第8話 死の淵と未練と
なぜ、父上がここに……っ?
本来のゲームシナリオにおいて戦うのは兄二人だけだったはずだ。
父上がもしも初めからいるというシナリオだったとするのなら、同時に兄と父も含めた三人を敵に回すことになる。
そうなってしまったらいくら亜人が助けに入ったところで生き残れるはずもない。
何しろ、あの父上殿は実戦経験も豊富なマジモノの
つまりこれは、シナリオ外の出来事が起きていることになる。
「僕が、ゲームとは違う行動をしていたからか?」
歴史が変わってしまったとするなら原因はそれしか考えられない。
どこかで父上に、僕らの馬車を後から追ってここに来ることを決心させるようなナニカがあったのだ。
こちらが戸惑っている間に、馬はすぐ目の前まで走ってきていた。
馬上から降りた父上がこちらに向かってくる。
「レーム。なぜ一人でそんな所にいる? 兄たちはどうした?」
「父上こそなぜいきなり、お一人でここに」
「どうにも気になることがあったので急いできた。いいから質問に答えよ」
僕の佇む姿に何かしら異常を感じ取ったのだろう。
父が開口一番問いただしてきた。
どうする?
真実を話せば確実に戦闘になる。
かといって、
教会に入れば兄たちがぶっ倒れているのは一目瞭然だし、教会関係者と話しをされたらやっぱり一発で色々バレる。
逃げだそうにも、馬に乗ってすぐ追いつかれてしまうのがオチだ。
「…………教会の中にいますよ。仲良く気絶してます」
悩んだ挙句、諦めた。
どーせもうこの先の人生に
どうにでもなればいい。
「――お前が倒したのか?」
特に詳しい説明も無しに、父上は僕が兄上たちを倒したと判断したらしい。
不思議といえば不思議な話だ。
僕が能なしジョブなしの三男だと認識しているはずなのに?
「はい。僕の手で叩きのめしました。殺されるところだったので。こちらは殺してはいませんが」
まぁこの世界において正当防衛とかその手の言い訳は大して意味を持たないだろうけどな。
「なぜシギットたちがお前を殺そうとする?」
「教会の人達に聞けば分かることですが、どうも僕のジョブが気に食わなかったそうですよ。亜人と関係あるジョブだったからとか」
僕の言葉を聞いた父が目を見開いた。
亜人関係のジョブ、という言葉に反応していたようだったので、もしかしたら思い当たる節でもあるのかもしれない。
確かに当主なら、過去に『亜人と結ばれてしまった血族がいたかもしれない』という事実を何かで知っていても不思議ではないか。
「そうか、お前がそのようなジョブだったとはな。どうりで何の才能も見いだせなかったわけだ。しかし、それでもお前は兄二人を敵に回して勝ち残った、か」
父は表情を殆ど変えていないが、妙な…………なんというかこう、嬉しそう? な雰囲気を醸し出しているような気がする?
こんな状況で嬉しいことなど何一つ無いはずなので、僕の錯覚かもしれないけど。
「さて、思ったよりも予想外の状況ではあるが。こういう事態になった以上、私はお前を斬らなければならん。抜け、レーム」
父が腰に佩いていた剣を引き抜いた。
威圧感が一気に増す。
「見せてみろ。兄らを倒した剣とやらを」
「……そうします」
こちらも剣を抜く。
抜くが。
「っ! 流石、ホンモノの軍人は違うか」
これは、非常によくない。
正面に立った時のプレッシャーが兄とは段違いだ。
この敵の前に立っていたくない。
どういう言葉に例えていいのか分からないが、気持ち悪いというか、居心地が悪いというか。
一歩踏み出したら、地面が抜けて奈落の底に落ちていきそうな、ひどく不安定な場所に立っている気分になる。
「ふぅ……ふぅ……っ」
剣を構えつつ呼吸を必死に整える。
この敵を相手にして呼吸を乱したら、恐らく剣を捌くのは不可能だ。
魔眼で必死に父の体内に流れる魔力を見る。観て、視て、み――。
「ッッ!!?」
――気づいたら目の前に剣があった。
必死に体の軸を逸らしつつ、剣を添えるようにして力を逸らしていく。
ギリギリ、逸らせた。
自分でも今生きているのが不思議なくらいのタイミングだった。
「ほぅ。本当に、兄を倒したらしい」
「ふぅッ……ふぅっ……ふぅ~……」
やばい。やばい。やばい。やばすぎる。
魔眼で魔力の動きを見ていたはずなのに、肉体の動きが追いつけなかった。
認識すら追いつけたがどうかギリギリ。
脳が勝手に反応して避けていただけ。
次にもう一度適切な捌きができるかどうか、分からない。
これが、父の剣。
「一つ聞く。なぜ、お前は今までコレを隠していた?」
なぜか?
無論、戦力を隠す為だ。
ジョブのことで殺される予定なのが分かっている以上、こちらの戦力を隠蔽しておくのは当然だろう。
などと言っても理解はされないよな。
「言えんか。いや、そうだな。今更聞いたところで無意味か」
勝手に納得された。
まぁおっしゃる通り無意味だけどさ。
どの道、これから起ることに変化はない。
「次は様子見ではないぞ、レーム」
父がしっかりと剣を構えた。
魔眼で見る。見ているけれど、父の体内魔力の動きが速すぎる。
一瞬で魔力移動が起るために行動の起り、つまりは事前動作の察知が困難だ。
兄と同じようにはいかない。
それならば。
「ここッ!」
そう、このタイミング!!
父の剣を再びギリギリで逸らす。
体内魔力の動きが捉えきれないのなら、流れ全体を見る。
川を俯瞰で見るように大きな流れの緩急そのものを見るのだ。
そうすることで実際に体が動きだすタイミングを予測する他ない。
「やりおるわっ」
「ぐッ!?」
斬り返しが速いっ!
連撃なのに威力が落ちない!
二撃目は逸らせる。
三撃目もそらせる。
四撃目はそらし、きれな。
「――ッ」
速く重い攻撃。
単純に、速くて、重い。
それだけのことが圧倒的な脅威だ。
逸らしきることも躱しきることもできなかった攻撃によって、薄く頬を切り裂かれた。
「お前の剣捌き、相当なものだ。どういう理屈かしらんが、その歳で恐るべき技の冴えといっていい。将来の脅威度は兄らなど比べものにもならんだろう。だが、今時点のお前はやはり欠陥品なのだ」
そうだろうな。
ジョブが作用していない。
今の僕は、ジョブの力を加算できない。
いくら魔眼の能力で技を工夫しても、相手が戦闘系ジョブを長年に渡って使いこなしてきたような敵では出力差が圧倒的過ぎるのだ。
今の連撃ですら父は本当の本気ではあるまい。
なにしろスキルを使用している形跡がないのだから。
「例えば、お前の非力でこれをどう捌く?」
父が剣を振り上げた。
同時に体内魔力の流れが爆発的に増える。
スキルだ。
もしこの魔力量がロスなく一気に攻撃に振り切られたら?
斬撃一つで、僕の半身は消し飛ぶだろう。
今の技術ではとても逸らしたり避けたりできる威力じゃない。
………………これが、死か。
詰んだ。死ぬ。
あぁ、こうなってくると少しだけ怖い。
別に死ぬのなんて今更どうでもいいと思っていたし、未練もないけど。
未練、未練か。
そういえば、この世界にはアイドルはいなかったけどアイドルになれそうな子はいた。
彼女は、きっと素質があった。
――――あぁ、リリがアイドルになったところを見たかったなぁ。
「諦めたか。なら、これで終わりだレームよ」
呼ばれた―――――?
え?
『レーム君に、呼ばれた?』
幻聴?
リリの声が、聞こえて。
「レーム、くんっ!!」
いきなり目の前の空間が歪んだ。
思わず目を見開く。
父も何事かと剣を止めた。
次の瞬間。
「レーム君!!」
リリがそこに立っていた。
……………………はぁっ!!?
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