第9話 ※まだデビューしたての初々しい感じの曲(可能ならアカペラ)

 ななななな、なんで、リリがっ!?


「レーム君、なんかよく分からないけど危ないのっ? ピンチなのっ? 死んじゃ駄目だよっ!?」

「えッ? いや、あの、えぇっ!?」


 リリが詰め寄ってくる。

 意味が分からない。


 あの父上様ですら予想外の出来事に様子を見ている。


「ど、どうしてリリがここに?」

「え? ウチも分からないけど、レーム君が危ないって感じて、呼ばれた気がして、あとは気が付いたらここにいた、みたいな?」


 な、なんだって?


 それって、まさか。


 スキル:<亜人召喚>(空間系干渉系スキル)

 『契約化にある亜人を召喚することができる』


 思わず己のスキルを確認する。

 だがおかしい。これは相手が亜人じゃなければ関係ないスキルのはずだ。


 ゲームにおいてレームが引き連れている『身代わりになって死んでしまった亜人の死体人形』には、ちゃんとビジュアルがあった。

 常に仮面を付けているので顔は分からないが、獣耳と尻尾があったのは確か。つまり身代わりに死んだのは獣人のはず。


 リリが召喚なんてされるはずないのに……!


 混乱の極地に達しそうな僕を置いて、リリが父上の方を向いた。

 あっちはあっちで混乱はしているのだろうが、構えは解かずに警戒しているようだ。


「あの人が、レーム君をピンチにしている相手、なのかな?」

「え? えぇっと、まぁそうなんだけど……」

「じゃ、じゃあ、ウチが追い払ってあげる!」

「はぁ!?」


 ちょっ、ほんと何を言って――。


 リリが無茶をしないように肩を掴もうとして、その肩が急に膨れ上がった。


 って、えぇえ!!?


「ううぅぅううウウガアアァアアアァアアアアアアア!!!!!!」


 リリの姿がみるみる変わって、巨大な影へと変貌していく。


 思わず下がって全貌を見渡してみる。

 その姿は。


「ド、ドラゴン……?」


 正確には、ゲーム中でも有名な部類の強敵モンスター『地竜種』じゃないのか?


 どうなってる?

 まさか、リリの正体がドラゴンだったっていうのか?

 そんなアホなっ。


「なるほど。そういう事か」


 まったく分からんが、父上殿は何かしらを理解しているらしい。


 くっそ。僕だけ置いてけぼりかよ。

 どうしたらいいんだこれ。


「そんな虚仮威しが、亜人と人類の領域の守護者たるヴェルスタンドに通じると思ったのか? 正体を見せろ化生けしょうめがっ!」


 父の体内で魔力が奇っ怪な動きを見せた。

 多分スキルの一種だろうが、攻撃ではない……?


 殺気もないままに振られた父の剣。

 衝撃を伴わない静かな魔力の波だけが発生して、地竜――リリに当たった。


 すると。


「わぷッ!?」


 ポンッ!!


 と、まるで煙のように魔力が霧散して……その中からコロコロと何かが転がってくる。


「…………え? り、リリ?」

「あ、あぅぅ」


 た、タヌキ?


 リリの姿形は少女のままだが、耳やら尻尾やら、体のアチコチから見受けられる特徴は、多分タヌキだこれ。


「あっ!? ちがっ、ご、ごめんね? ウ、ウチ騙すつもりはなくて、でもその騙してたんだけど、悪いことするつもりはなくてね?」


 泣きそうになりながら謝るリリ。


 繋がった。

 頭の中で、繋がった。


「やはり、変化系のスキルを持った亜人だったか。どうやらレームの契約者の類いのようだな」


 繋がって、しまった。


 彼女が、リリが、ゲームでも僕の――レームの初めての契約者になった亜人。


 タヌキの獣人。

 変化系スキル。


 そうか、そういうことかよ!!!


 失敗した。初対面の時から人間に化けていたから、その状態が彼女の普通なのかと思ってしまっていたっ!

 体内の魔力が特殊なのは見て取れたのに、ただ変わったジョブを持った人間なのだとばかり……なんでもっと注意深く魔眼で観察しなかった!!


「何者にせよ敵ならば斬る。どの道生かして返すわけにもいくまい」


 まずいまずいまずいまずいまずい!!


 これじゃゲームと同じだっ。

 このままじゃ、リリは殺されるっ。


「リリ、今すぐここから逃げろ!! 全力でっ!」


 こんなに必死に叫んだことはない、くらいの声で叫んだ。


 なのに。


「えっ? だ、ダメだよ! ウチ、レーム君を置いて逃げるなんて無理!」


 リリは、逃げようとしてくれない。


 なんだよこれは。

 まさか、父がここに来たのも、リリがここにいるのも、運命だとでもいうのか?


 ゲームのシナリオを壊さない為の力でも働いているっていうのか?


「ウ、ウチ、頑張る……! がんばる……っ!」


 リリが父に向かって僕を庇うように立つ。

 死地に立っていると、理解しているだろうに。


 あまりに絶望的な状況に目がくらむ。

 リリの背中越しに太陽が照って、一瞬逆光の中で彼女が影になる。


 ふと、強烈な既視感を覚えた。

 ひどく懐かしい、なんだっけ、この光景は?


 ……そう、そうだ。

 僕の推しの一人だった地下アイドルの子が、初めてステージに立ったあの時みたいなんだ。

 同じように、彼女の足が微かに震えて……。


 リリの背中を見て、突然に理解した。


 ――あぁ、なんだ。なんだよ、ソレで良かったんじゃないか。


 理解したのなら、実行しなくては。


「リリ」


 もう一度、彼女の肩に手を置く。


「え? ど、どうしたのレーム君?」


 彼女をぐいっと押しのけて前に立つ。


 そう、立ち位置が逆だ。


「レーム、くん?」

「リリに頼みがあるんだ」


 そうだ。そうだったんだよ。


 アイドルがこの世界にいないのなら、アイドルがこの世界に来ないのなら――。


「リリには、アイドルになってほしい。そしてなったら、僕に守らせてほしい」

「へ?」


 ――アイドルを僕の手で生み出せばよかったんだ。


 僕が推せる、僕の推しになってくれるアイドル。

 こんな逸材がずっと傍にいたのに、なんで気が付かなかったんだろう。


「あい、どる? それって……」

「今は何も考えなくていいからさ、また歌とダンスで僕を応援してよ。それが一番助けになるから」

「え、ええぇ!? 今!?」

「そう、今」


 リリを戦わせるわけにはいかない。

 殺される。


 アイドルを守るのもアイドルをプロデュースする者の務めなのだ。


 ならば、ここで僕は父上に勝つ。

 それしか二人とも生き残る道はない。


 生き残ったら、僕は彼女の、プロデューサーになる!!


「悪いね、父さん。僕は死ねなくなった。観客がアイドルに勝手に手を触れるのは厳禁だからね、ここは通さない」


 再び、父の前で剣を構える。


 因みに、リリは後ろに下がって言われた通りにダンスを踊ろうとしたようだ。

 ただ、緊張しているのか足が震えていたせいかコケている。うん、がんばれ。


「……何を言ってるのかは知らんが、気力は戻ったようだな。だが、気力が充実しているだけで勝てるほど、戦いは甘くはない」


 再び、父がスキルを発動させる体勢に入った。


 体内の魔力の流れを見ているだけで、躱すことも受けることも逸らすことも不可能なのが見て取れる。

 まるで、膨大な水量の川が激流と化しているかのようだ。


 確かに気合いだけで勝てるなら苦労はない。

 だが、今は例えどんなインチキをしようと気合いだけで勝つのだ。


 今の僕には負けられないワケも、生き残らなければならない理由もあるのだから。


「ゆくぞレーム。この一太刀はヴェルスタンド家の重みとしれッ!!」


 くる。

 斬撃スキル。魔力を衝撃に変換した単純破壊系攻撃。大上段からの振り下ろし。

 殺傷範囲はこちらの位置を含めて直線上数十メートル規模。

 下がれば死ぬ。前に出ても死ぬ。横に逃げるのは間に合わない。


 発動されたら負ける。


「僕の奥の手だッ!!」

 

 嘘だけどな。

 刹那の判断の結果、剣を父――ではなく、父の頭上少し上に投げつけた。


「っ!?」


 父が一瞬スキルの発動を躊躇った。


 実戦を経験した父だ。

 得体の知れない技術を使う敵が、得体の知れない行動を取ってきたら警戒を必ずする。


 直接体に剣を投げつけられればスキルでもろとも斬り飛ばす選択をしたことだろう。

 だが、絶妙に当たらない位置に投げられた敵が持っていた唯一の武器。この不自然な行動を無視するにはリスクが高すぎる。


 その一瞬の躊躇が、僕にとっての唯一の勝機だ。


「ふッ!!」


 短く息を吐き出しつつ、体の重心を地面ギリギリまで倒す。

 転ぶ寸前のような体勢を取ることで体重を瞬時に前ベクトルに変換。


 こんな無茶な体勢のダッシュ、普段ならできっこない。転んで終わりだ。

 だけど、今は膝が信じられないくらい力を出して、粘り強く地面を蹴った。


 お陰で、瞬時に父の眼前へと移動完了。

 しかも地面ギリギリを這うようにダッシュしたことで、おあつらえ向きに父より低い位置に僕の体がある。


「ブラフかっ。生意気をするっ、だが!」


 そう、投げた剣はただのオトリ。


「無手ではどうにもならんぞ!!」


 それもその通り。

 いくら接敵できても、父の振り下ろしの速度は速すぎる。

 魔力通しを打ったところで良くて相打ちになるだけ。


 だから先に振らせる。


「はぁッ!!!」


 父の体内魔力が急激に膨れ上がって移動していくのが見えた。


 この位置、このタイミングならば!!!


「とれるッ」

「なぁ!!?」


 剣を振る手首を取って、変形の背負い投げ。


 スキルを発動した剣が地面に叩き付けられて地面を崩壊させる。が、ほぼ同時に父の体も空中で綺麗に一回転して地面に叩き付けられた。


 更に。


「ふッ!!」


 地面へ激突した直後の体の上に、僕自身も投げの勢いそのままに倒れ込む。

 ちょうど柔道の試合で投げた選手が投げられた選手にのしかかるような状態。


 のしかかる瞬間に、全身で体当たり同然に魔力通し!!!


「ぐほぁっ!!?」


 地面とサンドイッチ状態になることで衝撃が余すこと無く浸透し、相手の内臓全体が軋む感触。

 父の手からカランと剣すらも落ちる。


 ……ギリギリの駆け引きだった。


 父の高速の振り下ろしを避けるのは困難。かといって逸らしたり弾いたりするには威力が高すぎる。

 ゆえに、不意をついて接近することで父が剣を振る『軌道』を限定させた。

 自分の足下にいる敵にはどんな勢いのある剣撃であっても当てにくいだろうからな。


 軌道が狭まってしまえば、後は魔眼でタイミングをはかることで父が振り下ろす強烈なスピードを投げる勢いに変換できる。

 結果として、手首をとってほんの少しだけ力のベクトルを逸らすだけの『変形背負い投げ』のような投げが成功した。


 ごろりと転がって父の上から退く。

 後はトドメを刺すのみ。


「…………みごと」


 拳を父の顔面に振り下ろそうと構えたら、父が呻くように告げた。


「何もかも予想外だった……お前は……これから、もっと、誰よりも強く……」


 父が何を言いたいのか、分かる。

 分かるが。


「父さん、僕は最強とかはいいんです。それより、アイドルプロデューサーにならないとなので」

「あぃ……? ふっ、最後まで……よく分からん奴だ。トドメを刺せレーム」


 言われた通り、拳を振り下ろした。


 いや、トドメと言っても殺したわけじゃないけど。

 しばらくは起きることもないだろう。


 アイドルプロデューサーとしては、あんまり殺人はしない方がいいだろうしな。

 何しろどんな相手だろうと将来ファンになる可能性があるかもだから。


「ふぅ~~……最強か。まっ、アイドルを守る為の力は身につけないといけないけどな」


 うん。

 あれ? それって結局この世界では最強クラスを目指さないといけないのでは?


「レ、レームく~ん!!」


 ずっと歌って踊っていたリリが駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫だった!? 体どこも平気!?」

「はい。リリのお陰で大丈夫でした」

「え? ウ、ウチほんとうにただ歌って踊っていただけだったんだけど……?」


 そのただの歌と踊りが、最高なのだ。


「途中、父の前にダッシュする時、普段よりずっと粘り強い力がでたと思うんです。アレはリリの歌と踊りのお陰ですね」

「そ、そうかなぁ? レーム君が凄いだけのような気もするけど……」


 見解の相違だな。僕は完全にリリのお陰だと思っている。


「さっきの投げ飛ばしたのも凄かったし。空中でクルッって!」

「あぁ、あれですか。まぁ一応ずっと練習してましたしね」


 あの投げ技は咄嗟に出たものというわけではない。


 戦闘の練習を始めた当初、相手の攻撃を逸らすことはできても攻撃方法が思いつかなかった。

 後に魔力通しを思いついたのだが、それまでは投げ技の練習をしていたのだ。


 この世界の住人はスキルやジョブ頼みの戦闘が多いから、柔術や合気道のような技には耐性が少ないと思ったのである。

 ただ投げれたところで相手にどれほどのダメージが入るかも分からないし、あまりにリスクが大きい技だと判断して使わないことにしていたのだ。


 けれど、まさに『死中に活あり』だった。

 相手に向かって踏み込むことで、投げ技が生き残る道になってくれたのだ。


「う~ん、レーム君がそう言ってくれるなら、ウチは嬉しいけどね?」

「はい。リリは僕にとってのアイドルですから」


 そして、これからこの世界最初のアイドルになってもらえるよう、頼まなくては。

 

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