思う。でも、それは私には怖くて出来なかったんだ。確かめるのが怖かった。エドが私を愛し続けてくれてるって、確認もしないで信じていたかったんだ。」


そう、これは私の罪だった。

私は彼の被害者なんかじゃない。

彼だって必死だった。怖いのに戦ってた。

私は待ってただけだった。彼をわかっていなかった。

私にだって出来ることはあったのに、勇気がなくて出来なかった。

浮気したのは事実だけど、浮気をさせたのは私が弱かったせいでもあったんだ。


「だから、これでいいんだよ。親友。」

私が選んだことだから。


「私はジュリアとずっと一緒が良かったんだよ」

貴方と出会ったあの日は宝物なんだ。


「ジュリアがいなかったら、私弱いままだった。」

きっと今日も笑えてなかった。


だから。

「大好きだよ、ジュリア。ずっとこれからも、私の親友でいてね。」


泣かないで、私の親友。



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アンリお姉様と女王陛下は、その後もずっと一緒でした。


お婆さんになっても毎日会って、お茶会して。


私に子供が生まれたときも、すごく盛大な出産祝いのパーティーを開いてくれました。


たくさんの孫に囲まれて、たくさんの人達に愛されて、二人は同じ年に儚くなりました。


二人とも、亡くなられるときは笑顔でした。そして不思議なことに、二人とも最後の言葉は同じだったんです。









「おやすみ、親友。また、明日。」

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婚約者に裏切られた私は熊より強くなりました。 秋雨ルウ(レビューする人) @akisameruu

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