第10話 異空のアイドルプロデューサー

「あの、レーム君。あいどる? ってそれ……」

「あぁ、そうですね。まずはアイドルの説明からしましょうか。っと、その前に僕のジョブによる契約関係がどうなってるのかを先に確認しましょう」


 リリが実は亜人であり獣人だったのは分かった。

 言われてみれば確かにリリはタヌキっぽい可愛さがあるかもうん可愛い。


 けれど、ちゃんと契約をした記憶なんて無いのだ。


 そういえばリリと一旦別れた時に『絶対また会おう』と約束をした。その際にリリと何かで繋がった感覚があったけど。

 まさか、あれが?


「ちょっと待っててくださいね」

「うん」


 ジョブを脳内で再度確認してみる。


 ――ってぇ!?


 ジョブ:<異空のアイドルプロデューサー>

 『アイドル候補と契約を交わす事により、互いの能力を向上させることができる』

(契約アイドルのファンが増加する毎にプロデューサーの力が増す。プロデューサーの力が増す毎に契約したアイドルの『アイドル契約スキル』が強化される)


 スキル:<アイドル契約>(契約系スキル)

 『契約下にあるアイドルにアイドル活動を頼むことができる』

(契約アイドルのアイドル活動によってプロデューサーが強化される場合がある)


 スキル:<アイドル召喚>(空間干渉系スキル)

 『アイドル活動に必要な場合、空間に干渉することが可能になる』


 仮契約者:リリ

 契約スキル:<なし>


 ――ジョブが、変わってるっ!?


 なななななんだこりゃ!?


 そ、そりゃジョブが変わること自体は珍しくもないし変でもない。

 経験を積んだり、強力な敵を倒したり、強く望んだ方向に進化したりすることでジョブが変化するのはゲーム時代からのシステムであり設定だったからだ。


 ただ、こんなジョブは当然ながらゲーム時代にはなかった。

 こっちの世界に来てからも聞いたことはない。いやまぁ当り前だけど。


「ん? 異空の……?」


 ただのアイドルプロデューサーではなく?


 この世界には『異空からの訪問者』などというメタ存在はいないと聞いた。

 だが、いってしまえばまさに僕自身がそういう存在ともいえる。


 まさか、そういうことか?

 僕が一種の『バグ』みたいな存在だから、ゲームシステムをバグらせたみたいになって、強く望んだアイドル関連のジョブになってしまった的な?


 だとしたら、そんなの。


「最高かよ……!?」


 静かに待っていたリリの体がビクッと跳ねる。

 ゴメン、驚かせて。


 でも、僕も驚いたのだ。


「えと、ちょっと驚くべき状態にはなったんですが、やることは変わらずやっぱりリリにアイドルになってもらいたいということでした」

「そ、そうなの? レーム君がなってほしいモノなら、ウチ頑張ってなりたいけど……できるかなぁ?」

「絶対なれます。リリになら」

「う、うん。で、あの、あいどるっていうのは……?」

「はい、それは」


 リリにアイドルのことを説明しようとしたその時。

 教会に隣接する大きな川に停泊中の、教会の人らが乗ってきた巨大な船が騒がしいのに気が付いた。


 船自体が教会の建物より向こう側にあるのでハッキリとは見えないが、甲板の上に出た人がこちらの様子を伺っているようだ。


 ……あ!


 そうかっ、遠目で見てもリリの化けた竜は目撃されたはず。

 しかも父のスキルで地面が大破壊されていることもあって、轟音も響き渡ったはずだ。


 要するにびっくりして様子を見ているわけか。


 これはちょっとマズイかもしれない。

 教会の連中がこの状況を見てどういう判断をするのかよく分からないからな。

 トラブルに巻き込まれて迷惑を被りたくないから無視を決め込んで帰るのか、或いは敵対してくるのか……?


 う~ん。

 よし。


「レーム君? ど、どうしたの?」

「リリ、予定変更です。アイドルの説明は後にして、まずここから離れましょう。具体的には、船に乗りましょう」

「船?」


 この教会は川沿いにあるので、小型の船を一応準備してある。

 まぁ橋などかかってないから船がないと対岸にも渡れないしな。


 ソレを使い川を下って逃げるのだ。


 この川を下っていけば人類種の領域――つまりヴェルスタンド家の領地――を抜けて亜人種の住む領域へとたどり着く。

 父らを倒してしまった以上、ここでの僕は犯罪者だ。


 しかし亜人の領域へ逃げ込めば簡単には追ってこれまい。


「船で亜人種の領域へ行きます」

「へ? 亜人の? でも、レーム君が行ったら……」


 そうだな、人類種の僕が行くのは色々危ないかもしれない。


 亜人と人類の関係性はあまり良くないのだ。

 というか、三大種族(人類種、魔人種、亜人種)は全部関係良くないけど。


 ただ、完全に敵対している人類種と魔人種よりはマシだ。


 亜人種はなんだかんだ人類種とも商取引をしたりとか多少の交流が(種族によっては)あったりするからな。

 ゲーム知識では、魔人種からみた亜人種も、敵とは言わないけどあんまり良くは思ってない……程度の感じだった気はする。


 亜人種だけは多様性の幅が広すぎて、纏めて敵対するという概念までいかないのかもな。


「大丈夫です。人類と完全敵対している亜人種が住む領域へは行きませんから」


 それに、川を下った亜人の領域に行けば『アレ』があるはず……。

 ゲームと同じなら、だけど。


「わ、分かった! ウチ、レーム君を守るからねっ」

「いや、さっきも言いましたけどそれは僕の仕事なんで」


 正確には、仕事になる予定、だけど。


「とにかく今は移動しましょう。教会の連中が何か行動を起こす前に」

「う、うんっ」


 リリと一緒に移動開始。

 まずは僕らの乗ってきたヴェルスタンド家の馬車から旅に必要な荷物を頂戴しておく。


 後は小舟に乗って逃げるわけだが、桟橋には教会の船も停泊している。

 もし船に乗っている最中に船上から攻撃されたらたまったものではない。


 なので。


「リリの変身能力って、何にでも化けられるんですか?」

「え? ん~っと、場合によってかなぁ? 自分の耳とか尻尾を隠すくらいならいくらでもできるけど、さっきの竜とかは本当に短い時間しか無理、みたいな?」


 確かに竜は体積自体が全然変わっていたもんな。

 魔眼で見る限り、魔力をケムリの様にして体に覆うことで化けていたような感じだったみたいだが。


「父上に化けたりはできます?」

「うん、できるよ。記憶も新鮮だし、声も覚えてるし」

「じゃあ、化けてもらってですね――」




 リリ(見た目は父上)が、一人で教会の船の前に歩いてく。

 船上にいた教会の人間の一人がそれに気が付いた。


「あっ、あなたは、ヴェルスタンド家のご当主では……!?」


 教会の人間たちの中には毎回ウチに来ている者もいる。

 貴族と教会で関係を構築する為に交流しているわけだから、当然といえば当然だが。


「そ、その通りだ」

「今回はおいでにならないと聞いて……いえ、それよりも今の状況は一体どうなっているのでしょうかっ?」

「えと、少し複雑な事情になっている! さっき見えたかもしれないが、ウチ……じゃなくって……魔物の襲撃なども突然あって、んと、その、大変なのだ! だから、全員船の中に急いで戻って隠れていてくれ! 私がなんとかするまで!」


 うんうん。

 ちょっとたどたどしいけど、僕が教えた通りにリリは喋っている。


「わ、分かりました!」


 貴族の当主が出てきてこう言った以上、彼らも取りあえず言われた通りにするしかあるまい。

 船内に戻っていった。


「リリ、今のうちです」

「う、うん!」


 何かあったらすぐリリをカバーする為に物陰に潜んでいたが、ダッシュで小舟を係留していたロープを斬る。

 因みに、この剣は父上のものをかっぱらってきた。多分凄く上物だろう。


 二人で船に乗って、川の流れにのる。


「さらば故郷よ、ってところですかね」

「レーム君、寂しい?」

「え? 全然?」


 だって、これからアイドルを生み出す旅の始まりなんだよ?

 ワクワクしかない。


「そっか。なら、よかった!」


 うん、笑顔のリリが可愛い。

 やっぱまず一人目である、リリに契約を頼むところからだな。

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